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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

景徳院の御朱印(甲州市)〜戦国時代 最強軍団 武田氏終焉の地の慕情

▼天童山 景徳院御朱印です。(曹洞宗山梨県甲州市大和町田野)f:id:wave0131:20190624142507j:plain

上部の2つのスタンプは、武田氏の家紋で「四つ割菱」と「花菱」と呼ぶそうです。

信玄は「花菱」を好んで使用していたとも言われています。

「甲斐百八霊場」というのは1980年に「テレビ山梨」が開局10周年の記念に、県内の寺を選定した霊場だそうですが、現在は霊場として108全ての寺で御朱印がいただけるのかは不明です。

 

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東京から景徳院へ行くのに信号待ちの多い都内は高速利用で、八王子からはエッチラオッチラ下道です。

八王子からでも約70kmほどありますので混雑していると2時間以上かかることもあります。運が良くても1時間40分ほど。まぁ時間はたっぷりあるから・・。

国道20号の笹子トンネルです。f:id:wave0131:20190624183319j:plain2012年に不幸で恐ろしい崩落事故が起こったトンネルはこのトンネルではなく、高速の中央道です。

しかし、この国道20号のトンネルもかなり古いもので、開通から60年ほどになるそうです。中央道のトンネルに比べると狭くて暗く、延々3kmほど続きます。

 

▼慣れている車でも運転を緊張させられるトンネルの先に出口の明かりが見えてくるとホッとします。トンネルを抜けると右側に道の駅「甲斐大和」が突如現れる感じで見えます。f:id:wave0131:20190624190401j:plainここから景徳院へは距離も時間もわずかで到着します。f:id:wave0131:20190624142659j:plain▼景徳院は武田一族の菩提を弔うために家康が建てたと伝わります。何度も火災になり当時の建物は残っていないそうですが、山門だけは江戸時代の建立だそうです。f:id:wave0131:20190624142655j:plain

▼山門の仁王像はフラッシュのせいか金色に輝いているように見えます。f:id:wave0131:20190624142648j:plain各地の仁王像にも様々な表情があります。

▼これは秩父永福寺童子堂のひょうきんな像ですが、参拝者をユーモラスに迎えてくれますが、寺を守る存在としては少し心もとないかもしれません。f:id:wave0131:20190624192743j:plain

▼景徳院は寺の性格上にも、まさに勝頼をはじめとする、この地で果てた者たちの霊を守らんとする厳しい形相が相応しいようです。f:id:wave0131:20190624142644j:plain

▼朝早く訪れた11月の境内はひっそりとしています。f:id:wave0131:20190624142629j:plain

▼本堂も新し目で唯一白壁だけが、かろうじて禅寺らしい雰囲気を保っています。f:id:wave0131:20190624144229j:plain

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▼本尊は釈迦如来ですが、そのお姿は確認できません。f:id:wave0131:20190624142637j:plain

この時期、境内の木々は赤黄緑と賑やか。f:id:wave0131:20190624142633j:plain

▼勝頼の正室の辞世。この地で自害したと伝わる夫人は、なんとまだ19歳だったとか。f:id:wave0131:20190624142620j:plain

▼勝頼、夫人、子 信勝の墓。後に建てられたものなので墓というより供養塔が正しいかもしれません。f:id:wave0131:20190624142609j:plain寺、墓、いずれも3百年、4百年前に建立された話。正確なことは定かではありません。

▼3人の辞世ですが、いつ詠んだものなのでしょう?f:id:wave0131:20190624142612j:plain辞世ですので、この世とお別れの時のものです。しかし、織田・徳川の連合軍に追われ、もはやお供も含め総勢50人ほど前後になっていたこの山奥で、疲労と飢えを抱え、辞世などを詠んでいる余裕があったのでしょうか。

