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御朱印迷宮

関東を中心とした寺社の御朱印記録です。参拝・収集目的に少しでも役立てば幸いです。

叶神社の御朱印(神奈川・横須賀市)〜「叶神社」本家、源氏再興ゆかりの大明神

▼西岸 叶神社御朱印です。(神奈川県横須賀市西浦賀1-1-13)f:id:wave0131:20220214170551j:plain

叶神社御朱印開運半島詣り」。

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「開運半島詣り」とは、いずれも三浦半島に鎮座する森戸神社、海南神社、西岸叶神社の三社が、それぞれ特別「御朱印」と「開運守り」を授与するという企画でした。

御朱印とお守り、それぞれ三社分集めると特典がいただけるというものです。

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叶神社御朱印(2021年)。f:id:wave0131:20220214170602j:plain

叶神社御朱印(2013年)。f:id:wave0131:20220214170558j:plain

▼境内から社務所を見下ろしてみました。

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御朱印はこの受付で、特別御朱印の丁寧な説明とともにいただきました。

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浦賀水道から深く食い込んだ入江の西岸に「叶神社」が鎮座します。

▼東岸と西岸を結ぶ渡しが運行されています。

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▼「浦賀の渡し」と呼ばれ、地域民や観光客の現実の脚として運行されています。

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かつては全国の河川などに設けられていた「渡し」ですが、現存しているものは希少ですので、この「浦賀の渡し」はしばしばTVなどでも取り上げられています。

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東西どちらの渡船場も「東叶神社」「西叶神社」から近く、両社を参拝するのに便利な脚となり、記念にもなるでしょう。

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東岸からは「西叶神社」は視認できませんでしたが、

▼逆の西岸からは「東叶神社」の社殿屋根がを見つけることができました。

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▼「西渡船場」を降りて「浦賀通り」を少し北に歩くと鳥居が構えられています。f:id:wave0131:20220214192857j:plain

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▼鳥居をくぐり参道に入るとすぐ右にある「歯科医」は、さすが浦賀、ビックリな名称のカンバンを掲げています。

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▼参道を振り返りましたが、住宅に挟まれて趣には欠けます。

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▼二の鳥居になるのでしょうか? 先に社殿が見える2013年の撮影です。

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▼2021年の社頭ですが、社殿の屋根の色が変化しています。葺き替えられたようです。

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▼蘇鉄は頼朝が伊豆から移植したものと伝わり、東叶神社と同様です。

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東西、同じ「叶神社」ですが、こちらが本家で1811年の創建。

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「東叶神社」は、1644年に当社から勧請されています。

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▼青銅製の大きく立派な灯籠。

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天保年間に浦賀の遊廓主で、僧侶に転身した「江戸屋半五郎」という人物が寄進したものとか。

▼手水舎の水盤も「江戸屋半五郎」の文字が彫られていました。

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かつて板書が移転してきて栄えた浦賀には「江戸屋」の他に「鶴屋」「亀屋」などという遊郭があったそうです。

 

▼屋根の葺き替えとともに全体の修復もされたようで光り物が輝いています。

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▼改修が施されてはいるものの、社殿は天保年間に再建された権現造り。

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狛犬は左右とも口を開けていました。

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▼石段を上がった石垣の陰で子獅子が「カクレンボ」です。

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祭神は東西とも「誉田別尊応神天皇)」です。

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▼源氏再興が叶い、頼朝が「叶大明神」と尊称したと伝わります。

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▼深い彫りの彫刻は天保年間からのままなのでしょう。f:id:wave0131:20220214193048j:plain

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▼社殿の左右で屋根を支える力士像。

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▼こちらは必死の形相。

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▼社殿右奥に「福寿弁財天」。

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弁財天は水に由来する女神ですから、海や湖や川などの水に関係する場所に多く祀られますが、山際や街中にある弁財天の足元には湧き水、泉があるのでしょう。

▼東にも洞窟内に弁天社がありましたが、こちらは固く扉が閉ざされています。

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▼隣に境内社がまとめられています。

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▼「船守稲荷神社」「三峰神社」「大鷲神社」「淡島神社」となっています。

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▼小さな祠と「老山福寿稲荷社」が並びます。

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左の階段は金毘羅社へと続くようですが、三角コーンで塞がれていました。


源頼朝は没年1199、勝海舟は1899年に没しています。

東西の叶神社は、そのちょうど700年間と、さらにその後の100年以上の歴史を伝え続けています。

 

▼「東叶神社」の記事。

wave2017.hatenablog.com

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