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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

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千本鳥居の迷路を巡れ! 〜東伏見稲荷神社の御朱印(東京・西東京市)

東伏見稲荷神社御朱印。(東京都西東京市東伏見一丁目)f:id:wave0131:20200728175710j:plain

感染症対策のせいか否か分かりませんが書置きでした。

 

東伏見稲荷神 2015年の御朱印は直書きでいただいています。f:id:wave0131:20200728175715j:plain

今回いただいたものはキチンと墨書きされた書置き御朱印でしたが、

袋も何もなく御朱印紙をハダカのまま手渡しされました。

 

神社でも寺院でも言えることですが、御朱印をいただく時の渡され方は様々です。

 

たとえ書置きでも神社名の印刷された袋に入れて丁寧に渡される場合、

また由緒書き等も一緒に戻されるケースもあります。

かと言えば、ここ東伏見稲荷神社のように袋もなければ、由緒書きもなく

紙1枚だけ手渡しされる寺社もあります。

 

直書きいただいた場合も、丁寧に由緒書きとともに戻される時や、

お祓いやお経を上げていただけるところもありますし、

ポ〜ンと投げ出すように戻される場合もあります。

 

数多くの御朱印をいただいていると、面白い位その違いを経験することになります。

 

御朱印を授与する側、される側、どちらにも

御朱印に対する理解や心構え、気持ちがそれぞれ違うようです。

 

煩悩まみれの身には、戻された時の印象により

御朱印の有難さや愛着度、強いては寺社のイメージが左右されるのは

言うまでもありません。

 

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西武新宿線の「東伏見駅」は神社が創建された後に改称されたそうです。

 

以前は伏見稲荷京都出雲大社島根県金比羅さんは香川県にあり、それぞれ唯一のものだと思っていました。

どっこい、

御朱印をいただき始めて有名寺社と同名の寺社が全国にあることを知らされました。

その生い立ちは神仏を勧請したり、分詞されたり、別院だったりと様々です。

 

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関東にも大小様々にいくつもの伏見稲荷神社があります。f:id:wave0131:20200728175741j:plain

そしてここは、伏見稲荷神社です。1929年の創建の比較的新しい神社。f:id:wave0131:20200728175745j:plain

当たり前に東国にある伏見稲荷ということです。

 

比叡山」に対する東の「東叡山」、

身延山」に対する東の「東身延」、

成田山新勝寺」に対して東にあった「東勝寺

などと同じように名付けられたのでしょう。

 

とは言え、関東には「京浜伏見稲荷神社」など他にもありますが・・。

 

▼巨大な朱色の鳥居から真っ直ぐに中門から拝殿へと続いています。

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▼門前の眷属さんは凛々しく「玉」と「鍵」を咥えています。

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▼鳥居や門を潜ると振り返りたくなるのはいつもです。

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▼手水舎はコロナのお陰で無粋なコーンバーが行く手を阻んでいます。

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堅固な造りの茅の輪が迎えてくれます。

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8の字や∞のラインを踏襲せず、いつものように単純に潜るだけにします。

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▼2015年の拝殿

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▼2020年の拝殿
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5年間に大きな変化のない拝殿でした。f:id:wave0131:20200728175807j:plain

▼「澤乃井」は東京青梅市にある小澤酒造のブランドです。が、酒時間にはまだ早い!

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本殿。宇迦御魂大神、佐田彦大神大宮能売大神の3柱が勧請されています。

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舞殿f:id:wave0131:20200728175840j:plain

▼素晴らしい筆跡ですが一見「舞殿」とは読めませんでした。

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▼拝殿右脇の社は何が祀られているのか分かりません。

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東伏見稲荷神社には由緒書きや境内案内の印刷物がなさそうです。

神社のHPも簡素なページ作りで境内案内もありませんので分からない建物もありです。

 

▼社殿の裏側がこの神社のメイン会場です。

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▼「お塚巡り」は案内図がありました。f:id:wave0131:20200728175911j:plain

印刷物はなさそうなので、撮影したこの案内板を見ながら巡れば、たくさんある社の名称がわかりますが、ちょっとメンドーです。

 

社は「権太夫社」「金鷹社」「太郎稲荷社」「要町稲荷社」「三徳社」などなど20近くありそうです。

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右か左か順路の案内もないので、とにかく迷路のような鳥居を抜けて進みます。

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扁額や案内板がある社は少ないので、2、3社巡るともうすっかり名称は分からなくなります。f:id:wave0131:20200728175927j:plain

