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御朱印迷宮

関東を中心とした寺社の御朱印記録です。参拝・収集目的に少しでも役立てば幸いです。

夫婦木神社・金桜神社の御朱印(山梨県)〜早くも紅葉便りがNEWSに! どこかに行かねば!! 昇仙峡の3つの神社

いきなり涼しくなった東京。

当たり前です。いつのまにか10月に入ってしまってます。

時間と季節は時速500kmで、いや音速で移動しているのかしら?!

春の桜の季節は、秋の紅葉より短いせいか、近場で良い、遠方に出かけなきゃとは思いません。

でも秋は、とにかく1回や2回、遠方に出かけなければ、と無闇に追い立てられ、急かされるような気持ちに襲われます。

その焦りに似た感覚は何年も前から現在まで変わりなく続いてます。

 

▼何年か前のそんな気持ちが選んだ地はここでした。

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山梨県甲府の北にある昇仙峡です。

常緑樹も多いから、全山紅葉、真っ赤、というようなイメージを期待して訪れるとガッカリします。

それでも、さすが紅葉の名所、訪れた人たちの気持ちをソコソコは満足させてくれるはず。

もっとも紅葉状況と天気のタイミング次第で、どの訪問地もイメージは大きく異なります。

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この渓谷の入り口から渓流の上流に向かう道は、紅葉期には車止めされ、人びとは、その渓谷沿いの道を紅葉を探しながら歩きます。

もしくは「トテ馬車」なるものに乗って「仙娥滝」方面を目指します。

馬1頭が引く馬車に人が10人前後乗っています。

とても乗る気持ちにも、写真さえ撮る気持ちにもなれません。

サラブレットとは違い、脚の太い馬にとっては受難の季節です。

ニンジン10本くらいじゃ、とてもやってられません。

 

しかし馬は従順です。ゆるい坂道を優しい眼差しでうつむきながら、ひたすら歩みを進めます。

はるか南の島、沖縄竹富島の浅瀬の梅では牛が同じような「仕事」をしてるのかしら?

🎵ドナ ドナ ド〜ナ ド〜ナ〜!

 

動植物のいろんな保護と、虐待を声高々に唱え、嘆く人も観光地に来たら馬車には乗る、牛車には乗る。

人間はかなり勝手で、残酷な動物であることをつくづく思い知らされるわね。

 

いや、もしかしたら牛馬たちの方が達観していて、愚かな人間たちに苦役奉仕することに喜びを見出しているかもしれない。

 

いつもながら寺社、御朱印関連以外の記述が多くなります。

 

「トテ馬車」を引く馬がヒィーヒィーの体でたどり着き、一休みできる終点に1つの神社、さらにその山奥に、観光客の姿はほとんど見当たらない2つの神社があります。

 

▼一つは「仙娥滝」の近くです。

▼「トテ馬車」終点、「仙娥滝」に隣接するような地の利にあるこの社は参拝者も多い。神社のご利益のせいか、若いカップルも多数。

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夫婦木神社 姫の宮f:id:wave0131:20190221201437j:plain

揮毫の上、宮司自らがニコニコと応対しながらモミジの葉を貼っていただきました。

おしゃれだわね。全体のバランスも素晴らしい。

 

▼さらに姫の宮から山を登る形で夫婦木神社 上社?を目指します。

名称は同じ「夫婦木神社」で、下宮(姫の宮)・上宮と表記されることもあるようですが、その関係、繋がりを全く感じることはできません。

訪れる人の数の差か、全く別物のような雰囲気。

まるでよそよそしい夫婦のようです。

 

2つの夫婦木神社は、ほかの神社同様、願い事は何でもOKですが、神社名に背かず、それぞれ夫婦和合、子授けを強調しています。

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この神社内には有料の見処があるようで勧められましたが、その様子は想像できるのでパス!

 

から、さらに高度を上げるように山道を進めると、

▼この神社。

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思わず、キンザクラと読でしまいそうになりますが「かなざくら」だそうです。

金櫻神社御朱印山梨県甲府市御岳町2347)

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地理的なせいで、この神社は高度の低い先ほどの神社より、さらに訪問者が少なそうです。

 

少し道を脇にそれるとダム湖と対面できる。荒川ダム

ぼけっと、ムダな時間を過ごすには最適。人がいません。

近頃の人間にとって、最も必要なモノは、ムダなのです。

ムダな対象に、どれだけ時間を費やしてきたかで、ムダが無駄でなくなる。

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ムダなダムは、そこそこにして、山梨に立ち寄ったら「ほうとう」ですよ。

東京は何でもありですが「ほうとう」専門店は新宿に1軒あったような? あとは知らない。蕎麦屋がメニューの端についでに載せている事もあります。

 

▼昇仙峡では、土産物屋の軒先など何処でも食べられます。

しかし満足感は怪しい。観光地ならではのマイナス面さらけ出しの所もあります。

▼で、初心者に間違いない店はここ。

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俗っぽくて 地元の「ほうとう通」にはバカにされるかもしれませんが、初心者には確実で間違いない店。

甲府市内に数軒店を構えるから、昇仙峡観光の前か、後に寄るのがベストだよ!

