▼越後一宮 居多神社の御朱印です。(新潟県上越市五智6-1-11)
神社名の読みは「こたじんじゃ」です。
日本海側に分布する「気多神社」の一社として古くは「けた」と呼ばれたそうです。
御朱印は書置きでした。日付なしでした。タイミングが悪かったようです。
これまで一宮の御朱印も数多くいただいておりますが、書置きは初体験。
それも日付なしとなると、いただいた時「アレッ!?」と
ガッカリして首をかしげたくなります。
いいのです!書置きで・・。
でも日付くらい入れて欲しい、といつも思うのは身勝手でしょうか?
もう発足して永いこと「上越市」でしょうが、ピンとこない名称です。
そもそも市の中心街に「上越」の町名はありません。
上越線も市内を走っていません。
かろうじて市の南部に上越新幹線の駅「上越妙高」が上越の文字を使用しています。
以前にも同じような事を記事にしてますが、上越はやはり直江津、高田です。
数多くある日本海をテーマにした楽曲でも演歌はあってもPOPSは思い浮かびません。
アニソンなどではあるのでしょうか?
演歌でも既に古い曲となってしまっていますが、
「悲しみ本線日本海」「能登半島」など、傷ついた心を歌う哀愁漂う曲ばかりです。
「寒い」「冷たい」「荒波」が北国の海、日本海です。イメージです。
▼しかし現実の日本海は「暖かそう」で「穏やか」で「開放的」です。
何事も誤ったイメージを持ちやすいものです。
一宮も勝手な漠然としたイメージを持っていますが、
▼全ての一宮に当てはまるはずもなく、ここでもそのイメージは間違っていたことに気づかされます。
「越後國 一宮」の文字は見つからず、奥深い参道もありません。
境内は広いもののアッケラカンとしています。
美しい姿ではあるものの、社殿は歴史感のない2008年に造営された新しいもので、創祀不詳の古社らしい雰囲気は見当たりません。
しかし、大国主命・奴奈川姫・建御名方命を祀る、越後一の宮とも呼ばれる延喜式内社です。
もっとも「越後國 一宮」は一番に「弥彦神社」がイメージされます。
そちらはイメージ通りの「一宮」。
しかし越後國一宮は、このほかにも糸魚川市の天津神社があり、計三社。
なんと隣の國、越中には四社あります。
多くの一宮を巡れば巡るほど、印象深い神社はあるものの、
一宮としてのイメージは、どんどんアヤフヤなものになります。
▼浄土真宗の宗祖 親鸞はこの地に流され、7年間を越後で過ごしています。
したがって、ここ上越市には親鸞ゆかりの場所が多数あるそうです。
▼居多神社の周辺を歩いていると大きな赤い鳥居を見つけました。愛宕神社でした。
▼参道石段が高く、奥深く延びています。
この雰囲気は登らずに見過ごす訳にはいきません。
高木が陽を遮り、石段は苔むしています。参拝者も少ないのでしょう。
▼けっこう登ってきた石段は汗を吹き出させます。最後の石段。
後の調べで祭神は火産霊命と伊邪那美命。上杉謙信の崇敬も厚かった神社だそうです。
一宮を訪問した上越市で印象深い神社は、ここになってしまいました。
残念ですが御朱印はなさそう・・・です。