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御朱印迷宮

関東を中心とした寺社の御朱印記録です。参拝・収集目的に少しでも役立てば幸いです。

新宿花園神社の御朱印(東京・新宿区) 〜神社は花園、神社裏も花園「新宿ゴールデン街」

花園神社御朱印です。(f:id:wave0131:20200303130704j:plain

▼同じく、2012年の花園神社御朱印f:id:wave0131:20200303130654j:plain

300円から500円になりましたが、御朱印自体は何も変化なし。格式は高く、軽々しい限定御朱印も聞いたことがありません。

 

▼もともとは稲荷神社でした。

花園神社」に合祀されている「大鳥神社」「雷電神社」の神紋がデザインされたハサミ紙です。

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▼「桜紅茶」を一緒にいただけました。1.2g×1TBです。

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朱印帳の基本的な注意と、紛失に関しての注意書きもあります。

f:id:wave0131:20200215155602j:plain現在の大きなブームですので、御朱印を求めるのにもイロンな人がいます。

朱印帳をどこかに置き忘れたり、神社側に苦情を言ったり、イヤハヤです。f:id:wave0131:20200215155314j:plain

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▼良いのか、悪いのか、神社は新宿の繁華街にあります。

▼「新宿五丁目」の交差点から参道方面に目を向けると、松の木が遠慮がちに通りに枝を伸ばしています。

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靖国通りに面したこちらが表参道でしょう。

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かつては江戸から甲府につながる甲州街道の最初の宿場「内藤新宿」は、東京でも一番に変化の激しかった街とも言えるようです。

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宿場でしたので本来江戸の外でしょうが、角筈、代々木辺りまでが「御府内」ですので、やはり江戸の市街ぎりぎり境界線だったのでしょう。

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神社は尾張藩などの下屋敷があった跡に鎮座します。現在は23区内、山手線内です。

そんな新宿の街の発展・変化とともにともに進化してきた新宿総鎮守 花園神社なのでしょう。

昨今はいつ訪問しても参拝者が絶えない神社になっています。

 

▼2012年の参道です。

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狛犬ではなく、唐獅子ですが保護していた無粋な金網が取り除かれています。

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銅製の獅子は囚われの檻から出され、開放感を味わっています。

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立派な彫刻です。いたずらされない限り、金網の檻はゴメンです。

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▼境内は新宿の街中でイチバンに朱色の溢れる場所に間違いありません。

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▼かつての社標でしょうか? 現在は「稲荷」の文字が削除されています。

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▼建物の燃えるような朱色に負けて、目一杯咲いている紅梅も目立ちません。

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梅の木もありますが、やはり時期になると境内は桜の花で淡いピンクに染まります。

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▼新宿の街中にしては社殿の後方に高いビルは目立ちません。

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コンクリート製の社殿は1965年に建て替えられたもので、半世紀以上経ちますが見た目はまったく新品です。

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▼合祀されている扁額も並びます。

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大鳥神社」は関東三大酉の市のひとつで、浅草の鳳神社、目黒の大鳥神社と並び、11月になると酉の市で大賑わいになります。

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境内社の「威徳稲荷神社」です。

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縁結び、夫婦和合、子授けのご利益があるとか。

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▼扁額の後ろには男性のシンボルが横になっていますが、上を見上げなければ誰も気づきません。

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▼境内から東側にある大鳥居の方へ向かってみます。

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▼手前は「明治通り」。

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神社の呼ばれ方は「三光院稲荷」、「四谷追分稲荷」、単に「稲荷神社」、「花園稲荷神社」と変遷してきました。

現在地に遷座して来た当時の尾張藩下屋敷跡は多くの花が咲き乱れていた花園だったそうです。

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▼境内東端の目立たない場所に「芸能浅間神社」があります。

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形だけの富士塚のような位置に社が鎮座して、芸能人の名が並ぶ玉垣や「夢は夜ひらく」の歌碑もあります。

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▼芸能の道にも勉学が必要のようです。

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▼故障か? 水源が枯れたのか「使用不可」。

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▼大鳥居の隣と、明治通りを挟んだ向かいに場所を占領しています。