 

部分的でしたが、またガイド的なツマラナイ内容になってしまいました。

 

この程度が限界かしら?

 

 

 ▼春の甲府も見逃せません。

▼都内の「夫婦木神社」です。

wave2017.hatenablog.com

鶴岡八幡宮・旗上弁財天社の御朱印 〜[続き]鶴岡八幡宮は広大、わたしの心は狭小

前回、

一の鳥居から段葛を歩いて神域に入りましたが、段葛は築造当時は神の道。

 

神さまがお通りになるほか、当時の将軍か貴人しか通行出来なかったようです。

平安京朱雀大路を真似たという見方もあるようですから、道路幅は広い。

段葛の両側、左右にそれぞれ車道と広い歩道が設けられています。

 

鎌倉駅を出てすぐ左に折れるのが八幡宮への近道ですが、道の両側に土産物屋、飲食店が並び、いつもまっすぐ歩けないほど混雑を極めていまする。

しかし、モッタイナイことに段葛はガラガラなのです。鎌倉に来る観光客たちの姿と目的をよく表しているわ。

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さて、三の鳥居を抜けて神域の境内に入ると源平池にかかる太鼓橋があります。

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ご覧のように渡れない。あちらこちらの太鼓橋は人が渡れないことも多い。神仏のための橋なんでしょうね。ここでは人は左右にある味気ない別の橋を渡ることになります。

 

橋の右側が源氏池、左が平家池。源氏池には3つの島、平家池には4つの島があるのだが、何処から見ても蓮の葉に覆われて何が何だかわからない。

俗にその島の数は、源氏の3(産)、平家の4(死)を表しているとか。

島数の様子は google map が一番わかりやすいわね。

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太鼓橋の右手の橋を渡るとすぐに源氏池の3つの島のうちの一番大きな島にかかる橋があります。

池にかかる橋というより、蓮にかかる橋で水面は僅かしか見えません。

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橋を渡った先に旗上弁財天社が鎮座し、鎌倉七福神の弁財天でもあります。

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源氏復興のため頼朝が旗上げしたことに因むんでしょうが、社殿はまだ新しい。

この社殿の右手の社務所御朱印がいただけますが、正月後の数日というより1月中は大混雑のはず。おーヤダ!

広い境内道に戻って、流鏑馬馬場を横切ります。

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10月1日はちょうど流鏑馬神事が行われていました。開始時間は2時間後だったからパス!

毎度のことですがこの日も事前知識なしで来ました。鎌倉まつりかしら?

 

馬場を抜けると左手が手水社、正面は舞殿(下拝殿)が行く手を塞ぎます。

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舞殿の正面は崇敬者の列で写真はとても撮れない。裏からの写真にしました。

ここで頼朝に命じられ、義経のオメカケさん「静」が舞曲を演じたのかしら?

こんなに立派でなく、姿形は変容してきていて当たり前だけど、やはりロマンですわ。

 

以前に訪れた時の下拝殿(舞殿)の光景。

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昨今、神社で挙式が人気なのもわからないでもない。

この写真の新婦は「正妻」! 義経とは違って、妾ではないねっ! きっと!!

 

舞殿の左右のどちらかをグルリと回ると、いよいよ本宮(上宮)に上がる石段が眼前に現れます。大きなイベントがなくとも、いつもこんな賑わいです。

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階段を昇る前に、左にあるのは・・・

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ほぼ800年前、頼朝の次男 実朝がこの銀杏の大木の陰に隠れ待っていた甥っ子の刃にかかり暗殺されたとか。

シチュエーションはその後の作り話的な部分がほとんどでしょうが、殺害事件は事実です。

そんなこの町の歴史を一人見つめてきたイチョウの木。残念なことに数年前に倒れた大木の根元部分だけが残っています。

先端に「ひこばえ」が見えるからいつの日か「隠れ銀杏」として復活するかも。

 

