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御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

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小御門神社の御朱印(千葉・成田市)〜「交通不便」でもゼッタイ訪れ甲斐のある神社

小御門神社御朱印です。(千葉県成田市名古屋898)

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小御門神社 通常の神社印の御朱印f:id:wave0131:20210121202537j:plain

何も知らなくて「しょうごもん」と読んでいました。

しかし、そんなバカな読み方をするのは当ブログだけかもしれません。

正解は「こみかどじんじゃ」と読みます。

 

小御門神社 廟所「文貞公霊廟」の御朱印」。f:id:wave0131:20210121202542j:plain

右上のスタンプは「奉祀元弘忠烈之臣贈  太政大臣藤原師賢」。

中央の達筆な墨書きは「文貞公霊廟」。

師賢は後醍醐朝の歌人で「文貞公」は諡号

 

御朱印は授与所でいただきました。

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▼常時いただける御朱印と「朔日まいり」の御朱印案内がありました。

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▼神社の最寄駅は成田線滑河駅」ですが、バスかタクシー利用になります。

歩こうという強者は、約1時間近くかければ神社にたどり着くそうです。

 

 

▼その滑河駅の近くに朱の大鳥居があります。一之鳥居になるのでしょうか?

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朱の鳥居を車で通過して道なりに進むと、間も無くカーブする道の正面に木造の鳥居が見えてきました。

▼ニ之鳥居という事でしょう。

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▼旧社格を表している社号標は「近衛文麿」と刻まれています。

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建武中興十五社」に数えられるという小御門神社の社殿造営は1882年。

近衛の生年は1891年。

ということは、この書はもう少し年月が降ってからのものなのでしょう。

 

▼車の流れの多い、ごく普通の地方道を離れて鳥居をくぐると空気感が変わります。

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8月初旬の苔むした参道は、暑さを忘れてしまいます。

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それにしても東京に隣接する千葉・埼玉・神奈川の1都3県に、まだまだ知らない素敵な神社があるのだと思い知らされました。

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明治政府による「建武中興十五社」の1社として建立されているので、当然神社の歴史は浅いのですが、すっかり古社としての雰囲気も持っています。

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▼都心の神社のように参拝者がひっきりなしに訪問することもない神社でしょうから、こんな静謐な空気感を保てていられるのかもしれません。

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狛犬たちの表情だけが静寂感を壊そうとしています。

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いや、そんな雰囲気を守ろうとしているのでしょう。

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狛犬の脇に造られた竹製の鳥居は時季になれば茅の輪が設けられるかもしれません。

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▼中門を形成する三つ目の鳥居は、拝殿から本殿までを囲む板塀と連結されています。

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ここからの瑞垣の中は、禅寺で例えれば「不許葷酒入山門」。

くんしゅ  しんいきにはいるを  ゆるさず」なのでしょう。

 

▼祭神は後醍醐天皇の側近でもあり、歌人でもある「藤原師賢」。

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藤原師賢」は御朱印に筆書きされている「文貞公」であり「花山院 師賢(かざんいん もろかた)」でもあります。

 

▼拝殿から幣殿と続き、再奥が本殿。本殿はさらに瑞垣で守られています。

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伊勢神宮のように、本殿までに二重三重の瑞垣を設ける神社はそんなには多くないように思います。

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別格官幣社」の全てが、このような造りでもないはずです。

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ところで「建武中興十五社」とは、

建武の新政に活躍した南朝の皇族・武将などを主祭神とする神社だそうです。

ですから関東には、護良親王を祀る神奈川県の「鎌倉宮」しかないようです。

 

しかし同じく、明治天皇が忠臣顕彰のために1887年創建した、後醍醐天皇に仕えた朝臣日野俊基を祀る「葛原岡神社」は「建武中興十五社」に入っていないようです。

 

浜松市には宗良親王を祀る 「井伊谷宮」がありますが、あとの13社は福井から関西を中心としています。

 

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後醍醐天皇鎌倉幕府打倒計画とともに動いて身代わりにもなった「文貞公」は「小御門」となり、1332年にこの地で没しています。

小御門」は「小帝」と記すとなお分かりやすいでしょう。

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後醍醐天皇北条高時足利尊氏新田義貞楠木正成らがそれぞれの思いの中で生き、死んだ、遠い遠い太平記の時代です。

厄介な時代ですので、理解するのもヤッカイです。

 

▼「文貞公廣道

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▼「文貞公」が眠る霊廟です。f:id:wave0131:20210121202734j:plain