手を合わすことも忘れそうになるくらい次々と社が現れます。

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お塚」全体は山になっているわけではなく平坦な敷地に築かれています。

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しかし山ではないものの、京都伏見稲荷の「稲荷山」のミニチュア版と理解すればいいのかもしれません。

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とは言え、情けないことに京都の伏見稲荷は未訪問なので似ているか、ミニ稲荷山なのか何も分かりません。

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千本鳥居といい、千体観音や千体地蔵など神社や寺で同じ造形物が数多く集められると、いやでも荘厳さや神秘性を感じさせられます。

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しかし、写真を明るくしていますので神秘性は遠のくかもしれません。

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そんなに広くはない「お塚」ですが、グルグル巡るうち途中から自分がどこにいるのか分からなくなります。f:id:wave0131:20200728180007j:plain

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▼ここだけ違う空気が淀んでいました。狐たちの前に開けた空間が意味ありげです。

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▼「八幡大神」と「愛法稲荷大神十戒徹修・愛徳稲荷大神」。

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▼「綾太郎稲荷社」は芸能関係の神が祀られているようです。

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ようやく迷路の「お塚」から抜け出せました。

やはり「お塚」の敷地が山のように築かれているともっと面白い「ミニ稲荷山」になること間違いありません。

 

▼授与所で御朱印をいただいて帰ります。f:id:wave0131:20200728175845j:plain

 

亀無村で亀と両と翼に出会う? 〜亀有香取神社の御朱印(東京・葛飾区)

亀有 香取神社御朱印。(東京都葛飾区亀有三丁目)f:id:wave0131:20200715171918j:plain

 

境内社 道祖神御朱印f:id:wave0131:20200715171923j:plain

御朱印は、この恐ろしくカッコイー建築物の授与所でいただきました。

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亀有 香取神社はJR常磐線亀有駅」から歩んで「環状7号線」を跨いだ場所に鎮座します。  

 

江戸時代「御府内」という地理的な線引きがありました。

 

町奉行の目の届く範囲内を江戸市中としたのですが、

その範囲は現在のほぼ山手線内に加え、吉原・浅草・両国・門前仲町

江戸朱引図」のうち「」で囲まれていました。

さらにその一回り外側を「」で線引きされていました。

 

ほぼ260年間続いた江戸の町は、時代とともに膨張していき「御府内」という境界線もあやふや、無意味なものとなっていったことでしょう。

 

▼正面参道の鳥居と社頭。

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現在の東京は皇居を中心にして、ほぼ扇型に道路の輪が広がっています。

内堀通り外堀通り→・・→明治通り→山手通り→環状7号線→環状8号線という順です。

さらに高速道路も同じように環状線があります。

首都環状→中央環状→外環状→圏央道の順でグルッと首都を囲っています。

 

▼正面参道にいきなり「狛亀」です、さすが「亀有」。

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江戸時代の「御府内」の「朱引図」は、おおよそ現代の山手通り(環状6号線)の内側になるでしょう。

しかし、江戸時代から連続して一極集中の膨張が止まらない東京は、地上では都県境すら分かりません。

もちろん、現代の町奉行警視庁は東京都内全域を管轄しています。

しかし東京の街は個人的イメージとして山手通り内であったのですが、

その後、環状7号線内へとイメージを広げさせられています。

さらに環状8号線内も東京の街とイメージする人も多いことでしょう。

 

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さて、勝手に現代の「御府内」のライン引きとした「環状7号線」外側に鎮座する

香取神社の「環状7号線」に面した側の社頭・鳥居です。

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JR常磐線亀有駅」からほど近く、神社前の交差点まで人々がドンドン流れてきます。

 

神社の隣がイトーヨーカドーを核とした「アリオ亀有」となっているので、人の流れは止まる事がありません。

20年前アリオが出来てから、この神社の様子も変わって来たことは確かでしょう。

 

そして鎮座740年記念し2年間に渡る整備事業工事を終え境内はすっかり綺麗になっていました。

 

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▼その環状7号線の交差点の鳥居下となる境内に caffe 「ラ・ローズジャポネ」が出来ていました。

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香取神社には数年前にも訪問していますが、タイミング悪くその時は御朱印をいただく事ができませんでした。

 

そして5、6年後の再訪。

caffe ができ、授与所が全く新しくなり、境内の土や砂もタイルやコンクリートで覆われていました。

 