▼銀杏の木とは反対の階段下右にあるのが若宮(下宮)です。

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▼前回記事の「由比若宮」

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から遷座したのが、若宮(下宮)ですが、由比若宮同様、ここに手をあわせる人の姿は見えません。

ぐじゃぐじゃ言わずにさっさとコアに触れます。

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広い階段の頂点にある楼門。

幾つかの寺社と同じく「八」の字は鳩をモチーフにしています。

楼門から拝殿まではスペースがありません。即、拝殿になります。

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拝殿の左手奥は宝物殿。

なんども訪れている八幡宮ですが、入ったことがありません。

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いいのです。こんな広い社域を持つ神社は何回も訪れて、ひとつひとつ新しい発見をして、また訪れば良いのです。

まともに子細に見て回ってたら、1日じゃ足りないかもしれないのだ。

この八幡宮に限らず、広大な社域をもつ神社はどこも同じですね。

 

 今回は意に反して寺社のガイド的な内容になってしまいました。

まぁ、イイでしょう!?

 

で、鶴岡八幡宮御朱印です。

そう、ここも神社であり「寺」でもあったのです。

頼朝が真剣に祈った! 自分のために・・。

この時代前から戦国時代までは、人のために祈ったためしがありません。

利己的にすべての祈りが自分のため、戦勝や安産、男子誕生であった。現世利益だったのです。

今夜はここまで。

 

ワタシ的には江戸は広く面白い、鎌倉は深くオモシロイのです!

狭小なヘソ曲がり視点で、いつかまた続きを書くとします!

 

▼「鶴岡八幡宮」2012年の御朱印

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▼「鶴岡八幡宮」2013年の御朱印

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▼「鶴岡八幡宮」2017年の御朱印

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御朱印受付は女性一人を含む3人の方が担当されていました。

7、8人の列はストレスなくすぐに消化されます。

今回、下宮脇の御朱印受付でいただいた印は平成25年の書き手と同じだったかも。

筆跡は同じように見えるし、

御朱印帳の表題部分が空欄の場合「書き入れましょうか? お名前も入れますよ」と声をかけていらした。

5年前、自分も同じ言葉をかけられ、「御朱印帳」と揮毫していただきました。

 

▼「旗上弁財天社」鎌倉江ノ島七福神 2013年の御朱印

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▼「旗上弁財天社」鎌倉江ノ島七福神 2017年の御朱印f:id:wave0131:20171002184559j:plain

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それにしても、このブログ、2、3日留守してもPVは逆に増えてる。どういうこと?

 

 

由比若宮の御朱印 〜ここは何処でしょう? 度々訪問する有名神社、今回は元々の社と一の鳥居から歩んでみます

東京から近い或る駅、そこは観光で訪れる人が多い。

そして駅を降りる人の半数は駅舎を出たら左手に向かい、賑やかな通りを経て、誰もが知っている有名神社に向かいます。

何回か訪問しているなかで、電車利用の場合は人々と同じ流れで動きました。

 

最終訪問地は他の多くの人たちと同じ有名寺社ですが、今回はそんな多くの人の流れとは逆に駅を出て右手に進みます。

歩く速度は人より早い方だから、向かった先の目的地は10分ほどで着きます。

しかし10月1日は暑かった、汗かきました。

 

たどり着いたそこは、何の案内もなく、細い道をクネクネ曲がった先の住宅街の中に隠れるようにヒッソリと佇んでいます。

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ここは何処だ?

駅を降りて誰もが向かう神社ができる前の、最初にできた神社です。

ほぼ千年前に石清水八幡宮から勧請された元々の社の現在の姿。

 

これだけでは、ほとんどの人はどの駅の、どの神社かわかりません。

地元の人と、この社を訪れた人、さらに御朱印に詳しい人は別かも。

 

書き置きの御朱印をいただいて、さらに南に進むと海に出ます。

右に目を向けると・・・

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左に目を向けると・・・

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ここは何処だ?

 

関東在住の人ならば「あっ、〇〇だ!」とわかる人がさらに増えます。

 

約800年前、この地の主人から招かれた貴人たちは、きっと船利用で海から社に向かったに違いありません。

当時の海岸は現在とは違い、この地に行き来する船がたくさん見られたそうです。

 

その海に背を向けて、いにしえの貴人たちと同じように目的地の有名神社へと進みます。

現在はここから歩いて約2kmある有名神社を訪れるのに、このルートを取る人は少ないはずです。

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ここは何処だ?