当時の武将、そしてその肉親たちの精神構造は計り知れません。最後にしっかり辞世を詠み、武田家の遺臣たちが後の時代に伝えたものかもしれません。

▼勝頼37歳、同夫人19歳、信勝16歳の年齢を読むと、悲運な若き親子三人の最期の姿が朧げながら眼に浮かぶようです。f:id:wave0131:20190624142616j:plain1575年の長篠の戦いから7年、戦国時代には最強軍団として恐れられた武田氏も1582年に、その長い歴史を閉じます。f:id:wave0131:20190624142624j:plain甲府にある多くの寺社はなんらかの形で武田氏、とりわけ信玄との繋がりが数多く言い伝えられていますが、信玄には及ばなかったものの、名将だったとも言われる勝頼を伝える寺は少なく、終焉の地のみにその名が刻まれているようです。

一般的には否定的評価の勝頼ですが、信玄同様 勝頼も山梨、甲府の人々、とりわけ大和村の人々には慕わしく、誇りに思われているようです。

 

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猿江神社の御朱印(江東区) 〜「のらくろ」も戸惑う「猿江のお稲荷さん」の迷宮

猿江神社、2014年のの御朱印です(東京都江東区猿江f:id:wave0131:20190621170640j:plain

▼同じく、2019年の御朱印。「深川」の朱文字の尾が5年間ですっかり伸びました。f:id:wave0131:20190621170644j:plain

▼同じく、夏詣の御朱印。通常御朱印と中央の神社印が異ります。夏の海を表しているのでしょうか?f:id:wave0131:20190621170648j:plain

▼ちょうど神社用に使用している朱印帳が残り2、3ページになっているので購入。f:id:wave0131:20190621170654j:plain御朱印2体と朱印帳で3000円の初穂料。

センベロ3回分の強気の数字に、おナカがいっぱいになりました。

▼とてもとても、これ以上の境内社分2体をいただく余力はありません。f:id:wave0131:20190621170729j:plain

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江東区の主な街と言えば亀戸とか門前仲町です。東京の下町を代表する、一般的に言うところの「深川」です。

しかし商業施設、娯楽施設が林立する巨大観光スポット「お台場」のほとんども、また築地から引っ越した豊洲市場江東区です。もはや江東区を代表する街はお台場とか豊洲かもしれません。

そんな臨海部にはタワーマンションも林立していますが、猿江神社のある、いわゆる深川地区にもタワマンは進出しています。f:id:wave0131:20190621170711j:plain▼タワマンの足元には昭和天皇から賜った広大な「猿江恩賜公園」の緑が広がっています。f:id:wave0131:20190621170811j:plain▼江戸時代には「材木蔵」があったそうです。f:id:wave0131:20190621170815j:plain当時はこの辺まで入江になっていたようで、幕府公認の貯木場だったとか。

その入江の「」の字と、この地で亡くなった「猿藤太」という平安時代の武将名の「」の字を組み合わせて「猿江」と呼ぶようになったそうです。f:id:wave0131:20190621170823j:plain

スカイツリーも見え隠れする広く深い森は、近隣の人たちの絶好の憩いの場です。f:id:wave0131:20190621170707j:plainなぜ公園の話を持ち出すか?

じつは猿江神社は、近くに有料パーキングはありますが、神社内には駐車場はありません。

そこで猿江公園を横断している新大橋通り沿いのコインパーキングを利用します。公園近くにだけパーキングスペースがたくさん設けられています。

意地汚いことに最近の繁華街では日曜でもパーキングメータは仕事をしています。

しかし、ここのパーキングメータの日曜は安息日で作動していません。繁華街のパーキングメーターも悔い改めるべきです。

 

▼神社までは徒歩5、6分です。御朱印1、2体分の駐車料金も度々ですとバカにできない事情を背負って歩きます。f:id:wave0131:20190621170807j:plain裏参道から鳥居のある正面側に回ってみます。f:id:wave0131:20190621170750j:plain

▼数組の参拝者の姿が見られます。f:id:wave0131:20190621170741j:plain

▼時間を遡って2014年の境内です。桜が咲き残っているものの、いくらか陰気に感じられた境内で、他の参拝者とは出会いませんでした。f:id:wave0131:20190621170818j:plain