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田舎であり、御府外でもある神社からの脱却です。

まったくモダンな都市の神社に変貌しようとしていました。

そして、その意図は成功しつつあるように見えます。

 

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寺社に前からあった「参集殿」や「お休み処」も重要ですが、

今や、神社や寺にあるべきは caffe でしょう。

時代物のドラマなどで目にするように

江戸時代には有名神社や寺の前には、必ず「茶店」があったはずです。

 

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現代の caffe を備えたスタイルの寺社を目にすると

「正解です!」と

声に出したくなります。

昔、当たり前にあった「茶店」なのですから・・。

 

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それが現代に蘇っただけのことです。

とは言え、蘇りや計画には条件が不可欠。

 

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その条件は様々に交差しています。

一時だけのブームに甘んじるなら、アニメやコミックなどとのコラボがいいかもしれません。

 

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しかし、誰しもに分かりやすい条件は立地でしょう。 

難しい複合的な解析に頼らずとも、

その場所に立った時の「匂い」で判断出来るでしょう。

恵まれた条件の中で、新しく、現代的で、女子にも気軽に立ち寄れるコーナーを設けられるかで、神社の姿が決定的に変容するかもしれません。?

 

▼さて、こちらは最近御朱印をいただけるようになった境内社道祖神

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道祖神を始め多くの摂社末社は、近隣の鉄道や道路建設のため遷座してきたものが多いようです。

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道祖神は足腰健康のご利益もありで、サッカーの絵馬がどっさり。

▼地元のサッカークラブ南葛SCは「キャプテン翼」の原作者が後援会長だそうです。

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▼亀有が全国区になり得た「こち亀」の両さん像。

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caffeに、鳥居前のキャプテン翼両さんと、人を惹きつける要素がいっぱいの神社です。

 

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神社は鎌倉時代の創建ですが、この地は当時は下総国葛西御厨亀無村と呼ばれていたそうです。

亀無村が、どうして亀有に変わったのかは不明です。

 

楽殿は江戸時代建築の旧拝殿。

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▼何のオブジェかと思ったら「ロール紙」の記念碑だそうです。f:id:wave0131:20200715172129j:plain

ロール紙」というのは一般の人が目にすることは少ないと思いますが、

印刷用の幅広い紙をロール状にしたもので、例えればトイレットぺーパーを10倍くらい大きくしたようなものです。

そのロール紙を石で表現するとパッと見にはただの筒に見えてしまいます。

 

▼扁額には「浮洲稲荷大明神」。

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▼案内板付きの境内社が続きます。f:id:wave0131:20200715172116j:plain

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▼「民謡の碑」です。f:id:wave0131:20200715172057j:plain

寺社巡りをしていると様々な碑に出会います。

何の碑を造ろうとほぼ自由なのでしょう。

 

▼8月です。ミストは人にも植物にもうれしいいものです。

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▼土や砂利のないコンクリートで覆われた境内の好みは分かれるでしょう。

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亀と両さんと翼に出会える神社に参拝ください。

「常陸下館 七羽黒」の謎 〜下館 羽黒神社の御朱印

下館 羽黒神社御朱印。(茨城県筑西市甲)f:id:wave0131:20200706164603j:plain

よくあるパターンで「下館羽黒神社」という名称の神社はありません。

単純に「羽黒神社」が正しい名称。

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▼かつては下館市でしたが、現在は筑西市にある「下館」です。

平成の大合併筑西市になったのですが、

筑西というのは筑波山の西という意味でしょうか?

下館はもともと城下町で商業都市でもあったのですが、合併により千年以上の歴史をもつ「下館」という地名は行政的には消滅したそうです。

その筑西市も現在では空洞化が進み、かつての商都はその地位を失ったかのようです。

 

▼地元の人たちは愛称で「お羽黒さん」と呼ぶことはあっても

下館羽黒神社」とは誰も呼ばないそうでうす。

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全国の羽黒神社同様、

山形の出羽三山出羽神社羽黒権現を1481年に勧請したものと伝わります。

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全国に数多く存在する羽黒神社ですが、

下館市内にも同名の神社が多数あるそうです。

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下館にあった城を中心に建立されたいくつもの神社が「常陸下館七羽黒」とも呼ばれていたのですが、

多数ある羽黒神社から「七羽黒」を特定することは難しいとも言われています。

いずれにしてもこの神社が規模も大きく「羽黒神社」の中心的存在であるようです。

 

それにしても

地理的には「羽黒権現」より筑波山の「筑波権現」が地元のはずですが・・。

その名の広がりは見えず、筑波は「筑波神社」だけでしょうか?