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店名の「花園万頭」と「ぬれ甘なっとう」が有名ですが、買ったことも食べたこともありません。店舗並びの飲み屋では飲み食いしていますが・・・。

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▼さて、神社の裏は昼間は死んでますが、夜は呑んべぇの花園でもあります。

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かつては文化人が多く集まったゴールデン街は、昨今は新宿駅西口の「思い出横丁(ションベン横丁)」同様、異邦人の人気スポットでもあります。

▼路地の先に花園神社本殿の背中が見えます。

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戦後の「闇市」と「青線地帯」を経験して来た街で、男たちの花園でもありました。

神と人の花園、昼と夜の花園、それぞれの花園、そして変わらぬ花園・・。

 

そう言えば「芸能浅間神社」に宇多田ヒカルの母親 藤圭子の歌碑がありましたが、「夢は夜ひらく」はまりもヒットさせてるそうです。

 

千本釈迦堂=大報恩寺の御朱印(京都・上京区)〜千本松原、千本格子、千本桜、千人針、千本は数多くあれど・・

▼瑞応山 大報恩寺 通称 千本釈迦堂御朱印です。

真言宗智山派f:id:wave0131:20200225190702j:plain

一体で良いので「お願いします」とだけ言葉にしていただいた御朱印は、新西国霊場 第十七番札所の印でした。

六観音」は聖・千手・馬頭・十一面・准胝・如意輪の六体の観音が像安置されていることを示しています。

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千本釈迦堂の近くを京都市内に南北に長い「千本通」が走っていて、近くには「千本えんま堂」もあります。

北野天満宮から歩いてやってきました。

f:id:wave0131:20200225190733j:plain周辺も寺も北野天満宮ほど賑わっていず、とても静かな街並みと境内でした。

 

▼「国宝 千本釈迦堂」と彫られた寺標は堂々として誇らしげです。

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▼参道を振り返りますが、参拝者は見当たりません。京都の寺社も状況は様々です。

f:id:wave0131:20200225190843j:plain京都の寺は境内に入るのに いきなり有料の場合と、自由区域と有料区域に分けてる場合があります。

 

千本釈迦堂の場合も境内拝観は無料ですが、霊宝殿の寺宝や文化財を見ようとすると600円の有料となります。

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今回もボンビーは拝観自由の無料区域だけの参拝です。

時間もたっぷりとっていませんでしたので・・。

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▼寺宝や文化財を見れなくても、鎌倉時代は1227年に建てられた美しい姿の国宝本堂を目の前にできるだけでも十分満足なのです。

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応仁の乱おの戦果も逃れ、都最古の木造建築と伝わりますが、桜の時期には境内を艶やかな姿を見せそうです。

f:id:wave0131:20200225190830j:plainところで、寺名はなぜ「千本」なのでしょう? 寺のHPによると・・・

千本釈迦堂の名前の由来は、本堂の行快作本尊(ほんぞん)釈迦(しゃか)如来(にょらい)坐像(ざぞう)が古来より厚く信仰されていること。近くに南北に走る千本通があること。千本の卒塔婆(そとば)が道に立てられていたこと。千本の桜あるいは千本の松並木が植えられていること。など諸説あります。

どの説もモットモと思いますが、千本の卒塔婆の言い伝えでは醍醐天皇菅原道真の左遷と怨霊の話が出てきて、一番おもしろく信憑性もあるように思います。

 

鎌倉時代には現代のようなシャッターはなかったのですが「しとみ)」はありました。格子板を引き上げて、吊り金具でとめるです。

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▼横線、横桟がなければ千本格子です。

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▼「北野経王堂願成就寺」は明治までは北野天満宮の門前にあったそうです。説明板がありますが、相当ややこしく理解不能
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▼「稲荷社」の前には「千度石」。百度石は知ってますが、その10倍です!

f:id:wave0131:20200225190737j:plain千本釈迦堂ですので、どの数も「」なのでしょうか?