▼以下「御神木」から「水神社」点描です。

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▼神社に隣接する民家らしき建物も正しき由緒があるのか、この佇まい。

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数少ない「絶対再訪」神社のひとつでした。

早稲田 観音寺の御朱印(東京・新宿区)〜デザイン寺の消化不良は 甘泉園公園で healing

▼慈雲山 観音寺豊島八十八ヶ所霊場 52番札所」の御朱印

真言宗豊山派/東京都新宿区西早稲田1-7-1)f:id:wave0131:20210119194130j:plain

御府内八十八ヶ所霊場 52番札所」でもあります。

いただいた御朱印は、右上のスタンプ「五十二番」のすぐ上の文字が読めません。

二つの霊場のどちらも「52番」なので、掲載の御朱印はホントはどちらなのか分かりませんし、同じ御朱印になるかもしれません。

 

▼2013年の参拝以来、久しく再訪した2020年の暮れは、こんな貼紙が・・。

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残念ですが、やむを得ませんね。

しかし「休事」という言葉は初めて目にしました。

きゅうじ」と叩いても変換で出てきません。読みが違うのでしょうか?

左上の「身元調査お断わり」は浄土真宗ではよく見かける気がしますが・・。

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観音寺早大の裏手にあります。

 

▼「穴八幡」のある「早稲田駅」方面から歩いて「大隈記念講堂」の前を進みます。

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御朱印をいただいた2013年の写真です。f:id:wave0131:20210119194141j:plain

創建は1682年と伝わります。

当時はどんな外観だったのでしょうか? 現在と絶対比較してみたくなります。

 

▼2020年に移っても寺の外観は何の変化もないようです。

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観音寺」という名称の寺は全国に数多ありますので、一つ一つ思い出せません。

しかし、ここは誰しも記憶が蘇る「観音寺」でしょう。

 

▼ムービー「2001年宇宙の旅」の「モノリス」のような壁が本堂を隠します。f:id:wave0131:20210119194155j:plain

近代的な造りの寺はいくつかありますが「デザイン寺」は少ないはずです。

他にも訪問した中で「デザイン寺」があったように思いますが、思い出せなく、

デザイン寺」と言ったら、ここの「観音寺」だけが真っ先に脳裏に蘇ります。

 

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寺の建物は有名な早大教授、石山修武氏の設計による1996年の建立だそうです。

有名と言われても建築に疎い身には有名ではなく初耳で、すぐ忘れそうです。

 

▼ライトアップして階段に埋め込まれたモノが光れば、さらに早稲田名所となるかもしれません。

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でも何度も言うように、建築家の名は覚えられなくても、

このステキにアヤシー、インパクトある建物はいつまでも忘れません。

 

▼本堂の扁額は「戒 定 慧」でしょうが、正確な読みも意味も不明。

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神社にそれほど読みや意味が困難な額は少ないと思いますが、

寺の額はあちらこちらの堂に難読、意味不明の額が多く掲げられ、悩まされます。

 

▼本堂への階段を上ったところで「モノリス」を振り返りました。

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▼本堂というか建物全体の「裏面」です。誰も寺だとは考えないでしょう。

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観音菩薩は尋常です。

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ほかでもアーティスティックにデザイン化された菩薩像は見た覚えがありません。

実像ではなくイラストなどでは自由自在な表現がありますが・・。

 

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▼ほぼ「おびんずるさん」でしょうか? ちょっと見慣れた顔とは違い、膨よかです。

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▼古い庚申塔より、黒ずんだ恵比寿・大黒の方に目が引きつけられます。

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好みとしては次席にあるステキな寺はチョッと消化不良。

 

御朱印をいただけなかった観音寺から西へ400〜500m移動すると

新宿区立甘泉園公園」があります。

▼公園に続く敷地内に「水稲荷神社」が見えました。

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▼稲荷社にしては立派な神社でしたが、社務所や授与所らしき建物もなく、人の気配も感じません。f:id:wave0131:20210119194251j:plain

当然、御朱印も期待できませんので「甘泉園公園」だけを楽しみましょう。

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甘泉園公園」は、少しゴロの悪い「 園 園」です。

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ゴロは悪くても東京の山手線内に、こんな空間が潰されないで生きていることだけでも大したものです。

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公園内には「高田富士」や「太田道灌」ゆかりの松など見どころいっぱいです。

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そんな「見どころ」にかまわず、園内を散策すだけで充分満足できるはずです。

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玄国寺の御朱印(東京・新宿区)〜センスの良さが止まらない庭を維持するのは誰?