 

神社は謎だらけです。

 

▼鳥居に掲げられた扁額は「羽黒」の2文字がとんでもない書体になっていて、羽黒神社と知らなければとても読み取れません。

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神社は映画「またいつか夏に。」のロケ地にもなっています。

地域発信型映画ですので、上映時間35分といいう短い映画ですが、筑西市全体がロケ地となって市内に住まう人々にとっては見慣れた風景が次々とスクリーンに映し出されるそうです。

 

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▼エメラルドグリーンの屋根が印象的な美しい姿の拝殿。

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いただいた由緒書きによりますと1634年に建立されたとあります。

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拝殿はガラス戸が張り巡らされているので何度も改修されてきたのでしょう。

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▼本殿もエメグリの流造りがとっても美しい。

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▼こちらは羽黒神社の創建よりさらに古い歴史を持つ境内社の「愛宕神社」。

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鎌倉時代作の神像や木造の狛犬文化財として保存されているそうですが、

直接はみる見ることができないようです。

 

▼その代わりではないですが、愛宕神社の本殿の彫刻に歴史を感じ取りましょう。

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▼小さな社は・・・f:id:wave0131:20200706164658j:plain

秋葉神社」でした。

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▼「うかのみたまのかみ」を祀る稲荷社は「大朋稲荷神社」と呼ぶそうです。f:id:wave0131:20200706164716j:plain

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▼小さいけどスマートなキツネさんです。

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▼本殿右手には「日限天満宮」。天神様の「日限」は初めてお目にかかりました。

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相変わらず何の日を限るのか、「日限」の意味がイマイチつかめていませんが・・・.

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▼神社の主祭神大己貴命大国主命)ですので境内に「大黒様」。

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ネズミも一緒に並んでいますが、大国主命の神使とされているそうです。

日本の様々な神には、様々な動物が関わっていますが、

海外でもそんな例はあるのでしょうか?

やはり神話では数多く登場するでしょうが、

キリン、ラクダとかワニなどは考えにくいですね。

 

御朱印は授与所で気持ち良くいただけました。

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▼神輿の何が「日本一」なのか分かりません。f:id:wave0131:20200706164754j:plain神社の神輿庫を覗いても何も見えませんでした。

 

しかし羽黒神社は、かつて繁栄していた城下町下館の歴史がチョッピリ見て取れました。

 

「ほうろく灸祈祷」のエクスタシー 〜圓珠寺の御朱印・御首題(東京・港区)

▼徳聚山 圓珠寺最上位経王大菩薩」の御朱印。(日蓮宗・東京都港区芝一丁目)f:id:wave0131:20200729200438j:plain

 

圓珠寺の御首題。

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前回記事の「正伝寺」の御朱印、御首題も一緒にいただいています。

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 いろんな意味の無人の寺正伝寺」を出て、左隣の圓珠寺を訪れます。

 

▼4本立つうちの白地に墨文字の幟の下の寺です。

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▼案内看板だけ昭和がハジけています。

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隣の「正伝寺」とは縁戚関係にあるようですが、ここ「圓珠寺」が親寺のようです。f:id:wave0131:20200729200519j:plain

▼山門からは荘厳な様子が迫ってきます。f:id:wave0131:20200729200515j:plain

 

御朱印を目的として寺を訪問し始めた頃は、この静謐と荘厳さに気圧され、庫裏のピンポンを押すには大きな勇気が必要でした。

 

今では御朱印・御首題を丁寧にお願いして断られても「失うものはない」という気持ちですが・・。

 

▼境内に駐められている車は僧侶さんのものでしょうか?

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もしそうなら「ベンツ」ではないので持ち主は若い僧侶さん。

 

▼2階が本堂、階下が寺務所になっているようです。

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▼本堂横にあった、飛び跳ねている動物はよく見ると狐のようです。

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元は屋根にあった飾り瓦だったそうです。

道理で瓦素材でで造られているからグレーの狐のようです。

 

▼都心の寺社はどこもビルに押しつぶされそうです。

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▼しかし、そんなビル達にこんな素敵な景観は望めません。寺ならではでしょう。

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▼「ペット霊園」ではないですが、正伝寺のそれと造りが似てなくもいません。f:id:wave0131:20200729200709j:plain

