▼赤城山 西福寺の御朱印です。(曹洞宗/新潟県魚沼市大浦174)
▼西福寺の御朱印帳。
▼針倉山 永林寺の御朱印です。(曹洞宗/新潟県魚沼市根小屋1765)
1月21日に都内佃の住吉神社で御朱印をいただいて以来、御朱印巡りとしては何処にも行っていない。
寒いのが苦手なわけではない。どちらかといえば寒さは平気。恒温動物だ。
北風ピューピューはカンベンして欲しいが、凛とひきしまった冷気は、ナマクラな身体をピンとさせてくれるようで好きなのだ。
だが、2月は仕事が休めない。午後からだが土日祝もズーーーーと仕事だ。
ある意味の職人仕事のように生産性の悪い仕事を業としている。
大きな数字の契約を取って売り上げができる、というような仕事ではない。
消費した時間なりにしか数字にならない。それも情けないことに付加価値が少ない。
AIがもっと現実的な姿に変われば、人間なんてお役ご免になるような仕事かもしれない。
▼自分の愚痴はともかく、この人の仕事はどんなんだったろう?
やはり職人としての彫物師だから本人しかできない仕事で、手がけた分だけしか金にならないはずだ。しかし付加価値は高い!
そして現在は職人から芸術家へと評価され直されている。
石川雲蝶の作品はここ西福寺の「越後日光」の代表作のほか、永林寺や三条の本成寺など越後に多く残されている。
西福寺
▼ここ「開山堂」の内部に「越後日光」がある。開山堂の保護のためか無粋な建築物で覆われている。
▼見上げて感嘆する緻密で華麗なその内部は撮影禁止。
曹洞宗の開祖を彫った解説付き拝観料500円の「越後日光」は、栃木の日光より感激した圧巻の彫り物だった。世界遺産より観光客が少ないことも好感だね。
開山堂内でガイドを聞きながら、欄間から天井に広がる彫り物をず〜〜っと見上げていた。少し首が痛くなった。
ナマクラな身体は寝転がってみるのが正解かもしれない? ダメだろうね!許されない。
▼建物外部の装飾も彼の仕事によるものだろうか?
一つひとつの仕事にとんでもない時間を要したはずだ。
そしてその報酬は妥当なものだったかもしれない。
「石川雲蝶」? そんな名前は御朱印巡りでこの魚沼を訪れる前は知らなかった。
もともと大きな知名度はない。
どこかの鑑定家が彼の作品を見て「これは越後のミケランジェロだ」と宣ったから、
地元の自治体や寺社が観光 PR用として「日本のミケランジェロ、石川雲蝶」となったようだ。
そんなに古い話ではない。
雲蝶と言っても誰も知らない、肖像画や似顔絵もないから「ミケランジェロ」の名を借りた。
両者とも天で苦笑いしてることだろう。
「おれはミケランジェロではない!」と石川は思っているかもしれない。
越後でも、日本でも、東洋でも、世界でも「彫物師 石川雲蝶だ! 有名にならなくてもヨイ!」
そこまでヘンクツではないかな?
いやいや、師、名匠、芸術家はみなヘンクツなはずだと、そのいずれでもない、ただの偏屈者はそう思うな。
永林寺
カケアシの魚沼は忙しい。
▼西福寺を後にして7〜8kmほどさらに北へ向かう。
この寺も雲蝶の作品を売り物としている。
が、どうしたのか写真がまったく見つからない?まただ。
寺の記憶も全くないに等しいぞ。
頭がキャベツだ。いや昨今のそんな高いものではないな。
脳が単に「オシャカ」になってしまったようだ。
▼写真は「永林寺」さんからお借りしました。
巡ってきた寺社の記憶は、凡人には事前の予備知識、予習と、いただいた御朱印を確認しながら、さらに寺社の由緒書や撮ってきた写真で復習しないと、大きな感動もなく、何事もなかった寺社は殆ど正確な記憶に残らない。
記憶に残っていたとしても、あの寺、この寺、どの神社?とゴチャ混ぜになっている。
記憶も必要な再現性の技を持つミケランジェロの爪の垢でも欲し〜い!ねっ。