▼龍池山 玄國寺御朱印。(真言宗豊山派/東京都新宿区高田馬場1-12)

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朱印帳に見開きで直書きいただけました。

余分な色を使わず、媚びるイラストも用いず、墨朱だけで見せる見事な御朱印でした。

 

玄國寺 「豊島第七十二番」本尊「無量寿阿弥陀仏)」の御朱印f:id:wave0131:20210115201556j:plain

豊島八十八ヶ所霊場」の第72札所の御朱印ということでしょうが、

もう一つ似たような名称で「北豊島三十三観音霊場」があります。

どちらも積極的に巡ったことはなく、88と33の寺院が霊場として全て「生きて」いるかどうかわかりません。

御朱印をいただく機会があって、結果的に各々の霊場だったことを知ることがほとんどです。

 

玄國寺 弁財天」の御朱印f:id:wave0131:20210115201544j:plain境内にある「弁天堂」の御朱印です。

 

御朱印をいただいた庫裏ではサンプルが案内されていました。

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▼籠の中にたくさんあった爪楊枝を包んだ折り紙。2ついただいてきました。

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たしか、御朱印を対応いただいた大黒さまと、信徒さんの手作りによるものだとお聞きしました。透明袋に入れてあり、出来栄えはもうほとんど商品状態でした。

 

▼そして菩薩たちが幻想的に誘惑的にヒラヒラと舞う。

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コロナ禍だからでしょうか?

その右に、禍を取り除いてくれるという「光明真言」が掲げられていました。

「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん」

無理です。覚えられません。

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幻国寺は新宿「諏訪神社」に隣接しています。

東京近郊に住む御朱印収集者なら、新宿諏訪神社は誰もがご存知でしょう。

寺が諏訪神社に隣接しているのは別当寺だったということを表しています。

 

▼既視感を覚えるこの門構えは、記憶は数多くあって大混乱。

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▼しかし周辺は掃き清められ、他と違うのはカンペキに美しい姿です。

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▼門前に置かれた蓮の大きな鉢も、手入や移動など努力しないと人に見せられません。

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▼似たような山門でも「ここは少し記憶に残るでしょう!」と地蔵の声。

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ハイ! 確かに。

▼未だ漠然としか理解できていない、庚申塚もいくつかが門前に並びます。

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▼寺は1601年、諏訪神社別当寺として開山されたと伝わります。

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▼木立の陰になってよく見えませんが庫裏です。

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岩倉具視の邸宅だったものの一部を大正末期に移築したものだそうです。

 

▼本堂への階段下に水晶らしい石もありました。

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▼チリひとつない庭は緑がとっても気持ちよく、住んでみたくなるような佇まいです。

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当然、プロの庭師による手入れかもしれませんが、気持ちや余裕がなければそれもかないません。

庫裏の爪楊枝を包んだ折り紙とともに、ご就職や大黒さんのセンスが伺い知れます。

 

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▼六角堂は「弁天堂」です。

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境内碑文の引用です。

寺宝一顆あり。安産與楽の玉と称す。北条遠江守時政の子相模守義時の妻難産のおり江の島弁財天に参籠して感得し、その加護によって安産あり。また、その玉、密々御本丸に用としてしばしば奉る。縁ありて当寺に寄附される。

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ここの弁財天は碑文にある弁財天と関連があるのでしょうか?

江ノ島も、上野不忍も弁天堂は六角形。京都の頂法寺も六角堂。

「六角」というのは仏教的に何か意味があるのでしょうか?

ボルトの頭も六角ですが、関係ないでしょうね!

 

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▼それにしてもホントに気持ちの良い庭です。木々の「森感」のバランスが最高です。

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いつまでも見ていたい思いが止まりません。

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▼「雀にも 好きな枝あり 夏木立虚子 と彫られています。

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▼さて、カエりましょうかね!f:id:wave0131:20210115201742j:plain

 

▼隣接する諏訪神社の記事。

wave2017.hatenablog.com

 

金鑽神社の御朱印(埼玉・神川町)〜山を御神体とする ほぼ埼玉最北の古社

▼武蔵二宮 金鑽神社御朱印。(埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮750)

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▼JR「本庄駅」「丹荘駅」などからバスが出ているようですが、バス停からも20分ほどだそうで、ここは車でないと訪問しづらい神社です。

