▼金峯神社の御朱印です。(奈良県吉野郡吉野町吉野山1651)
読みは「きんぷ じんじゃ」です。
読みは「よしの みくまり じんじゃ」です。
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奈良県吉野山は世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に含まれます。
しかし、この世界遺産は少し混み入ってます。
どこが? 何が? 世界遺産? なの?
というのも「原爆ドーム」が世界遺産というのはイメージしやすく、訪問した事のある人ならすぐに理解できます。
ところが、ここ吉野山は奈良県・和歌山県・三重県と、3県にまたがる文化遺産。
だから登録遺産名称は沢山あります。
大きく分けて吉野山・大峯、熊野三山、高野山、そして大峯奥駆道を始めとする参詣道。
これらはさらに細分化され、いくつもの神社・寺・路・道・滝・山などが登録されています。
総称して「紀伊山地の霊場と参詣道」というそうです。
分かったような、分からないような?
熊野三山と高野山は過去記事に、ほんのサラッと掲載しています。
でも、まぁいいから吉野山に行ってみましょう。
前回記事の丹生川上神社から北進して吉野に戻ります。
だいたい「吉野山」という名称の山はありません。これも山の名でよくある総称とのこと。
▼大峯奥駆道と吉野山、この看板に良く分かるように説明されていました。
▼拡大してもボケてて、少しも良く分からない!か。
でも、吉野山は桜の名称という事は誰でも知っています。
年間90万人ほどの観光客の3分の1、30万人ほどが桜の時期の2週間に集中するそうです。
残りの60万人は、残りの50週間に分散されるようです。
1週間に1.2万人という事になります。
一日換算の訪問者が2000人にも満たないのか?
その吉野桜のエリアは山の麓から下千本・中千本・上千本・奥千本と4つのエリアに分けられていますが、赤い境界線が敷かれているわけでなく初心者には全く無意味なエリア分け。
訳わかりませんが麓の吉野川のあたりからグングン登って一番奥まで走ってみました。
山の麓の吉野神宮あたりから山道になります。
高低差600m位ある道は、とにかく狭い!
大雑把な地理は頭にあったものの、狭くてクネクネ道はその記憶をカンタンに消されて無意味なものにされます。
コノヤローと悪態をつきながら、少し迷ったものの目的の地に辿り着きました。
観光バスもやってくるようですから別な道路があるのかしら?
この鳥居からがヤケに足にくる長い勾配を歩いて登ります。
▼轍もあり、車で進めない道ではなさそうですが歩きました。
▼汗ばみながら神社に辿り着きます。
拝殿はほかに訪問者がいないだけに神々しさが極まっていました。
本殿はこの拝殿の裏、さらに山の上の方にあるそうです。
▼拝殿はガランとして、夏を終えた涼しげな風が流れているだけでした。
「金峯神社」、名前の通り鉱山の神、金鉱の守護神を祀っているとか。
人生の金鉱と全く縁の無い者は、本心はせめてオスソ分けが欲しいのですが、そんな祈願はしません。
今、置かれている自分でイイのです。
この山を20分ほど登ると、芭蕉も訪れたという「西行菴」があるようです。
西行は武士をやめました。僧侶になって、ここで数年侘び住いをしました。
ワタシは登るのをやめました。
桜の季節だと登る価値は高まるようね。
拝殿の左方面を少し下ります。
▼「義経隠れ塔」
塔というより庵だよね!
▼義経が弁慶とともに追っ手から隠れた堂と伝えられます。
現在は大峯奥駈道の行者さんたちの修行の場の一つだそうです。
この扉の奥に閉じこもって修行?
閉所恐怖症気味の自分にはムリね! 誰にも頼まれてないけど。
誰にも行き合わなかった世界遺産の神社境内の拝殿に戻ります。
こんな閑散としていて、御朱印などいただけるのかと少し心配になりましたが、拝殿脇の受付ではサラサラッと揮毫いただける宮司さんがいらっしゃいました。
ここまで来て、もし御朱印をいただけないと途方にくれるよね。
奥千本エリアから下ります。
ず〜〜〜〜〜と道は狭い。
ここに辿り着くが山の中腹にある神社。駐車場も3台ほどしかスペースがありません。
でも 2014.09.22 mon、 1台分のスペースはありました。駐めました。
▼道路からすぐ階段が始まり楼門。
山にへばりついている境内ですから狭い。ここは観光客がチラホラ。
写真もどうのように撮っていいのかわかりません! 撮りズライ!
全体像が全く理解できないような神社です。ムリだけど俯瞰できればきっと良くわかると思います。
▲▼上の写真の屋根だけ写っている左側が拝殿、右が本殿。
▼桜の時期はこうなります。この写真は借り物。
▼破風が3連続する本殿は珍らしいそうです。格調高く美しい。
▼本殿への階段は登れません。階段下の賽銭箱の前で合掌。
とにかく興味深い神社。
軽薄な写真説明が続いたけど、知識は少ないから詳細は、いつものように他のブログにお任せしましょう!
事実的なこと並べても面白くないし、マジメでないし、実は酔っ払ってもいるし!! 毎度です!!!
拝殿の意味を改めて知る光景でした。もともと拝殿は宮司など神に仕える人が本殿に向かって拝む場所。
一般人のためにだけあるのが拝殿ではなく、ワタシたちはそのオスソわけ的な位置で手を合わせているのです。
祝詞奏上後、いただけました。
奥千本は全く観光客と遭遇する事はありませんでした。
西行が侘び住いし、義経たちが隠れた頃は人はもちろん、他の建物も何もなかったはずです。夜はコワイくらいの闇がひろがるばかり。
今も変化してないものは吉野の山々だけかもしれない。
毎度のことかもしれないが、今回もカナリ雑な内容にってます。
BLOG UP が1週間ぶりになってしまった焦りからか?
しかしヨクヨク考えなくとも何に焦る?
でもアセル!
UP ! Up ! アップアップ!!!!