▼宝光山 妙國寺の御首題です。(日蓮宗/福島県会津若松市一箕町大字八幡墓料)
御首題右の添え書きは「日什大正師誕滅之霊場」とあります。
「日什」は、南北朝時代の法華宗の僧で顕本法華宗の開祖だそうです。
「顕本法華宗の開祖」と言われても、知識ない身にはチンプンカンプンです。
言葉通りでしょうが「誕滅」という表現も初体験です。
中央上の印は「會津 日什上??霊廟 瀧澤」。
下の印は「本山妙國寺」でしょう。
--------------------------------------------------------------------------------------
▼googlemapでは「日蓮宗滝沢妙國寺」と案内されています。
御主題の印にも「瀧澤」の文字があります。
地理的には寺から少しずれていますが、「会津若松市一箕町大字八幡滝沢」という地名のようです。
かつて「滝沢街道」があり、会津盆地と猪苗代を結ぶ参勤交代や物資の流通には欠かせない街道で、会津の歴史の側面を支え、戊辰戦争では、白虎隊が滝沢本陣から滝沢峠を越えて戸ノ口原へ出陣しているそうです。
▼寺は1394年、日什の誕生地であり墓所である当地に弟子の日仁が開創しています。
当時の檀家の肝煎であった吉田伊惣治が、飯盛山で自刃した白虎隊士を運んで埋葬、現在にも境内には白虎隊の墓が残っているそうです。
御首題をお願いすると「本堂へどうぞ。お参りください」の言葉。
若い住職と奥さんらしきお二人で丁寧に対応いただき、
問われて東京からの訪問だと伝えると、
「本山を巡っているのですか?」
正直に「いえ、行き当たりばったりで・・・」とも言えず、曖昧にな否定。
2015年、まだ日蓮宗のことも良く知らずに、ただ御首題だけをいただいていたような状況で、現在なら少しはまともな話ができるでしょうが、
当時は軽薄なコレクターなりの返事しかできませんでした。
それでも丁寧に優しい対応いただいたお二人と、身の縮む思いだったことが強く印象に残っています。
▼日什の「霊廟」。
妙國寺での優しい対応が記憶に残りますが、
会津若松市内の他の寺院では、なぜかタイミング悪く御朱印をいただけなく、
▼会津若松市内で近藤勇の墓も立つ「天寧寺」の場合は寺務所がお留守のようでした。
▼徳一によって開かれた「恵日寺」でも、何かの会合中のようで御朱印はいただけませんでした。
勢いよく勇んで訪問しても、縁がなく、出鼻をくじかれることは多々あります。
確かに縁がなかったと諦めるしかないのですが、
何度も訪問できる訳でない遠方地での場合は、やはり大きく気落ちしてしまいます。
ここ「恵日寺」も再び訪問することは難しいかもしれません。
それも縁で、
縁があれば再訪できるということでしょう。