」という表現は実際の数をいうのではなく「たくさん」という意味の慣用的な表現でしょう。千本松原、千本格子、千本桜、千人針などは、どれも実際に1000あるわけではありません。

 

▼「不動明王

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▼「阿亀(おかめ)多福」は「斗組」を手にしています。

f:id:wave0131:20200225190753j:plainその「斗組」にまつわる夫婦が助け合う伝説があり、ここはおかめ信仰発祥の寺でもあるそうです。ということで、縁結び、夫婦円満、子授けのご利益とか。

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▼こちらは「ぼけ封じ 観音菩薩

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▼観音様の足元は一瞬、子供が纏わりついているのかと思いましたが・・・

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▼どうやらジジさん、ババさんのようです。

f:id:wave0131:20200225190810j:plain観音様が手にする蓮華、ハスの花でジジさんババさんの手が繋がっています。観音さまの慈悲にすがる姿なのでしょうか?

 

▼寺を出ておナカが空いたので店を探します。

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上七軒通は綺麗な通りですが、なかなか適当な店が見つかりません。

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▼昭和レトロな看板を貼り付けたけったいな建物。

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▼建物を覆うトタンを全部黒くしたかったのでしょうが「塗れませんでした」!?

f:id:wave0131:20200225190720j:plain歩いているうちに北野天満宮まで戻ってしまいました。

 

天満宮前の「とようけ茶屋」は豆腐屋さん? ゆば丼がいただけるそうですが、大勢が並んでいたので、ここもパス。

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豆腐屋さんの数軒先の「楽ZEN」という韓国料理屋さんに入りました。

おかぁさんが一人でキリモリしている小さな店でした。

温麺をオーダーしましたが、店の様子から大して期待できず、何が出てくるかビクビクでしたが、食べたらメチャおいしい!

千本温麺」と名付けたらイイかも? でもこの店は天満宮前だった!

 

▼食べかけの写真はキタナイ! 北野天満宮前なのでオユルシを!

f:id:wave0131:20200225190854j:plain食べていると、若い欧米人の男性が一人で入店。やはり麺類をオーダーしてサッと食べ終わって、サッと店を出て行きました。

手ぶらで観光客でもなさそうで、常連さんのような雰囲気でもありませんでした。

欧米人が日本の韓国料理屋で麺を一人で食べる? 何か不思議だらけでした。

金王八幡宮・豊栄稲荷神社の御朱印(東京・渋谷区)〜人々はどこに行った? エキチカ神社

金王八幡宮御朱印です。(f:id:wave0131:20200225201436j:plain

こうんのうはちまんの読みですが、最初の訪問前までは「きんのう」と読み間違えていました。

神社名や寺院名の読みは確かめるまでは勝手に間違って読むこと多々です。

 

金王八幡」は全国的に他にもありそうな名称ですが、ここ東京の渋谷に鎮座する以外見つけられませんでした。

 

▼同じく、2013年の金王八幡宮御朱印です。f:id:wave0131:20200225201430j:plain

▼金王八幡に隣接する豊栄稲荷神社御朱印です。f:id:wave0131:20200225201442j:plain

豊栄稲荷神社の御朱印は、兼務する金王八幡宮社務所でいただけます。

 

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▼2013年参拝の折の写真2枚です。f:id:wave0131:20200225201452j:plain

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▼ここからは2019年参拝時の写真が続きます。f:id:wave0131:20200225201543j:plain

▼表参道になる鳥居です。f:id:wave0131:20200225201539j:plain

▼参道を進んで振り返ると神輿庫が並んでいるのが見えます。f:id:wave0131:20200225201647j:plain不思議なことに、人で溢れる渋谷駅から近いのに、この一画は道ゆく人もまばらで、ポッカリ穴が空いたような地域です。f:id:wave0131:20200225201535j:plain神社へは2度目の訪問ですが、最初の訪問時と同様、参拝者もマバラでした。f:id:wave0131:20200225201641j:plain渋谷駅から徒歩約5分ですので駅前と言っていいくらいです。人の往来が多い青山通りも神社裏を通っています。f:id:wave0131:20200225201637j:plainなのに参拝者の姿は多くはありません。f:id:wave0131:20190908122549j:plain例えば、やはり交通至便な立地にある新宿の花園神社は365日、一日中参拝者が絶えません。