▼5年の時間は手水舎を生まれ変わらせたようです。f:id:wave0131:20190621170754j:plain

f:id:wave0131:20190621170715j:plainコンクリート造りの社殿としては最も古いそうです。といっても昭和6年の再建だそうで、東京大空襲にも奇跡的にその難を逃れたと神社のHPに詳しいです。f:id:wave0131:20190621170758j:plain

御朱印がいただける境内社の「藤森稲荷神社」。猿江稲荷ではありません。f:id:wave0131:20190621170738j:plain神社のHPによると、戦後「猿江稲荷神社」から改称して「猿江神社」となったそうですが、なぜ「稲荷」の文字が外されたのでしょう?

なのに「猿江のお稲荷さん」として親しまれているそうです。

 

▼こちらも5年の時間差の中で生まれたようです。カワイイ女子ウケ顔の「神猿」の文字を読んで、バチ当たりなへそ曲がりは「深淵」の文字を連想します。

f:id:wave0131:20190621170745j:plain正しくは「まさる」と読むとか。「魔が去る」そうで、神社でよく見られる何でもありのダジャレです。

本来、この神社の歴史に動物のにはエンがないように思われますが・・・。神社の深遠な考えがあるかもしれません。

 

▼「5年振りに参拝させていただきましたが、参拝者も多く、随分変わりましたね」f:id:wave0131:20190621170724j:plainと、受付担当の男性に声かけ。大きな反応はありませんでした。

ダメだ!

どのようにも取れる「随分変わりましたね」じゃなく「随分親しみやすくなりましたね」と言うべきだったかもしれません。ツイ本音が出てしまいました。

 

▼背後に立つマンションは社務所と一体になっています。都心だからこそで、人口の少ない地方の神社では、いくら敷地が広くてもマンションは建てられません。f:id:wave0131:20190621170734j:plain地方神社の口からはヨダレが落ちそうです。

▼ナナメな見方ばかりしていると「出て行け」と不本意にも叱られそうです。f:id:wave0131:20190621170719j:plainもとより、このブログは当初キラワレ者になろうと大ソレた考えで始めた。見事に初心貫徹ならずクジケ去ったが、時折正体が出る。

▼ところで、神社本殿の裏に「稲荷大明神」。f:id:wave0131:20190621170803j:plainなぜか神社本殿と背中合わせです。そして明らかに神社敷地内ながら金網のフェンスでシッカリ区切られています。

猿江神社は「稲荷大明神」と言う言葉には一切触れていないように思われます。

 

▼そしてこの猿江神社敷地内にある「稲荷大明神」が道路を挟んで向かい合っているのが、やはり「稲荷大明神」。

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▼「猿江稲荷社」と書かれています。f:id:wave0131:20190621171743j:plain猿江神社のHPで述べられている「猿江のお稲荷さん」は、もしかしたらこちらが本家?

▼2つの「稲荷大明神」は、道路で分断されてるだけで本来一つのもの、現在は世田谷にある「妙寿寺」が管理しているようです。f:id:wave0131:20190621171747j:plain今もお互い知らんぷりしなければならない原因は明治政府にあるかもしれません。

中合わせでなく、神社と寺が横並びに、お互いオープンに敷地繋がりである方が参拝者にはわかりやすいのですが・・・?

この関係はどこでも見られます。一番に印象深いのは四谷にある「田宮神社」と「陽運寺」です。

中合わせの猿江神社と大明神の事情とは異なりますが、四谷では、あたあかも対立するようお互い正面で向かい合っていて、お互い認め合っていないようです。

 

御朱印収集者、いや一般参拝者も戸惑いながらも両者に手を合わせています。

神社と寺の迷宮はワタシたちと神仏が望まない、知れない、表沙汰にならない部分があるようです。

▼「猿江稲荷社」の隣には名称からして浄土宗とわかる「重願寺」があります。f:id:wave0131:20190621171751j:plain御朱印もいただけるようですので、機会を見つけて参拝しましょう。