ペットではなく、その飼い主、人間様用の最後の「おやすみ処」でしょう。

都心には亡くなった人のため、様々な供養の形があります。

これもそのうちに一つのスタイルでしょう。

 

▼2階の本堂テラスから見えた気になる建築物。

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行ってみようと思いましたが、圓珠寺さんとは敷地が異なる隣接する大谷派の建物でした。

それにしても建物も墓跡も「高密度」のサンプルのような状態です。

 

さて御首題をいただきに階下の寺務所にピンポンしてお邪魔します。

 

▼寺務所の玄関前に2つの貼り紙。

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脳天に灸をすえる祈祷」です。

 

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ピンポンに反応していただいたのは年配のおかぁさん。

御朱印をお願いすると

今、ほうろく祈祷が始まったばかりだから・・

じゃ、出直します!

いや、よかったら上がって祈祷を受けていきなさい!

はぁ?!!!・・?? 時間はどのくらいですか

すぐ終わるわよ、上がりなさい

祈祷が済めば御朱印がいただけるかと

じゃぁ〜〜〜、おじゃまします

好奇心もあり2階の本堂内へ。

 

ところが、よくある事ですが予想とは異なる展開が始まりました。

 

▼本堂内には熱心な信者さんが「ほうろく灸祈祷」を授かろうとしていました。

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この日は10人に満たない信者さんたちへの祈祷のようでしたが、

入堂すると若い女性信者さんが椅子を勧めてくれ、経本、太鼓なども渡されました。

 

すかさず「祈祷受付」と書かれた障子が開かれ、

そこには若い僧侶さんが須弥壇の方から走り来て「ハイ、どうぞ」と、ワタシを見てとスタンバイ!

 

おいおい、ちょっと様子が違うぞ!

ワタシは熱心な日蓮宗信者でもないし、祈祷目的でもない・・・。

 

とりあえず受付窓口に近づき、受付僧侶の手元をチラッと見ると「祈祷料三千円〜」の文字が眼に飛び込んできました。

 

ポケットには千円札1枚だけ。

あとは500円硬貨数枚と、いつものように100円と10円の硬貨が多数。

それで最低祈祷料として間に合うが・・。

 

結局、受付の若い僧侶さんに状況を説明し、

祈祷目的ではなく、御首題目的の不心得者である事を理解してもらいました。

 

そして祈祷の皆さんが並ぶ場所を指して

じゃぁ、数歩後ろに下がったところで椅子に座っていてください」との言葉。

さらに

ついでだから、ちょっとこれで祈祷を撮影してください」とスマホを渡されました。

 

という事で見学者になり、撮影者となるような思わぬ方向に進んでしまいました。

 

住職らしき方に加え若い僧侶さんが3人の祈祷が始まり

熱心な信者さん達は経を唱え、太鼓を打ち鳴らし真剣な様子。

経は唯一聴いて分かる般若心経ではない、どんな経か不明。

太鼓も日蓮宗でよく見かける団扇太鼓ではなく、でんでん太鼓を大きくしたような形。

 

やがて経と太鼓の音が響く中、

逆さまにした大きな皿の裏に大きな灸が燃やされ、それを各信者さんの頭に乗せられます。

この時期TVニュースなどでよく目にする光景でした。

経を唱える声も一段と高くなり、僧侶が信者の背中を大きな数珠のようなもので撫でるやら、動きが忙しくなってきます。

そんな状況を渡されたスマホのカメラに数枚収めました。

 

祈祷対象外のワタシも経を唱える声と、太鼓の音と灸の煙のせいで、何か恍惚とした感覚がわいてきました。

深川不動などで1、2時間ごとに行われる大音量、大迫力の祈祷と同じです。

そもそも経はエクスタシー状態を導き出す作用もあると思っています。

 

祈祷が済んでから無事御朱印と御首題をいただけましたが、

年配のおかぁさんのおかげで、

思わぬ方向への展開だったものの、貴重な体験になりました。

 

ほうろく灸祈祷之砌」の文字が入った御朱印と御首題は

祈祷受付の折の若い僧侶さんの揮毫でした。

彼はこの寺の広報担当、官房長官のような存在かもしれません。

 

 ありがとうございました。

昔は「密」 今は「無人」の寺に虎と狐と犬と猫 〜正伝寺の御朱印・御首題(東京・港区)

▼松流山 正伝寺毘沙門天」の御朱印。(日蓮宗・東京都港区芝一丁目)f:id:wave0131:20200729200433j:plain

正伝寺の御首題。f:id:wave0131:20200729200426j:plain

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正伝寺・圓珠寺の2つの寺は、山手線や新幹線など数路線がやかましく走るガード脇にへばりつくように隣り合わせて建ちます。

圓珠寺の僧侶さんに聞いたのですが、2つの寺は縁戚関係にあるそうです。

 

晴れたり降ったりする変化の激しい天気の中を車で出かけてみました。

 

▼狭い道路に入り寺の前まで来ると有料パーキングの敷地内に「寺用」と書かれた2台分のスペースを見つけました。

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有料を覚悟していたのでバンザ〜イです!