▼車で走っていると、まだ寄居ですが山が深く迫ってきます。f:id:wave0131:20210116162615j:plain

目的の神川町の神社はもっと北へ、ほとんど藤岡市に近く、埼玉県の最北に鎮座します。

 

▼「かなさなじんじゃ」は武蔵国二宮

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武蔵国一宮が大宮の「氷川神社」ですので、70kmほどの隔たりがあります。

氷川神社大宮公園の深い木立の中に鎮座しますが、

ここ金鑽神社はさらに深い森の中に鎮座します。

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森の中というより山麓鎮座するとういうのが正確かもしれません。

というのも神社の背後にある350mほどの「御獄山」を御神体とするからです。

富士山をはじめ日本の山々は御神体であり、霊山であり、神々だらけです。

古代から人々は山の恵みを得れば山を敬う、海や田も同じように向き合ってきたという国民性を改めて思い知らされます。

 

▼社殿までの長い参道の途中にある二之鳥居周辺はとても美しく、神秘的な雰囲気も持っています。

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▼参道右手に塔が木立の中に見えます。

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国の重文に指定されている1534年建立の「多宝塔」でした。

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多宝塔」は仏塔ですので、当然ここも神仏習合だったのでしょう。

神社に建つ多宝塔は、同じく重文である愛知県の「知立神社」を思い出しました。

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▼500年の風格と「老い」も感じさせられる塔です。

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▼清々しく感じられる参道を気持ちよくさらに進みます。

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▼三つ目の鳥居です。

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▼鳥居、注連縄、塀が結界を示すようです。

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▼拝殿は緑深い山を背にして建ち、石段周辺にも苔が目立ち、陽も届かない森の深さを表しています。f:id:wave0131:20210116162722j:plain

この日は七五三も近く、幼い子供たちと共にお祝いの参拝にやってくる家族が大勢見うけられました。

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金鑽神社の主祭神は「天照大神(あまてらすおおかみ」「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」、さらに日本武尊 (やまとたけるのみこと)を祀ります。

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したがって金鑽神社の創祀は神話の世界になりますが、9世紀には書物にはっきり記されているそうです。

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そして理解が難しい神社名は、

当地域周辺では砂鉄が産出され、その採鉱・製鉄集団によって祀られたのが当社の創祀とされていることから、

金砂(かなさな)」が神社名の語源ではないかとされる説もあるそうです。

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▼拝殿の奥は「中門」があり、その先は山の斜面で、本殿はありません。

f:id:wave0131:20210116162708j:plain背後の山そのもを御神体として本殿を設けない神社です。

長野の「諏訪大社」もこのスタイルでした。

ほかにもあったように思いますが記憶は蘇りません

 

▼神楽殿も高い木立の中に建ちます。

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▼境内にある社の名称は20近くになります。

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▼境内奥までやってくると様々な石碑が建ちます。

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▼そして御神体の「御嶽山」を巡るコース案内があります。

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▼若き「日本武尊」像に「ソレ、登れ!」と、けしかけられます。

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▼しかし、時間もなければ、山道のシンドサも避けたい・・・

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と思ったものの、年配のご夫婦らしきお二人がスタスタと歩みを進めるのを見て、負けて入られません。

▼とは言え今回は神々しい「鏡岩」まで何とかやってきたのが時間的にも限界でした。

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奥宮」「見晴台」などへは、あとほんの僅かでしたが、足を延ばすのは次の機会にとっておく事にします。

 

神々の存在を身近に感じることの少ない本ブログですが、

その数少ない神の存在を感じる神社が、また一つ増えました。

 

wave2017.hatenablog.com

豊受稲荷本宮の御朱印(千葉・柏市)〜キラキライラスト御朱印派御用達の神社

豊受稲荷本宮御朱印。(千葉県柏市豊四季972-14)

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豊受稲荷本宮   通常の御朱印と思われます。f:id:wave0131:20210113191821j:plain

豊受稲荷本宮   「疫病退散」の御朱印f:id:wave0131:20210113191816j:plain

ますます猛威をふるうCOVID-19の落ち着きを願っていただいてきました。

 

▼小さな神社ですが、御朱印は社殿の裏手で扱う案内がシツコク貼られています。

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▼同じ内容の案内がいくつもあります。

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▼社殿前から裏手へ➡︎➡︎の案内で誰も迷わないでしょう。

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▼たどり着いた先の授与所では、おそらくプロの手で描かれたであろうカラフル御朱印が満開でした。