▼そして、その「重願寺」の先に摩利支天を祀る「日先神社」。f:id:wave0131:20190621171739j:plain

100mも隔てていない中を歩くと、4つもの寺社に出会う興味深い地区です。

さらに、神社から西に脚を運ぶと「のらくろ」に会えます。

f:id:wave0131:20190621210730j:plain google map で「のらくろロード」を探せばすぐ出ます。

「アニメ」という言葉がなかった時代、誰もが知っていたキャラクターです。

 

深川の迷宮は深いのです。

 

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大豊神社の御朱印(京都市)〜「狛ねずみ」の社! 今や何が「狛」でも驚かない

大豊神社御朱印です(京都市左京区鹿ケ谷宮ノ前町)f:id:wave0131:20190620192954j:plain

▼同じく、書置きの御朱印f:id:wave0131:20190620193259j:plain

日付以外、すべて印刷でした。

宇多天皇の病気平癒のために祈願した藤原淑子が創建した神社だそうですが、両者ともワタシに知識はありません。平安時代だということはわかります。

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哲学の道」を歩いていると、手招きはしていませんが、いくつもの寺社が東山三十六峰の山側に参道を開いています。

▼大豊神社に続く参道を進み、緩い坂を振り返りました。f:id:wave0131:20190620192856j:plain

▼ここは観光客で溢れかえるイメージの京都でしょうか? 椿の赤が歓迎してくれます。f:id:wave0131:20190620192853j:plain

▼地名の「鹿ケ谷」が示すように、ここは山を背にした谷あいの小さな神社。f:id:wave0131:20190620192848j:plainしかし、小さいからこそでしょうが、とっても良い雰囲気の神社です。f:id:wave0131:20190620194246j:plain青竹を使用した手水舎もセンス良好。シブ過ぎる舎とミスマッチ!

特に有名でもなく、街中でもないから参拝者も少なく、とっても落ち着いています。f:id:wave0131:20190620192844j:plain

ピンク色は樹齢250年と伝わる「しだれ紅梅」だそうです。f:id:wave0131:20190620192900j:plain

応神天皇少彦名命が祀られている本殿は古く質素です。f:id:wave0131:20190620193958j:plain

▼ここから先がこの神社の見どころでもある境内社が続きます。f:id:wave0131:20190620192905j:plainこの神社には主役の本殿以外に、個性のある末社名脇役を演じています。f:id:wave0131:20190620192911j:plain

▼稲荷社にキツネさんは当たり前。f:id:wave0131:20190620192926j:plain

▼そして「大国社」にはネズミです。それぞれ水玉と巻物を持っています。f:id:wave0131:20190620192922j:plain縁結びの神様を導いた神話に基づくネズミだそうです。f:id:wave0131:20190620192946j:plain神社を巡っていると犬の他に色々な「狛・・」に遭遇して、どんな動物が迎えてくれても驚きませんが、ネズミさんは全国で唯一とか。f:id:wave0131:20190620192918j:plain

歯目らしいツラがまえ。狛犬同様こちらは阿形。一般的には嫌われ者ですが、ヘビ同様、神の使いとなれば堂々と社殿前でドヤ顔をしています。f:id:wave0131:20190620192914j:plain

▼さてさて、こちらにも別な動物が・・・。f:id:wave0131:20190620192935j:plain

愛宕社の前にはトンビでしょうか?f:id:wave0131:20190620192939j:plain

日吉社には愛嬌顔のサルです。捧げ物のようなものを手にしています。f:id:wave0131:20190620192943j:plainなぜ鳶と猿なのかは知りません。

しかし日本の神話や伝説には様々な生き物が登場します。仏教では涅槃図にあらゆる動物、生物たちが描かれています。

神仏と共にどんな動物が表現されても不思議は無いようです。

 

▼どういう謂れで「良縁 招福」の石になったか不明です。ふてくされているような顔に見えなくもないです。同じ物を見ても各々の人間性により見えるカタチが異なるかもしれません。f:id:wave0131:20190620192931j:plain