しかし都心の寺でも丹念に探せば、ほとんどの寺が専用の檀家用駐車場を有しています。お寺訪問の折にはそんな駐車場に駐めても問題ないでしょう。

 

▼どちらの寺にも高い幟が立てられています。紺色の「開運大毘沙門天」は正伝寺。

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▼「田村 穂」の名。正伝寺住職も田村姓だそうなので親戚でしょうか?

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▼白の幟に諡号の「日蓮大菩薩」が立つのは圓珠寺。

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▼向かって右に建つ正伝寺から参拝します。

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▼都心のお寺ですので狭い境内に入るとすぐ右側に「毘沙門堂」。

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▼江戸時代には「江戸三大毘沙門」に数えられ、大変賑わったそうです。

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江戸名所図会の「金杉 毘沙門堂」は誇張とは言え、どんだけの「」でしょう。

山門を入ってすぐ右側の毘沙門堂は、現在も同じ位置にあるかのようです。

 

▼守護獣の「狛虎」です。「狛」の文字は使わないのが正解でしょうか?
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▼寅は毘沙門天の神使。トラの他にムカデも眷属と言われています。f:id:wave0131:20200729200537j:plain

寅の月、寅の日、寅の刻に因む伝説もあり、

開運、戦勝のご利益が謳われる毘沙門天に深く帰依していた上杉謙信は「越後の虎」「越後の龍」とも言われました。

何かと寅と縁の深い毘沙門天です。

また圓珠寺・正伝寺では「寅の日」に限定御朱印がいただけるそうです。

 

▼本堂は閉まっていました。階下の庫裏にも「御朱印は隣の圓珠寺へ」の貼り紙。

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▼「松流山」、美しいイメージの山号です。f:id:wave0131:20200729200554j:plain

▼本堂の階段上から眺めた鉄道側には東京モノレールも走っています。

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▼東京在住でありながら、山手線、京浜東北線上野東京ライン東海道本線、新幹線、モノレールと、ここを走る路線が一体いくつあるのかハッキリと知りません。

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ひっきりなしに様々な列車が通過し鉄道好きには面白い寺ですが、騒音もハデです。

 

▼本堂の横に「OTERA STAY」。f:id:wave0131:20200729200542j:plain

24時間無人の「宿坊」だそうで、寺全体を貸切にできるそうです。

東京23区の寺に宿坊・HOTELを開業するのは、ほかに知りません。

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宿坊」というより「ゲストハウス」と理解した方が良さそうです。

24時間無人というのも、外から予約してチェックインもメールなどでドアも解錠方法を知らせてくれるスタイルなのでしょう。

TEMPLE HOTELは無人でしょうが、寺も庫裏も無人のことが多そうな寺です。

 

無人は期せずして「with corona」の先端を走っているかのようですが、

インバウンドも想定した「宿坊」は、コロナ禍の現在はこれも期せずしての「無人」かもしれません。

 

しかし寺は数珠やお守り作り、写経をはじめ様々な体験ができるそうで、

都心の寺の可能性をいろいろ探っていらしゃる先進的な様子が窺えます。

寺の HP や BLOG にその考え方や姿が明らかです。

 

▼陶製のカワイイ狐が置かれた稲荷社もありました。

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サルスベリの下の珠のオブジェには「」の文字が彫られています。f:id:wave0131:20200729200615j:plain

東京都心部にある寺は、地価高騰などの理由による転居などから檀家は減少の一途でしょう。

過疎が進む田舎の寺の維持も大変でしょうが、

都心部の寺も経営の危機にさらされているのかもしれません。

 

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そんな中で、犬猫のペットは寺社やマンションに、もはやすっかり市民権を得た昨今のように思われます。

▼犬たち、猫たちが心ある飼主たちと再会出来るスペースです。

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御朱印をいただいた隣の寺「圓珠寺」の記事は次回。