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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

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御朱印一体分の寄付を被災地に! 本法寺の御首題(東京・台東区)〜噺家たちの聖地かもしれない?

▼長瀧山 本法寺の御首題です。(日蓮宗・東京都台東区寿)f:id:wave0131:20191011192003j:plain

ご住職の息子さんたちでしょうか、または近所のお子さんたちでしょうか、2人の子供たちとのキャッチボールを中断して笑顔で対応していただけました。

本法寺のHPの引用です。

本法寺の山法

一、法師たらんものは給事第一たるべし
一、法要葬儀等に臨みては当に輪王の気概あるべし
一、檀信徒来客に対しては懇切丁寧いやしくも粗暴の振舞あるべからず

まさにこの通りの対応で、恐縮いたしました。

こういう場面では毎回、日蓮宗の知識の少なさに情けなく「もう少し深く、日蓮宗を知らなければ・・」と思わされます。

 

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本法寺は銀座線「田原町」駅前にあります。

駅前と言っても駅を降りた通りに寺の姿は見えません。

▼地下鉄駅から地上に出て「仏壇通り」とも言われる「浅草通り」から南へ一歩入ったところにあります。f:id:wave0131:20191011192039j:plainこの地域は寺の密集地です。いったい幾つあるのか見当もつきません。

御朱印、御首題がいただける寺も多く、気がかりな地域です。

しかし、数多い寺のほとんどは広くない境内で、参拝者は見当たりません。

そんな寺は御朱印、御首題をお願いするのに二の足を踏むことも多いのです。

 

しかし、特に目的を持って歩いていた訳ではないのですが、

▼神社ですと玉垣でしょうか、寺を囲む石の塀が赤い文字で埋まっている寺がありました。f:id:wave0131:20191011192035j:plain

▼特に寄席や落語が好きでなくとも、聞き覚えのある名称が並んでいます。f:id:wave0131:20191011192031j:plain昭和の噺家や寄席の名前のようです。f:id:wave0131:20191011192026j:plainこれじゃ、落語や噺家に詳しくなくとも境内に侵入してみるしかありません。f:id:wave0131:20191011192022j:plainということで、行き当たりばったりで訪問の本法寺

▼キャッチボールのボールを見上げている少年。f:id:wave0131:20191011192046j:plainこの後、境内を一巡してから御首題をお願いしました。

▼白狐が祀られた「熊谷稲荷」。f:id:wave0131:20191011192043j:plainかつては芸能界や花柳界に名高く、多くの信仰をあつめて賑わっていたそうです。白狐を祀る「熊谷稲荷」はここ本法寺と青森の2ヶ所にしかないそうです。

 

▼筆塚は書家の田中千代の建立だそうです。f:id:wave0131:20191011192106j:plain

▼「熊谷稲荷」に由来する朝倉の武将、熊谷安左衛門の和歌碑。f:id:wave0131:20191011192053j:plain

▼最初は「二羽塚」と読んでしまいました。正しくは「扇塚」でした。f:id:wave0131:20191011192110j:plain平成に落語芸術協会により建之されたそうです。

 

▼「はなし塚」は、日本が戦時体制に突入した昭和16年の時局に適さない、落語や講談の演目の台本が収められているそうです。f:id:wave0131:20191011192058j:plain

簡単にいうと、一億国民が戦争に対峙しているのに、庶民の娯楽としての落語などで酒、女、遊里、廓などの演題や艶笑話とは何事か!このっ非国民!

と、オカミからの禁止のお達しが出たということです。

噺家は泣く泣くそんな演題を諦め、台本をもここ本法寺に埋めたということでしょう。

国が勝手に始めた戦争に、一般庶民も右に倣えを強要された理不尽な時代の話です。

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この寺はこの他に塚がイッパイあります。

 

とりわけ噺家や芸事にまつわる塚が多くあります。

噺家や寄席などにまつわる寺社はいくつも他にあります。

上野の下谷の「下谷神社」は「寄席発祥の地」の石碑があります。また同じ台東区の「蔵前神社」は古典落語の舞台にもなっていて、落語とも縁の深い神社です。さらに中央区の「川崎大師東京別院薬研堀不動院」は講談発祥の地の碑があります。

もっとも話の中に出てくる寺社や場所をあげたらキリがありません。

 