大豊神社はまさに「山すそに佇む」という言葉がふさわしい雰囲気を持っていました。

しかし、哲学の道の桜が満開になる頃、または紅葉の時期にはこんな静けさは味わえないでしょう。

境内に人が大勢いるか、いないかで訪れた神社や寺のイメージ、印象は大きく異なります。

全く人の気配を感じさせない寺社は少し寂しく感じる場合もありますが、境内に溢れかえる人の数より、適度な参拝者の数を見る神社や寺は、訪れる人をホッと安堵させてくれ、胎児に戻ったような心持ちさえ感じさせてくれる時もあります。

訪問するなら静かな季節を選んでみてください。

 

磐井神社の御朱印(大田区) 〜里帰りした娘がハデになっていた?

磐井神社 2018年9月の御朱印です。(東京都大田区大森北)f:id:wave0131:20190619173140j:plain

何種類かある御朱印のなかから、1体だけいただいてきました。

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▼2014年の神社印。もはやこんなシンプルな御朱印はいただけないようです。f:id:wave0131:20190619173145j:plain

現在いただける御朱印と比べると、5年間の時間の中で何が起こったのか?

田舎の山奥で育った少女が東京で暮らし始め、5年振りに田舎に帰省してきたような見違えようです。

洗練されて帰ってきたのか、ただ単に派手好みになって帰ってきたのか?

 

▼同じく、東海七福神「弁財天」の御朱印f:id:wave0131:20190619173149j:plain

▼「御朱印の皆様へ」? 一言足らないようで何かヘンです。意味はわかります。

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▼結局、訪問日にいただけるのは、このケース内に展示の数種類のようです。f:id:wave0131:20190619173036j:plain

ハデな書置きに大きな興味はわかないのでスルーでした。

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神社は第一京浜(国道15号)沿にあります。境内はそのまま車で入れる駐車場になっています。

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国道から歩道を挟んで鳥居があります。国道の拡張とともに境内は狭められたようです。鎌倉の寺社の参道を電車線路が横切っているように、広い境内を持つ自社はいつも犠牲になる運命のようです。f:id:wave0131:20190619173105j:plain川崎、横浜方面へ出かける時には神社前の国道を度々利用します。f:id:wave0131:20190619173057j:plain数年前までは神社そのものを気づかせないほど普段は静かな境内でした。f:id:wave0131:20190619173109j:plainところがある時期から、境内にいつも10人前後の参拝者がハイエナの如く群がっている様子を目にするようになりました。f:id:wave0131:20190619173050j:plainそんな様子に気付いたのは、ほぼ1年前くらいでしょうか。f:id:wave0131:20190619173132j:plainもちろん、神社になぜ多くの参拝者の姿を見るようになったのか予想はつきました。f:id:wave0131:20190619173128j:plainそこで横浜方面へ出かけた帰りに立ち寄ってみました。2度目の参拝になります。f:id:wave0131:20190619173122j:plain翌日に祝日を控えた日曜でしたので、予想通り駐車場には地方ナンバーも含め、車が数台、境内には10数人の参拝者がたむろしていました。f:id:wave0131:20190619173136j:plainもちろん皆さん御朱印目当て。書置きを含め全部いただこうとすれば、7、8体はいただけそうです。地方からの人は遠い道を来たカイがあると言うものです。f:id:wave0131:20190619173033j:plainちょうど御朱印受付終了時間間近だったようです。f:id:wave0131:20190619173053j:plain2、3人で親切丁寧に御朱印対応されていた宮司さんたち。まだ暑い季節でした。汗を拭きふき社務所から出てこられました。

御朱印対応に、もしかしたら昼ごはんも食べられなかったかもしれません。少し気の毒に感じました。

 

しかし宮司さんたち、ご安心ください。磐井神社御朱印が現状のままですと近々、連休の昼ごはんも、もう少しゆっくり食べられるようになるはずです。

授与される数種類の御朱印の違いをよく見ると、その理由が見えてきます。

 

月替わりに御朱印の上下に押されたスタンプ、また紙質、紙柄の違いだけでは先々「キラキラ御朱印収集者」のオナカを満たすことはできないかもしれません。

収集者は、ほとんど新食感を目指す新しモノ好きの大食漢なのです。

 