江戸時代、家綱が再建した一の鳥居。

関東大震災で崩れたようですが、その後うまくつなぎ合わせている姿が向かって右の柱に見て取れます。

そのつなぎ合わせた部分をアップすると有名神社の名前が記されていてわかってしまうから、あとでUP。

 

一の鳥居の近くにある宝印塔。

この地で繰り広げられた血に塗られた歴史の一部の証か?

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海岸を進んでやや上り坂でしたが、一の鳥居からは少し下り坂になります。

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そして大きな交差点に出ます。

いにしえの貴人たちも、ここで馬を降りる下馬です。f:id:wave0131:20171002003605j:image

 ここは何処だ?

 

さらに進むと二の鳥居。

これでもう、ほとんどの人がこの地が何処かバレるからオープン!

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正解! 鎌倉、鶴岡八幡宮

 

先ほどの一の鳥居のアップ。

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名称と継ぎ目がハッキリわかります。

 

二の鳥居、ここから始まる「段葛」。

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頼朝が政子のために、生まれてくる頼家のために築いた段葛は空いています。

 

遠方にかすかに見える目指す甍を目にしながら、いにしえの貴人たちが歩みを進めた思いを偲ぶのにはうってつけ。

両側の桜の木が満開になる春以外の人々は小町通りと、この若宮大路の土産物、飲食店に興味があるから、そちらはひしめき合っています。

 

物を食べ、物を買う人たちのほとんどは鎌倉の歴史は知らないかもしれない。

イイのです! そういう大勢の人々で観光地・鎌倉は成り立っている。

そういう自分も大勢の一員であり、御朱印も同じ位置にあるかと思うと、そのブームが去ってくれることを望むのは矛盾してる?

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三の鳥居。

さてここから、いよいよ神域です。

ここから先を語ると長くなります。

この先は次回!

 

鎌倉駅を降りて最初に向かった、鎌倉としてのすべての始まり、

由比若宮御朱印です。(神奈川県鎌倉市材木座

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秩父34観音の御朱印❻/28番 橋立堂〜34番 水潜寺 〜スタンプラリーで終えてしまった秩父札所、今は猛省!

朝早く東京を車で出る。

どこへ行くにも一人の時の高速利用率は0〜50%だ。

例えば50%、行きは下道、帰りは高速利用、往復首都高だけの利用など。

秩父への往路は、当たり前に下道R299を飛ばすトラックと前後してクネクネ山間を進む。

秩父34札所巡りは、このパターンを2回繰り返しただけで、いわゆる「結願」してしまった。

車利用とは言え、34ヶ所を2日間である。

オドロクことに旅行会社の売り物でも、2日間で34ヶ所巡り終えるバスツアーがある。

自分の車で巡っても、2日間で34ヶ所はヒィーヒィーだ。

バスツーの添乗員は巡礼者と御朱印をどのようにコントロールするのか、同道して確かめてみたいものだ。

 

とにかく、2日間で34寺と御朱印だ。

何も覚えて無い、覚えられないに等しい。何も得られないのだ。

情報としての御朱印と少しの写真だけが手元に残るだけだ。

 

2011年に初めて手にした御朱印は5つだけだった。

御朱印帳とmacをひっくり返さなくとも、5つの寺の姿と御朱印の筆跡も明確に脳裏に思い浮かべられる。

 

寺社の有り様も、そこでいただいた御朱印も反芻できたから、それぞれ脳に刻まれている。

 

しかし、

2012〜2013年には、江戸33、鎌倉33、東国33、関東36を巡り終え、その間、数え切れないほどの寺社も巡っている。

もう何も何処も、寺社と御朱印の記憶は大混乱の中にある。次から次へだから寺社の写真や御朱印を眺め回す時間も僅かなものになる。

 

都内の寺社や、全国的に有名寺社の様子は知ってる限りの話は人にもできる。

だが記憶の中で、いただいた御朱印とリンクされている寺社の姿はごく少数だ。

ましてや寺社の由緒、神、本尊など決して覚えられないわ。

覚えられなく、語れないということは知識が無いということにつながる?!

 

御朱印コレクターは、収集の数に反比例して寺社と御朱印の知識が乏しくなる、薄くなる!

いやオボロげな記憶は、比例することになるかな!?