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そんな中でもここ本法寺はとりわけ噺家たちにとって縁の深い寺で、彼らの聖地とも言えるかもしれません。

 

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www.sankei.com

ところで、日本中が自然災害で喘いでいる人たちが多い中、ノーテンキに御朱印のブログ記事など書いているのも、見方によっては非国民かもしれません。

 

亡くなられた方々の冥福と、被災地の方々の1日も早い復興を祈るばかりですが、

御朱印一体分でもよいので、これです! こんな時期にブログを書いている者のせめてもの良心です。

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「愛は地球を救う」なんて言葉を鵜呑みにするほど青臭くないけど、

御朱印収集者の数%の人でも御朱印1体分の寄付が集まれば、そこそこの数字になると思われます。

 

ワタシは貯まっていたポイントでの寄付でしたが、みなさんどんな形でも良いです。

わずかな寄付でも、きっとBLOG更新時の気持ちは「ハレ」たものになります。

「日限祖師」本覚寺の御首題(東京・台東区)〜読経と木柾が響く中「蟇大明神」に仰天!

▼龍鳴山 本覚寺の御首題 です。(日蓮宗f:id:wave0131:20191007164356j:plain

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台東区の住所でいうと「元浅草」「松が谷」「西浅草」「寿」には比較的小さな寺が密集した広大な寺町を形成しています。右を見ても左を見ても寺です。

 

そしてそんな街を貫く「浅草通り」のメトロ稲荷町田原町駅の間には仏具・仏壇店が多数商っています。

 

この寺町は地方でよくみる城下町の防御的な寺町とは性格が少し違うようです。

この地域の大きな寺は寛永寺浅草寺東本願寺などで、その子院や塔頭もあるかもしれませんが、明暦の大火による街の再編成で寺々は、当時江戸の郊外に当たるここに集められたようです。

▼「本覚寺」は、その松が谷に山門を構えています。2014年の写真。f:id:wave0131:20191007164409j:plain

▼以下2019年の撮影。f:id:wave0131:20191007164405j:plain

▼「日限祖師(ひぎりそし)」とも呼ばれ、「江戸十大祖師」の一つでもあります。f:id:wave0131:20191007164523j:plain

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▼「百度」がいくつもあると言うことは、かつては多くの人が「百度参り」していた証でしょうか? 人々の信仰の深さは現代とは違うわね!f:id:wave0131:20191007164505j:plain

▼山門内に入るとすぐ右手が「祖師堂f:id:wave0131:20191007164501j:plain堂内からは読経と木柾の甲高い音が、寺を去る時まで続いていました。

▼「木柾」とは木魚と同じ用い方をするのですが、形と音色が木魚とは異なり、こんな形をしています。

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イラストは「私家版 楽器事典」さんからお借りしました。

私家版 楽器事典/楽器図鑑/知りたい世界の楽器

木柾」は日蓮宗法華宗で木魚と同じ使われ方をするそうです。

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▼祖師堂と棟続きで「鬼子母神」があります。f:id:wave0131:20191007164413j:plain

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▼山門の正面はモダンな「本堂」。f:id:wave0131:20191007164440j:plain

さして広くない境内ですが、いろいろなお堂や仏像が建っています。

▼「どうぞゆっくり見て、参拝ください」と日蓮さん。f:id:wave0131:20191007164432j:plainところで「日限」と「日を限って」とか「30日に限って」願をかければ願いが叶うと言われていますが、その言葉だといろんな風に理解でき、ちょっと意味不明です。

30日間なのか、だとしたら何が30日間か分かりませんし、カレンダー日付の30日でもないでしょうし、何日に限って参拝するのか、願い事で「この日だけをこうしてください」と言う事ならば「受験」などでのお願い事として分かりやすいのですが・・。

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▼「七面大明神」は七面天女、七面大菩薩とも呼ばれるそうです。天女さまです。f:id:wave0131:20191007164453j:plain

水子供養のための菩薩でしょうが、左の字は正確には読めません。f:id:wave0131:20191007164449j:plain

▼「浄行菩薩」心身の汚泥を洗い流してくださる菩薩様だそうです。だから水をかけます。f:id:wave0131:20191007164444j:plain

▼「福徳稲荷大明神f:id:wave0131:20191007164436j:plain大明神がたくさんいらっしゃいますが、極め付けは・・

▼「蟇大明神」。屋根からお堂周りまでガマがにぎやかです。f:id:wave0131:20191007164428j:plain▼さらに堂内は参拝者の奉納でしょうか。陶製のガマがギッシリでビックリです。