それであったとしても収集者の皆さんは、もしかしたら「磐井神社」の名称は忘れないことでしょう。

ワタシもしっかり覚えさせていただきました。

磐井神社」さまの、さらなる今後の発展を見させていただこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

法起院の御朱印(桜井市)〜「郵便」語源の木の葉に願いを・・・

長谷寺 開山坊 法起院御朱印です。(真言宗豊山派奈良県桜井市初瀬)f:id:wave0131:20190618143146j:plain

中央の墨文字は「開山堂」。御朱印西国三十三所札所番外のものです。

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近鉄長谷寺駅」から長谷寺へ続く道が、大きな寺へと続く参道らしき雰囲気に変わってくる頃に「法起院」の山門が遠慮深く現れます。

f:id:wave0131:20190618143159j:plainこの寺が西国三十三所の番外札所であることは知っていたものの、長谷寺塔頭であることは後で知りました。

718年に徳道上人により開基されたと伝わる西国三十三所観音霊場は2018年に、草創1300年を迎えたそうです。

その徳道上人の御廟があることから番外札所になっているようです。f:id:wave0131:20190618143147j:plain訪れたのは2014年ですが、今も山門から本堂まで趣のある寺の様子は大きく変わっていないことでしょう。

現在は西国巡礼者はもとより、御朱印を求めて長谷寺にやってくる人たちも、この寺は絶対外せないはず。

▼本堂になる「開山堂」はコジンマリとして、とってもいい姿をしています。f:id:wave0131:20190618143153j:plain

向拝左の柱には「己を見つめよ」と言われているような、この寺の御詠歌が筆書きされています。

1300年の時間は徳道上人が創建された頃の姿を何一つ残していないように思われますが、それでも江戸時代に再建されたお堂は、創建時を彷彿するのに十分のような気がします。

正確な年代は知らないところですが、寺のHPによると白洲正子もこの寺を訪れ

ささやかなお堂と、石塔が崩れたままで残っている・・・この寂れたお堂の方が今度の旅では印象的に残った

と、その感想を残しているそうです。

 

ワタシも人が多く訪れる大きな有名寺を訪問しても、感動もそれなりで、深く記憶に残るモノが少ない人間です。

そんな中で、いつでも鮮明に記憶が蘇る寺社は決まって、忘れられたような空間の中で、とんでもない時間を凛として佇んできた寺社たちです。

 

▼今は整えられている「徳道上人の御廟も、白洲正子が訪れた時間には「石塔が崩れたままで残っている・・・」状態だったのでしょう。f:id:wave0131:20190618154348j:plain

▼白洲が多くの言葉を残していないこの寺ですので、当時は仏足石もなかった?f:id:wave0131:20190618143155j:plainところで、もう一つこの寺の面白いものが本堂の裏手になる場所にあります。

f:id:wave0131:20190618143150j:plain「葉書」の語源となった木だそうです。別名「ハガキの木」。

f:id:wave0131:20190618143158j:plain「郵便局の木」とも呼ばれ、東京中央郵便局はじめ各地の郵便局の前にも植えられているとか。

f:id:wave0131:20190618143156j:plain葉の裏にキズを付けると、そこが間もなく黒くなるので、昔はこの葉で情報の伝達が行われたことがあったそうです。

f:id:wave0131:20190618143149j:plain現在は願いが叶う葉として多くの葉がキズだらけ。
f:id:wave0131:20190618143157j:plain手の届く範囲の葉は全て願いの文字で埋まっています。

f:id:wave0131:20190618143154j:plain常緑樹だそうですが、新しい葉の供給が追いつかないほどです。

f:id:wave0131:20190618143152j:plain人間サマの願いの多さにカマキリも呆れかえっていることでしょう。

交尾中にオスを頭からムシャムシャ食べてしまう事もあるメスカマキリ。想像すると何ともおぞましいのですが、人間社会もおぞましさには負けていないかもしれません。

 

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