▼岩井山 最明寺「波乗り観音」の御朱印です。
海辺にある寺社で通称となっている「波除け・・」というのは、いくつも訪問していますが、「波乗り」というのは、初体験!
御宿の海のサーファー御用達というわけではないでしょうが、「商売が波に乗る」という考えでの参拝者もいるとかで、かなりユニーク!
まぁ近年に通称として名付けられたことが予想されますが・・。
最明寺の本尊は「阿弥陀三尊」のようですが、御朱印をお願いすると、上の2種類の案内をされました。
お願いすれば「阿弥陀如来」の御朱印もいただけるのかもしれません。
▼山登りして戻って来ると、朱印帳とともに散華と由緒書きが添えられていました。
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▼「かつうらビッグひな祭り」の勝浦市から北上して御宿町に入ります。
自治体の境界を越えた、ここ御宿はもう、ひな祭りとは無縁です。
▼最明寺の見つけにくい駐車場に入ると雛飾りはないものの「来てよかった」と思わせられる景観が迎えてくれました。
この時期のピンク、河津桜でしょうか?
▼対で立つ銀杏は「夫婦銀杏」と呼ばれているそうです。
▼正門に戻って、こちらから参拝にのぞみます。
本堂の鴟尾の後方の山上に かすかに赤い幟が見えます。
▼ZOOMします。この後、あの赤いノボリまで登っていきます。
▼心の掃除をしたくなる、けなげな「掃除小僧」は宗派に関係あるのかしら?
「あたまもそうじ こころもそうじ」だそうです。
▼いただいた御朱印の一つ「醫王殿」のように思われますが、「殿」というより「堂」のイメージ! 「薬師堂」です。
鎌倉五代執権 北条時頼がこの寺に立ち寄り、山頂から見た海や松を短歌に詠んだ中で「御宿(みやど)」という言葉からこの地の名称になったそうです。
▼お茶の用意の案内が・・・。こういう寺は言わずと知れて親切丁寧。
▼前々回記事の「覚翁寺」と同じような彫り物は、やはり「波の伊八」の手によるものでした。
「覚翁寺」の彫刻はもっとわかりやすい「波」が彫られているので、同じく「伊八」の作かもしれません。
庫裏でピンポンして、対応いただいたおネェさんに600円をお渡しし、
「今から上の方に行って来ますので、朱印帳はここに置いておいてください」と依頼する。
▼山の赤い幟まで登る前に、本堂の左手奥に穴が空いていますので入ってみます。
▼途中マックラになりますが・・・
▼すぐに行き止まって、智拳印を結ぶ大日如来さんとご対面できます。
▼戻って、さらに左手にある見つけにくい階段を登ります。
▼この先、どのくらい登り階段が続くのか不安ですが、所詮、下から目に確認できた程度だから・・。
▼と、タカをくくってましたが、相当シブトイ登りです。
▼途中、こんな案内が。
「谷内六郎」と言われても知らない人が多いかもしれない。
▼こんな、どこか懐かしい絵を描く人。かつて「週刊新潮」の表紙画を担当していた。
▼その谷内くんが写生していた頃から木々は成長したのか、この位置からは下界の家並みは木々にジャマされています。
▼登って来た道を振り返ってみます。
▼そしてヤレヤレ、やっとたどり着きました観音堂、「波乗り観音」です。
サーフィンの事故がないように安全祈願、商売が波に乗りますように商売繁盛祈願ということだそうです。
お参りして、しばし休憩。
していると、不幸なことに、さらに上に続く道から若者が一人降りて来ました。オトコです。
「この上には何があるんですか?」思わず聞いてしまいました。
「しばらく登ると祠があります。そこを回り込むと展望台があって海がキレイです」
さらに登る? 聞かなきゃよかった!
しかし「海がキレイ」?
シット! 登るしかないか!
もう脚はガクガクなのよ。
と悲鳴を上げていると、これが祠だ、到着だぜぇぜぇ!
▼なんと「三峰神社」でした。
▼そして右手に回り込みます。平坦なボードウォークに、もう登りはありません。
▼ここまで登って来た「ゴホウビ」の眺めです。
▼御宿の街が一望できました。
▼ZOOMすると御宿 岩和田の砂浜が見えます。
▼左にパンします。山の上にオベリスクが見えます。
少々苦い思い出とともに記憶にある塔! このあと行ってみます!
▼山を降りると、影深くなった鐘楼が労ってくれました。
勝浦を目指してやって来た今回の寺社巡り中、一番に、サイコーにオモシロイ、カンゲキの! 記憶に残る! 寺でした。