日向山 霊山寺 宝城坊「日向薬師」の御朱印
「ほうじょうぼう/ひなたやくし」高野山真言宗(神奈川県伊勢原市日向1644)
授与所が閉められる間際にいただいた御朱印です。
あと2、3分遅かったらいただけなかったようで、他でも時々あるそんな場面は記憶が鮮明です。
無常山 一之澤院 浄発願寺の御朱印
「木食僧の寺」という添え書きがありますが、木食(もくじき)とは、
料理した穀類や肉魚類を避けて、木の実・草のみを食べる修行で、その修行を会得した僧のことを「木食僧」「木食上人」というそうです。
寺の開山 弾誓上人はじめ有名な木食僧が寺を継いでいて、江戸時代には常時修行者も抱えていたそうです。
浄発願寺
▼日向薬師と浄発願寺は伊勢原市の「大山」の裏手になる「日向地区」にあります。
▼「日向」は「丹沢大山国定公園」の一部です。
と言っても、東京から西方面に遊びに行くとなると、目的地はどうしても箱根・伊豆方面などになります。
その行程途中の伊勢原市にある大山や日向はマイナーな、隠れた、穴場的な観光地というイメージになっています。
一言で言えば観光的にはジミな地域でしょう。
▼でも「日向渓谷」を中心にキャンプ場、バーベキューやマス釣り場、
▼9月になれば日向の里山はヒガンバナで赤く染められます。 【▼写真は神奈川県HP】
さらに少し北には「七沢温泉郷」があり、
▼ゆっくりできそうな安価な旅館・ホテルもあります。
高級リゾートホテルは遠慮しますが、こんな静かそうな旅館で2、3日のんびりしたいものです。
正確には「日向渓谷」は、日向薬師バス停から大山に至る林道沿いの道を指します。
▼そんな渓谷を造る「日向川」と平行して延びる道を遡ると、対岸に浄発願寺が左手に見えます。
山里に忽然と現れる三重塔は、誰もオドロキを伴って目に飛び込んできます。
寺は1608年、木食弾誓上人によって開山。
元々はここよりさらに山上にある「奥の院」が旧地のところ、1938年の台風による山津波・がけ崩れで全ての堂宇を失ったそうです。
その後、里に近い現在地に再建、今も復興の道を歩んでいるそうです。
▼本堂全面にはおびただしい数の貼り物が目立ちます。
寺の活動状況を知らせるような写真が多く貼られていました。
浄発願寺は「男の駆け込み寺」とも言われ、江戸時代には放火、殺人以外の犯罪者がこの寺に駆け込めば、その罪を免れることができたそうです。
もちろん、駆け込みんだ者のその後は無罪放免などではなく、この寺で数年間の修行などが必要だったに違いありません。
それにしても真新しい三重塔は誰しもが「何でここに?」と思うに違いありません。
山麓に立つ塔は珍しくもないのですが、
周囲ののどかな里山風景と、2000年建立のまだ新しい三重塔のミスマッチが、そんな不思議感を抱かせるのかもしれません。
日向薬師
▼浄発願寺へ車で向かう道の途中に、日向薬師へ向かう分岐点があります。
もちろん山上の本堂となる宝城坊まで車で登れ、駐車場もあります。
しかし途中の里には「日向薬師専用駐車場」が目に入り、その少し先に本来の参道があります。
参道は500m、標高差70mだそうです。
▼以下、3枚の写真は【日向薬師】のサイトかお借りしています。
訪問時の2016年は陽が落ちるのが早い冬、さらに国の重文の本堂と周囲は工事中で、写真は1枚も撮ることができませんでした。
工事は「平成の大修理」で、同年の11月に落慶されています。
薬師信仰は奈良時代に盛んになったそうで、日向薬師も奈良時代の716年、行基によって開山されたと伝わります。
元々は「霊山寺」と言い、12坊の子院を持つ大寺院だったそうですが、廃仏毀釈で多くの堂宇を失ったそうです。
季節の良い時期にぜひぜひ再訪したいのですが、なかなか予定が立たない2寺です。