御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

星の数ほどある御朱印ブログとは異なるナナメで、ドクっぽくて、全く役に立たないブログをどこまで続けられることやら!

禅の「円」 丸くなれない身には「¥」と「酒場」をイメージしてしまう:御朱印:能成寺

山梨は甲府の能成寺。

甲府五山に数えられている。

f:id:wave0131:20170802201244j:plain広くはない境内の様子、本堂、諸堂は視覚的には歴史を感じさせるものは無いが、歴史好きには、きっと面白いほどの深さがある。

寺は再建を繰り返してきたのだろうが、さすが禅寺、古色は無いものの、すこぶる感じの良い寺だ。手入れが行き届いている。

こんな寺なら、ワシも尼か、坊主になってもイイわねぇ?! と思わせるほど。

f:id:wave0131:20170802201243j:plain境内の一角に禅の「円」がある。

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御朱印も一筆書きの「円」。眺めていると何とも心地よい。

訪問時のイメージや、この御朱印のおかげで、記憶の上位にある寺だ。。

 

禅寺では「円」を度々目にする。

f:id:wave0131:20170802201246j:plain京都の円窓。

f:id:wave0131:20170802201241j:plain新潟の寺、ここにも「円」。円はどこにでもある。

 

禅における円の解釈、意味は、見る人に任せられているそうだ。

「気は短く、心は尖ってる」わしは、「円」と言えば、タマに訪れるこんなイメージが真っ先に浮かんでくる。

f:id:wave0131:20170802201242j:plain同じ円だが、ここは「丸」という酒場だ。悟りや真理には程遠い。

 

いや、待てよ!「円」の解釈は人それぞれ勝手だとしたら、煩悩まみれだが、今のワシにとっては「丸」も真理なのだろうね。

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これも丸、円だ。阿弥陀如来の右手では無い。

酒場の帰り際に支払いを要求された右手だ。

 

丸くなれず、尖ってる自分は、当初、このブログでドクを吐こうと思っていた。

しかしブログという媒体には、事前に予想もつかなかったが、それを阻む要素がイッパイある。毒を吐けなくなった。

そこを考慮するようになったとしたら「丸く」なったということかしら?

人の角が取れると言う事が褒めるに値するのか、あるいはそこまで落ちたか、と解釈するか、人それぞれ。

無粋にも気持ちは、いつまでもトガっていたいけど、尖るのも疲れるわね!

丸くなったフリをしたほうが、ラクに切り抜けられる事のほうが多い世の中だってことはタシカねっ!

角は取れた方が、人が出来てる、と言う事?

ヤッパ、ワシにはもう少し先でよい。

人格の角はともかく、角が永遠にあった方が良いのは、サントリーの「角」かな?

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定林山 能成寺・臨済宗妙心寺派山梨県甲府市東光寺町