同じく神田明神湯島天神飯田橋の東京大神宮、神楽坂の赤城神社、赤坂の日枝神社などなど、挙げればキリがありませんが、下の写真のように境内に人影を入れないで撮影するのは難しい神社ばかりです。f:id:wave0131:20200225201512j:plainそれらの常時参拝者の絶えない神社とどこが違うのか、金王八幡宮ではこの訪問時も3、4組の参拝者に出会っただけでした。

たまたまの偶然だったかもしれませんが、静かなことに不満はありません。

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▼創建は1902年、社殿は家光が三代将軍になったお礼として春日の局たちが奉納、寄進したと伝わるので、江戸時代初期の建築になります。f:id:wave0131:20190908122539j:plainそれにしても狛犬や扁額の奉納ではありません。社殿の奉納です。f:id:wave0131:20190908122634j:plain家光の乳母 お福、春日局が財力をはじめ様々な力を持っていたことは、現代では考えられない大きさであったようです。f:id:wave0131:20200225201504j:plain日光東照宮や、輪王寺大猷院が豪華春蘭のように、規模は違っても金王八幡宮の社殿も極彩色の彫刻であふれています。

どうやら家光はハデハデが好きだったようです。

もちろん徳川の威信を示したかったのでしょうが・・。f:id:wave0131:20200225201507j:plain

▼宝物館には鎌倉時代作の神輿。f:id:wave0131:20200225201516j:plain

▼御鳳輦は例大祭に出御される予定日が記されていました。f:id:wave0131:20200225201520j:plain

境内社は「玉造稲荷神社」「御嶽神社」と続きます。f:id:wave0131:20190908122534j:plain

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▼こちらは神社名の由来である渋谷金王丸常光を祀った「金王丸御影堂」。f:id:wave0131:20200225201531j:plain木造が安置されてるそうですが、渋谷金王丸?? 調べなければ分かりません!

まだまだ小さな見所はたくさんありますのでぜひ訪問ください。f:id:wave0131:20190908122542j:plain

▼南側にある鳥居を出ると・・・f:id:wave0131:20200225201627j:plain

▼向かいに鎮座するのが豊栄稲荷神社で、金王八幡宮兼務社です。f:id:wave0131:20200225201632j:plain

▼天気のせいでしょうが、少しグルームな雰囲気です。f:id:wave0131:20200225201546j:plain

▼古そうな庚申塔がいくつも並んでいます。f:id:wave0131:20200225201614j:plain

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f:id:wave0131:20200225201621j:plain稲荷社らしく、金王八幡とは異なる雰囲気の境内です。f:id:wave0131:20200225201551j:plainここも外国からの観光客が喜びそうですが、この日は見当たりません。f:id:wave0131:20200225201554j:plain

f:id:wave0131:20200225201558j:plain稲荷社にはやはり赤がふさわしいのですが、鳥居や社殿がいつから赤くなったのでしょう?f:id:wave0131:20200225201602j:plain全国でその数が一番多い稲荷社ですが、総本社の伏見稲荷もその起こりから赤かったのでしょうか?f:id:wave0131:20200225201610j:plain赤は豊穣を表し、厄除け魔除けの力、神や人の力を高めさせる色でもあるそうです。f:id:wave0131:20200225201606j:plain

御朱印と同時に二つの神社の由緒がいただけます。

読めば二つの神社の知識が泉のように湧きます。

拙いこの記事はアテになりません!

金吾龍神社 東京分祠の御朱印(東京・渋谷区)〜体裁は「社」というより「室」だったレア神社

▼神社室内は撮影禁止でしたが、社務所に当たる部屋に掲載のこちらは撮影OKでした。

f:id:wave0131:20200215150642j:plainイラスト多用のキラキラ御朱印から、単ページサイズ、見開きサイズの御朱印まで500円〜1500円がズラリと並んでいます。すべて書き置きで直書きはしていない様子です。

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申込み用紙を渡されるので、名前を記入し、いただきたい御朱印にチェックを入れ必要枚数を記入します。

見開きの代表的な御朱印だけをお願いしました。

金吾龍神社 東京分祠御朱印です。

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新宿駅からでも代々木駅からでも同じような距離です。

とは言え、google map には神社名は出てくるものの、近づいても近辺に何の案内もありません。

google map はこの建物を示しています。

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1階に店舗などが入った11階建てのマンションです。

▼マンション入口にも「無断立入禁止」の看板以外、神社の案内はありません。

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当館に無用な方は「無断立入禁止」となっていますので、一応「ご用」があるということで立ち入らせていただきます。

 

▼郵便受けをグルグルに見回して、やっと小さなシールに小さな「金吾龍神」の4文字を見つけました。

510です。何となく神社の様子が予想できてきました。

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それにしてもせめて郵便受けくらいデカデカと「金吾龍神」と記していいのではないでしょうか?

