といっても御朱印と巡り合うかなり前のことだ。
知人だった歯科医の誘いで、冬至の日の午前中、ゾロゾロ4、5人で穴八幡宮に向かった。
ワタシには初耳だった「金銀融通」のお守り「一陽来復」を求めるためだった。
新宿からタクシーで箱根山を超え諏訪通りに出た。
何事だ?!
これでは目的のお守りを手にするのに優に3時間はかかりそうだ。
もう皆んな半ば諦めて帰るべきだとウロウロしてると、ゾロゾロ組の中で一番の年配者の歯科医が「コッチ、コッチ!」と手招き。何をどうしたのか、放生寺前あたりでチャッカリ列に加わっている。列の前後にどんなに親切な人がいたとしても完璧ズルだ。
昨今は中国の方々もマナーが良くなり好感だが、ゾロゾロ組はすっかり、ちょっと前までの眉をしかめたくなる一部の中国人になった。ほかの国の人々の批判はできない。日本人も皆、一昔前は未開人だった。
その日はゾロゾロ組全員未開人になり、1時間前後でそれぞれ「お守り」を無事?手にした。ハジだ!
あれから幾年月、その後も冬至を避けて「一陽来復」を求め続けている「金銀融通」。ズルから始まったせいか?もとよりご利益を真剣に捉えられないせいか?効能は明確でない。止めたら、もっと悲惨になっているかもしれない「毛生薬」みたいなもので止められない。底も見えない崖っぷちに立たされた事もないから「効能」と感謝すべきかしら?
因みに放生寺でも同じ「お守り」を授かれる。
放生寺の入口は穴八幡宮に並ぶ人で塞がれる。そこを掻き分け放生寺でお守りをいただこう。ちょっと前までは同じ屋根の下だったんだから、ご利益があるとしたら、どちらも変わらないはずよ。