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プロと思われるのでイラストのクォリティは半端じゃありません。

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カラフルイラストキラキラ御朱印が大好きな人にとっては、全部いただきたくなるサンプルがたくさん掲示されていました。

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▼豊受稲荷本宮へはJR「南柏駅」「柏駅」のどちらから歩いても20分ほどになります。

神社の案内によると「柏駅東口」からバスが出てるそうですが、

キラキラ御朱印目当ての方でしたら、徒歩20分くらい躊躇なく歩き始めるでしょう。

 

▼どちらの駅からも、この県道261「旧水戸街道」をひたすら歩けば・・・

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▼通りの東側に神社の鳥居が見えてきます。車だと気付かずにアッという間に通り過ぎてしまいそうです。

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▼「豊受稲荷本宮」という名称から想像した神社は、現実とのギャップが大きすぎる佇まいに只々ビックリします。

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▼手前左の2階建建物は宮司さん宅でしょうか。社殿を半分以上隠しています。

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▼10数歩で社殿前に行き着く手狭な感じではあるものの、幟の数といい、庭といい、丁寧に整備されています。

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しかし残念ながら、何と言っても左手前の建物がジャマです。

この建物さえなかったら、小さくとも全く違った神社に変貌することは間違い無いでしょう。

▼社殿の柱には「伏見稲荷大社 講務本庁 柏市ゆたか扱所」の看板が掲げられています。

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伏見稲荷大社 講務本庁 柏市ゆたか扱所」と言われても意味不明です。

ゆたか」は神社名でした。

豊受稲荷本宮」は、普通「とようけいなりほんぐう」と読みたくなります。

ところがこの神社は「ゆたかいなりほんぐう」と読ませる

ステキな根性をしています。

 

京都伏見稲荷大社を勧請して戦後に創建された神社だそうです。

 

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神社のHPには自ら

全国でも珍しい神仏混淆神仏習合)の稲荷神社です。

と表現しています。

戦後の創建なので、あえて「神仏混淆」としたのでしょうか?

普通は「神社」「寺」を二者択一し、どちらかになるでしょう。

戦後に「神仏混淆」とすると人々の崇敬を集めるのは難しいように思います。

 

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そんな単純な考えより、もっと深い思いが創建者にはあったのでしょう。

その努力が、おそらく伏見大社信仰を広める「伏見稲荷大社 講務本庁柏市ゆたか扱所」という、伏見大社ブランドを掲げることができたのでしょう。

 

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さまざまな信念を持つ存在があって、様々な寺社が存在すると言えるかもしれません。

 

▼「かしわ七福神」の「福禄寿」像。

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この神社では「珍しい神仏混淆神仏習合)の稲荷神社」と紹介されていますが、

御朱印巡りで多くの寺社を訪問していると、決して珍しくはなく、

寺院に鳥居や狛犬、神社に観音堂やなどがあっても何の不思議も感じなくなっています。

明治の神仏分離はカンペキには出来ていないのです。

 

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そして今は、この神社のように堂々と「うちは 神仏混淆神仏習合」と言葉に出せる寺社がどれだけあるでしょうか?

豊受稲荷本宮創建者の覚悟が想像できます。

 

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神仏習合の姿が狭い境内の中にも見られます。

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▼神社社殿の裏手には駐車場があるのに、入口を見つけられず有料Pに駐めました。f:id:wave0131:20210113191956j:plain

▼駐車場広場からは社殿の背後を見て取れました。f:id:wave0131:20210113191947j:plain

社殿を180°回転させて、こちら側を神社正面とした方が良さそうです。

ムリでしょうが・・。

▼「南無神変大菩薩」の幟が立つ建物は・・

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▼「観音堂」でした。f:id:wave0131:20210113192010j:plain

とても丁寧で愛想が良くお茶を出していただいた男性は、御朱印の種類を「受注」すると、この建物の中に消えました。

おそらくこの「観音堂の」中には「神仏習合」の姿を目の当たりにできるかもしれない姿があるかもしれません。

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実は、クラシックな御朱印をいただける寺社とは話がはずむ場合もありますが、

何故か、カラフルキラキラ御朱印を授与する寺社で話をするのは苦手なのです。

 

今回のこの神社もお茶をいただき、とても丁寧に対応いただいたものの、

お話はできません、いや、しませんでした。

 

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巷にカラフルキラキラ御朱印が蔓延ることの寛容力が、まだまだ足りないのでしょう。

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南無 kira kira 御朱印