何か秘密めいているようで、大っぴらにできない隠れ新興宗教の拠点のようでもあり、不信な思いが湧いてくるような「シール」だけです。

 

▼例えば、このくらいに大きければ参拝者も安心して訪問できますが・・。

f:id:wave0131:20200215150938j:plainこの案内は実際にはありませんのでお間違えのないように!!!

 

目立つ案内看板を出せない理由が別にあるのかもしれません?

奥ゆかしく控え目とか!ともうかがえますが、

御朱印代などを見ると、きっとそれはないでしょう!

 

ちなみに現在の神社のHPのお知らせによりますと、

令和2年2月29日(土曜)より、
金吾龍神社東京分祠では参拝環境向上のため、拝観料を申し受けることになりました。

●拝観料
一般の方 500円
小中学生 200円(未就学児は無料)

だそうです。また、

なお、金吾龍神社東京分祠は「完全予約制」です。
必ず、お電話または公式サイトのメールフォームからご予約ください。

ともなっています。

訪問日は2月15日でしたのでセーフでした。

 

▼とにかく5階に上がってみます。1基は引っ越し作業中のEVです。

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▼5階で降りました。

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▼辺りを見回しても、ここにも神社の案内はまだあリません。適当に510を探します。

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▼どうやらこの部屋のようです。鉄扉の上部に小さな絵馬と先ほどのシールだけです。

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▼地方の小さな神社の社務所をピンポンするより緊張します。鉄扉で中の様子はまるでわかりません。開けてビックリ何とかやらです!

f:id:wave0131:20200215150715j:plainさてこの先、御朱印掲示板以外、部屋の写真は撮れませんでした。

 

ピンポンして勝手に鉄扉を開けると女性が応対に出てくれました。

細い廊下が奥に続いています。

途中に参拝者らしき数人の女性とカップルの姿が見えます。

 

参拝の旨を伝えると、その先客をかき分けて最奥の4畳半か6畳くらいの部屋に案内されました。

神社境内?全体の敷地は「1LDK」といったところでしょう。

 

入った奥の部屋内部の右手前に東京分祠の本殿というか祭壇がありました。祭壇手前に大きな龍の像が置いてあります。

こちらに手を合わせて、

さらに部屋奥の窓際にある「あらはばき神社」の立派な屋根付き神棚のような社にも参拝します。

 

カメラ撮影していたら禁止の旨注意されました。禁止の案内が見えませんでした。

詫びて撮った写真をカメラから削除するのを見てもらいました。

「すみませんでした!」

 

手水舎もなく、他に見るべく対象もないので参拝はアッというまに終わってしまいます。

あとは御朱印をいただくだけ!

神社側の人はほかに見当たらず、女性一人が受付、御朱印対応されていました。

とても親切丁寧な対応でした。

 

ここを訪れて、つくづく東京は「何でもあり」だと感じました。

東京では神社が持つビジネスビルに社務所はもちろん、社殿がビルトインされた神社は多く見ます。

しかし、マンションの狭い一室というのは、おそらくここだけでしょう。

 

さらに拝観料となると商業的で、レア神社シークレット神社隠れ神社会員制神社などという言葉が浮かんできます。

そうではなく「参拝環境向上」という、対応しきれない多い参拝者の調整かもしれません。

 

御朱印と一緒にいただいた由緒書きと祈祷案内のプリントです。

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祈祷案内には「古神道のヒーリングを試してみませんか?」というMENUには

