かつて、京都のある駅からタクシー運転手に
大原の三千院までお願いします!
と言って、開いたタクシードアから乗り込んだ男がいた。
タクシー運転手は饒舌だった。
「承知しました。大原ですねぇ。」「お客さん、大原も昔は静かで、いいトコだったんですがねぇ〜〜」「でも誰かが、しょうもない歌を作って、その歌が流行っちゃったもんだから、最近は女子供が大勢やって来るようになって、忙しくなったと言うか、ちょっとウルサイほどでかなんわ!」「お客さん知ってますよね、🎵きょうと おおはら さんぜんいん〜〜〜恋に疲れた〜〜〜」「そう、女ひとり、って歌ですけどねェ!?」
タクシーの後部座席で静かに運転手の話を聞いていた客は絶句しながらも
「んんん〜〜〜〜、そうかぁ! 聴いたことあるよ」
なんと、その客は偶然にも、あの永六輔だった。
お忍びで三千院へ度々出かけたという永六輔。作り話としても、有名な話だ。
三千院はコマソンを無料で創ってもらったようなものだ。
因みに、この歌は高山寺、大覚寺も出てくるが、1番の三千院だけがメジャーになった。
それにしても、京都市は売り方がうまいのか、当時のJRがうまいのか「そうだ、京都に行こう!」と言うコピーは今も新鮮さを失わずに、しっかり生きている。タツローの「クリスマスイブ」もJRだ。どこか女心を揺さぶる共通点がある。
で、京都の観光客は圧倒的に女が多い。
この歌のお陰で、三千院には男一人で堂々と行けなくなっったかもしれない。何しろ「女ひとり」の寺だ。男同士も似合わない。カップルはOK! かな。
全ては、イメージづくられた!
女性に憧れを築きあげさせたのだ。
そうよ、わたしも、そんな不幸を抱えている女なのよ、だから「京都に行くの!」と言う女たちが、今の京の賑わいのハシリだったかもしれない。
では、
北鎌倉の場合のイメージは誰が創った?
とっさに思い出すのは「グレープ」! 東慶寺を歌った 「縁切寺」だ。鎌倉の地名がたくさん出てくる。なんてこった!さだまさし?だ。
この年代には叙情的な歌がもてはやされた。特に失恋の予感や、崩壊した関係を表現したものが流行った。もちろん、今も失恋の曲はある。しかし、どこか違う!
今の20代の若者が聴いたら、アホみたいな歌詞が並ぶ。時代とともに全ては変化するわねぇ。
ということで、鎌倉三十三観音と、どこが関係あるの?
今ある鎌倉の姿を思うと、さだまさしの歌などヒットしなくとも、なるようにナッテいたことは間違いない。
今日も鎌倉、北鎌は、きっと女性たちで溢れてる。
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▲31番 金宝山 浄智寺・臨済宗円覚寺派・神奈川県鎌倉市山ノ内
▲32番 松岡山 東慶寺・臨済宗円覚寺派・神奈川県鎌倉市山ノ内
▲33番 瑞鹿山 円覚寺 佛日庵・臨済宗円覚寺派大本山・神奈川県鎌倉市山ノ内