菅原神社の御朱印
「すがわら じんじゃ」主祭神:菅原道真(東京都町田市本町田802)
神紋と神社印が変更されていました。
墨文字の書き手さんはおそらく同一人物でしょう。
▼菅原神社の御朱印です(2022年)。
▼菅原神社の御朱印です(2015年)。
▼御朱印は「参集殿」の授与所でいただきました。
▼JR・小田急線「町田駅」からは約2kmもありますが、バス利用が可能です。
▼菅原道真を祭神とする神社は全国で何社くらいあるのでしょう?
おそらく数千社になるのでしょうが、同じ菅原道真を祭神としていても
圧倒的に数多いのが天満宮や天神社など社名に「天満」「天神」の文字を使用している神社でしょう。
そして「菅原神社」も法人登記されている数は600社近くあるそうです。
町田にも菅原神社を含め「町田三天神」と呼ばれ、道眞を祀る神社が3社あります。
祭神として崇拝される個人としての知名度はNo.1なのでしょう。
googlemapの表記は鎮座地住所から「本町田菅原神社」としています。
▼境内北側にあたる鎌倉街道、県道沿いに広い駐車場が設けられています。
▼その県道沿いにほぼ北を向いて色鮮やかな朱色の大鳥居が建ちます。
▼7年前になる前回訪問時には扁額もなく、朱色も褪せていたのが、すっかり化粧直しされていました。神社の入口ですので第一印象は大きく異なります。
▼鳥居からは少し下り坂になって表参道が続きます。
▼少し変形タイプですが、これも「春日灯篭」と呼んで良いのでしょうか?
春には桜並木となるとても風情を感じる参道ですが、工事中の造作物が帳消しにしてしまいます。
大きな寺社は維持管理などで絶えずどこかが工事中なのはやむを得ないでしょう。
▼参道左手に小さな祠が見えました。「弁天社」でした。
近隣にあった弁財天を遷座されたそうです。
▼水の神を祀る弁財天の脇に「御神水」の石碑。
▼石碑先の茂みの中をよく見ると神水はパイプから流れていました。
▼この井戸から汲み上げているようです。かつては湧き水が身近にあったのでしょう。
▼参道に戻りました。
▼石段の下にもう一つの門。こういう門の名称が分かりません。
▼10m以上の高低差がありそうな石段です。
「女坂」も設けられていますが、こちらから参拝です。
▼途中見上げるような位置に、崖造り?のような建物が覆いかぶさります。
▼石段途中に手水舎。
▼柄杓はありませんが、水は流れていますので清めます。
手水舎はもうこのスタイルがノーマルになってしまうとしたら、かなり寂しい。
その場合「手水の作法」はどうなってしまうのか、余計な心配がよぎります。
▼先ほどの石段下から眺めた崖造り?のような建物は「神楽殿」でした。
▼手水舎から石段先を見上げると青空に狛犬が吠えています。
▼登ってきた石段も、現代的な狛犬も近年に整備されたもののようです。
当社の起こりは、この地に天神像が奉安された室町時代 とされ、
その後の江戸時代初期に「菅原神社」として当地の鎮守とされ現代まで続いています。
▼2022年は大勢の参拝者に出会いました。
▼立派な拝殿は平成に再建されています。
▼道眞公にご挨拶です。
▼奥の本殿は色が異なり、昭和に造営されたものに手を加えられているそうです。
▼こちらは神輿庫? 分かりません。
▼社殿に向かって左手に木々に囲まれて石造りの鳥居が見えます。
▼ちょっと高い位置に導かれる石段があります。
▼火伏せの神が祀られています。
▼愛宕社の前から境内方面の眺めは気持ちの良い景色でした。
▼きれいに整備された小高い杜の一帯の奥に鎮座するのは「藤木稲荷社」。
▼鎮守の森からは丘陵地帯に造成された住宅街が見えます。
▼当社の鎮座するこの地は南北朝時代には北条vs足利の戦場にもなっています。
▼当時この地では澄んだ湧水が沢をつくり「井出の沢」と呼ばれていたそうです。
▼秋の陽が社叢におおきな影を作り始めました。
町田では一番に立派で美しいと思われる社殿を構える当社ですが、
古戦場の雰囲気が感じられる境内南側の杜や、情緒ある表参道周りに居心地の良さを感じさせられた神社でした。