「御神託カウンセリング 30分 10000円〜」

※あらゆる悩みの解決方法がわかります。

どのようなことでも、お気軽にご相談ください。

どこか新興宗教的な匂いと神社離れしたものを感じてしまいました。

もちろん一個人の感想です。

 

▼マンションを出て神社の部屋の方角を眺めて、東京の「何でもあり」を再確認です。

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本社は北海道の小樽と余市の境にあり、もともと社殿はないそうですが、札幌に分祠社殿を設けるのではなく、いきなり東京です。マンションの一室です。

 

しかし、やがて神社も都内の土地を手に入れ、小さくとも境内と社殿ができ、マンションから抜け出すことができるかもしれません。

実現すれば是非とも再訪したい神社です。

 

▼神社マンション前には頼もしい味方もいます! いや警戒しなければならない相手かもしれません?
f:id:wave0131:20200215151104j:plain会計ソフトの企業看板のようですが、いずれにしても宗教法人は非課税でしょうから警戒無用でしょう。

 

金吾龍神社から写真をお借りしました。縄文時代から続く聖地を感じさせられます。

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こちらは一度は訪問してみたいものですが、北海道は遠く全く予定は立ちません。

東京分詞に訪問の多くの参拝者は御朱印目当てでしょうから、やはり北海道は遥か、遥か彼方にある遠い聖地かもしれません。

群馬県護国神社の御朱印(群馬・高崎市)〜不快な記憶のない護国神社でいただく御朱印

群馬県護国神社御朱印です。(群馬県高崎市乗附町2000)

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群馬県護国神社高崎観音(慈眼院)の近くにあります。

いくつかの護国神社に参拝しています。

東京近郊では千葉県や埼玉県の護国神社は境内の様子が少し異なりますが、ほかは全てだだっ広い境内と立派な社殿が同じ姿をしていて、まるでコピーしたかのようです。

f:id:wave0131:20200225194344j:plainですから、これまで参拝した護国神社の個別の記憶が全くありません。

▼どの護国神社もこの姿しか記憶に浮かんできません。

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写真にしたところで並べられたら全く区別もつかず、どこの護国神社か言い当てることが出来ないほどです。

f:id:wave0131:20200225194339j:plainもうひとつ、どの護国神社で共通の記憶があります。

御朱印の対応が全く親切丁寧なことです。

事務的でもなく、これまでに不快な思いをした記憶もありません。

たくさんの護国神社を訪問しているわけではないので偶然かもしれませんが・・。

f:id:wave0131:20200225194349j:plainもともとは「招魂社」だった護国神社は、その生い立ちから見て歴史は古くはありませんので、社殿も新しく、摂社・末社もあるわけでもなく、何となく興味あるものを見つけられません。

 

でも、戦死者、自衛官・警察官・消防士などの国のために亡くなった公務殉職者を祀る神社ですので、もう少し知識を得て興味を持てる部分を見つけるべきかもしれません。

 

そんなわけで、どこの護国神社を参拝しても写真はほとんど数枚しか撮っていません。

脚もカメラも護国神社とは別な場所に向かいがちです。

 

群馬県護国神社へは高崎観音参拝からの訪問でしたが、再び観音山の方へ戻り「清水寺」へ行ってみます。

f:id:wave0131:20200225194353j:plainこの時は時間がなかったので残念ながら御朱印はいただけずに帰っていますが、森の中に佇む観音堂は寂び寂びとして、高崎観音とは違い訪問者数も見当たらず、とても静かな寺でした。

f:id:wave0131:20200225194407j:plain機会を見つけてぜひとも再訪してみたい寺でした。

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話は護国神社に戻りますが、

指定護国神社」は基本的に各都道府県に1社ですが、東京と神奈川にはありません。

 

東京は靖国神社が「東京招魂社」でしたが、地元出身者だけでなく朝鮮や台湾の出身者も祀られていますので、少し性格が異なるかもしれません。

神奈川県では護国神社を建設途中、戦時中の横浜大空襲によって焼失されたままになっているそうです。

さらに国が定めた「指定護国神社」以外にも府県名を付けられないたくさんの護国神社があります。

 

護国神社については一夜漬けのような知識しかありませんが、それは神社の参道や森のように奥深いようです。

 

▼「護国神社」の記事を少々。

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