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御朱印迷宮

関東を中心とした寺社の御朱印記録です。参拝・収集目的に少しでも役立てば幸いです。

雑司が谷 鬼子母神堂の御朱印(東京・豊島区)〜池袋の喧騒から離れて 雑司が谷ケヤキ並木参道

[2017.05.19-rewrite 2022.04.20]

雑司が谷 鬼子母神御朱印

「ぞうしがや きしもじん日蓮宗(東京都豊島区雑司が谷3-15-20)通称である「雑司が谷 鬼子母神」は当地から北にある「法明寺」の境外お堂という立ち位置でしょう。

鬼子母尊神」は「」の文字を加えず「鬼子母神」と書かれる場合もあります。

鬼子母神」は関東では法明寺のほかに、「恐れ入谷の鬼子母神」で知られる「真源寺」や千葉市川市の「中山法華経寺」などが有名です。

 

▼鬼のような悪行を働いていた女性を釈迦が諭し改心させ、仏法の守護神、子供と安産の守り神「鬼子母神」になったので、の文字に「ツノ」は外されています。

「ツノ」が取れた元鬼といったような意味なのでしょう。

また、読みは「きしじん」ではなく「きしじん」が正解のようです。

 

法明寺鬼子母尊神」の御朱印(2021年)。

法明寺鬼子母尊神」の御朱印(2012年)。

法明寺 鬼子母神の御首題(2016年)。「法明寺」は日蓮宗ですので、鬼子母神堂では御首題もいただけます。

 

▼2021年の参拝時は書置きのみでした。

御朱印の右上にも「みみずく」のスタンプが押されていますが、

雑司が谷名物? 東京の郷土玩具である「すすきみみずく」をデザインした袋に入れられ渡されました。

 

▼「法明寺」は「雑司が谷七福神」も担っていますので、そちらの御朱印も用意されています。

 

鬼子母神堂へは池袋駅から徒歩圏内ですが、都電荒川線鬼子母神前」、副都心線雑司が谷駅」がベストでしょう。

都電荒川線鬼子母神前」の読みは「きしもじん」ではなく「きじぼじんまえ」としています。

 

雑司が谷は谷中などと同様、山手線内でももっとも東京らしくない地域の一つと言えるでしょう。

言い方が間違ったかもしれません。

少し前の時代の東京らしさが残っている地域です。

 

鬼子母神の表参道になる「鬼子母神大門ケヤキ並木」は、その代表的な光景です。

なぜ「大門」という文字が使用されているのか分かりません。

かつては鬼子母神への門があったのでしょうか?

ここには手塚おさむが「トキワ荘」から移り住んだという伝説のアパート「並木ハウス」も残っています。

参道は東京らしくない並木道を形成していましたが、ここ10年くらいの間に左右の家並みの木造建築がほとんどモダンな建物に変わっています。

東京らしくない地域は東京らしく変化していきます。

▼並木の参道には昭和モダンの建物「砂金家長屋」に「雑司が谷案内所」が設けられています。

▼参道のケヤキは青葉モリモリの頃、黄葉の時季も良いのですが、葉が落ちた冬枯れの季節も悪くはありません。

▼江戸時代、広重も往時の繁栄ぶりを「江戸高名会亭尽 雑司ヶ谷の図 茗荷屋」として

ケヤキの大木と有名な料理屋を描いています。(▼写真は「google Art & Culture」

浮世絵には女性が多く描かれていて、江戸時代には鬼子母神も物見遊山的な対象として賑わっていたのでしょう。

 

現在は伐採されたため往時からのケヤキの老大木は数本しか残されていなく、

他は地域の人々の努力によって旧景が復元され、維持されているようです。

▼「鬼子母神前駅」「雑司が谷駅」から続く、気持ちの良いケヤキ並木の表参道を進んで突き当たりを左に足を向ければ、鬼子母神堂が見えてきます。

かつては鬼子母神堂前に鳥居があったそうですので、この辺りかもしれません。

池袋ー新宿ー渋谷を繋ぐ、超便利な地下鉄「副都心線」の駅ができたせいもあるでしょうか、若者たちの姿が多く見られます。

▼2012年はもう少し穏やかな境内でした。

▼境内入口に立つ仁王像たちも、若者たちの訪問が多くなったことを喜んでいるに違いないでしょう。

▼それにしても、週末は人を避けてお堂を撮影するのは無理なようです。

鬼子母神堂の起こりは1561年、当地で鬼子母神の木像が掘り出された時に始まります。

その後、村人がお堂を建て、鬼子母神信仰が隆盛するとともに江戸時代初期には大名の寄進などによりさらに発展。お堂も改修、解体復元を経て現在の姿になっています。

▼寺に神が祀られ、かつては鳥居があって、現在は狛犬も破顔している寺の迷宮です。

▼昔は当然木製だった天水桶は金属製になって、ほとんど鉄釜状態。

お堂は江戸時代に建立されたものが引き継がれ、国の重文に指定されています。

▼この先は撮禁です。

祀られている鬼子母神尊は、羽衣姿で吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しい姿をしているそうです。

▼まるで蝶が群がるように絵馬が飛び交っています。

▼境内に入るとすぐ左手に広がっているのは「武芳稲荷たけよしいなり)」。

詳細は不明ながら、鬼子母神より古くからあり「稲荷の森」と呼ばれていたそうです。

雑司が谷七福神が祀られている「大黒堂」は比較的新しく建てられたお堂。

▼子供たちに人気なのは江戸時代から続く駄菓子屋「上川口屋」。

看板には創業1781年の文字もあり、230年以上も続けられ現存している店は日本で一番古い駄菓子屋と言えるでしょう。

▼樹齢700年と言われる大銀杏。大きさと高さに圧倒されます。

 

副都心線ができ「雑司が谷駅」が開業して便利になった地域。

しかし便利になると地域の様相も確実に変化していきます。

古い建物が建て替えられ、マンションもできる、カフェもできる、住民も変化し、人通りも増える。

もはや猫もオチオチ道端で昼寝していられなくなります。

その変化にヨソ者がツベコベ言えません。

みんな我が街を便利に、賑やかに活性化して、ガヤガヤとした街にしたい雑司ガヤ!かもしれません。

 

ケヤキ並木の参道から鬼子母神堂までは、昔の景観を残しあまり変化して欲しくない気持ちは、やはりよそ者の勝手な願いでしょう。

 

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