 

毎度のことで、なにが言いたいのか分からなくなってきた。

 

2014年に結願した秩父札所。28番から34番で脳内の明瞭な絵は、28番橋立寺と結願の水潜寺だけだ。あとはごちゃごちゃ。

 

秩父札所と向き合い、スタンプラリー的行動で終わらせてしまった軽薄な自分を恥じているということだ。

 

この秋、数寺だけでも再訪し、今はスタンプラリー的状況から離れられた自分を確認しに行ってこようかしら。

 「行った、行った」「もらった、もらった」だけの御朱印と寺社にしないために・・。

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28番 石龍山 橋立堂曹洞宗・埼玉県秩父市上影森

 

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29番 笹戸山 長泉院曹洞宗・埼玉県秩父市荒川上田野

 

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30番 瑞龍山 法雲臨済宗建長寺派・埼玉県秩父市荒川白久

 

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31番 鷲窟山 観音院曹洞宗・埼玉県秩父郡小鹿野町

 

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32番 般若山 法性寺曹洞宗・埼玉県秩父郡小鹿野町

 

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33番 延命山 菊水寺曹洞宗・埼玉県秩父市下吉田

 

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34番 日沢山 水潜寺曹洞宗・埼玉県秩父郡皆野町

 

ハズ観音・かぼちゃ寺・妙善寺の御朱印(愛知・西尾市)〜[続き]ちゃっちゃとチャチャチャとカボチャとハロウインと・・

性海山 妙善寺(ハズ観音・かぼちゃ寺)の御朱印です。

浄土宗西山深草派愛知県西尾市幡豆町東幡豆森)f:id:wave0131:20170925190147j:plain

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ハロウインは収穫祭なのでしょうが、カボチャとの関係は知りません。

この国では冬至にカボチャをいただき、中風よけのご利益を願います。

冬至の日には柚子湯にも入る。すべて健康を願っての昔からの行事・習慣です。

 

その冬至間近の京都・矢田寺はカボチャで溢れていました。

12月23日には、無病息災を願って「かぼちゃ供養」が行われたそうです。

「かぼちゃ炊き」は、かぼちゃの煮物のことなのでしょう。

なにしろ当日は1,000名分のかぼちゃの煮物が用意され、長蛇の列ができるとか。

ちなみに2019年の冬至は12月22日。

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京都は寺社が多い。様々な行事が、いつもどこかで行なわれている感じです。

f:id:wave0131:20170925190151j:plain寺町通りに面した狭い境内の寺、近くの蛸薬師とともに、大きな観光寺より、こういう小さな寺が京都を一番感じさせてくれる。

 

▼ところ、じかん、変わります。

室町時代、まだカボチャが日本で食べられていなかった頃、この浜にプカプカと幾つものカボチャが浮かび流れてきたそうです。

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寺に伝わる話ですが、それからカボチャを栽培するようになり、食べ始めたというカボチャ発祥の地だそうです。

ハズ観音の山門は、この浜と向き合っています。

 

▼松の木々と砂地が、いかにも海辺の寺を感じさせてくれます。

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この日の境内にカボチャは一つも見られませんでした。

「かぼちゃ茶」は振舞われていました。いただきました!正直、無味無臭。

 

しかし、この寺はやはりカボチャの真打ち。

「かぼちゃサミット」なるものが開催され、全国からカボチャが集まってくるそうです。

冬至にはかぼちゃしるこが振るまわれ、かぼちゃ輪くぐりかぼちゃお練りなどが毎年行なわれています。

カボチャ、さまさまです。

 

それにしてもカボチャは、洋の東西で他の野菜に比べて超人気者。

草間彌生は作品のモチーフにしています。

小豆島には「どてかぼちゃ大会」があります。

さらに全国には

「かぼちゃ音頭」「かぼちゃ踊り」「かぼちゃの歌」「かぼちゃカクテル」「パンプキンラテ」と何でもありです。

シンデレラの馬車のように童話、絵本でも引っ張りダコ!

「カボチャのチャチャチャ」という曲もあるようです。

 

きっと、憎めない、愛嬌のある野菜のキングなのでしょう。

 

どう料理しても沢山は食べられない野菜ですが、

少なくとも野菜なのか何なのか分からなくなってしまった、いつもスーパーにあるモヤシのように蔑まされることなく、

より美味しい、絵になる、さまざまな題材にもなるカボチャだわねぇ!

 

▼かぼちゃ寺では御朱印とともに山主の俳句を記した用紙をいただきました。

達筆で読みとることが難しい箇所もありますが

み仏、此岸、彼岸、彼岸花」の四つの言葉が読めれば、句も何とか理解できそうです。

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振り返ってみれば、カタカナの観音様名は「マリア観音」と、ここ「ハズ観音」だけのものかもしれなません。

現在の所在地は西尾市ですが、合併前は「幡豆郡」でした。

幡豆郡」を「はずぐん」とは誰も読めません。

 

当初は「幡豆観音」だったことでしょうが、より親しみやすい「ハズ」にしたかもしれない。いや、きっとその幡豆だわっ!

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