かつては役者や花柳界の人々の信仰を集めていたそうです。f:id:wave0131:20191007164425j:plain色、サイズ、量がグロテスク感を漂わせます。

「蛙蟇塚」の由来碑が建てられていました。当初は蛙塚だったようです。

それにしても八百万の神! 「ガマ神」は初めてお目にかかりました。

狐から犬神、猫神、蟇神!日本では神にならない動物はいないようです。

 

▼寺を出るときも、まだまだ読経と木柾の音が続いていました。f:id:wave0131:20191007164421j:plain

鬼子母神、蟇大明神、七面大明神福徳稲荷大明神と、寺なのに境内は神様ワールドなおもしろい寺院です。

 

熱田神宮の御朱印(名古屋・熱田区)〜昔=きしめん・ういろう、今=ひつまぶし・天むす

熱田神宮御朱印です。(愛知県名古屋市熱田区神宮)f:id:wave0131:20191011152146j:plain

別宮八劔宮・上知我麻神社御朱印f:id:wave0131:20191011152153j:plain

「神宮」の朱印は潔い!

伊勢、明治神宮など御朱印コレクターへの媚は一切ない。

 

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▼魅力ない都市の代表選手のような扱いをうける大名古屋。走る電車は名鉄です。f:id:wave0131:20191011152200j:plain

▼名古屋を象徴するテレビ塔はその名称からして、もはや時代遅れで魅力ありません。f:id:wave0131:20191011152258j:plain名古屋城だって国宝でもなんでもないコンクリート造りだから、外人さまにも人気はなし。

名古屋の食べ物は魅力あるのかしら?

▼昔は「きしめん」「ういろう」が代表選手。f:id:wave0131:20191011155850j:plain

▼単なるヒラペッたいうどんの「きしめん」はともかく、「ういろう」は何だか人に説明しづらく、好き嫌いの分かれる食べ物。f:id:wave0131:20191011155858j:plain

きしめん」「ういろう」の2つは、食レポ番組などで取り上げられことはほとんどなくなりました。今は「ひつまぶし」や「天むす」に代表の座を奪われています。

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しかしB級グルメの人気も、大阪の「たこ焼き」や「串カツ」にかないません。

 

一応、国の特別史跡となっている名古屋城に話を戻すと「天守閣 木造復元計画」があるそうですが、工期は遅れる見通しとなっているうえ、名古屋市長と愛知県知事の相性が悪そう。

あいちトリエンナーレ」も中止になったり、再開したりで、さまよえる難破船状態。

 

過去には名古屋で万博も開催されました。しかし愛称「愛・地球博」へは行ってないし、その愛称は誰も覚えていません。

その昔、全国津々浦々までお祭り騒ぎだった「大阪万博」には叶いません。

 

ということで情けないような名古屋ですが、そんな中途半端な大名古屋はキライではありません。

ダサイと思う都市はあっても、キライな都市はありません。

非洗練さも魅力の一つなので、中途半端でなく思いっきりダサい都市になてれば良いと思っています。

 

▼さて、その名古屋を代表する神社、約1400年生きている熱田神宮です。f:id:wave0131:20191011152231j:plain地域の人々には昔から「熱田さん」と親しまれて呼ばれています。f:id:wave0131:20191011152243j:plain

神宮ですので当たり前に天照大神が祀られていますが、いわゆる「三種の神器」の1つである「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を祀る神社としても知られています。f:id:wave0131:20191011152218j:plain三種の神器」と言っても詳細な知識はありません。

もっとも「三種の神器」が現存するか否かは、様々な意見と解釈の仕方があるようですが、もともと皇室の所有になるものでしょうし、神器が現存するとしておいた方が、いろいろと都合が良いので、そう簡単にその有無を決しない事にしているかもしれません。f:id:wave0131:20191011152226j:plain残る2つの神器、勾玉と鏡は、それぞれ皇居と伊勢神宮に現存することになっているそうです。

仏教でいう「絶対秘仏」のようなもので、一般の人は誰も見たことがない「三種の神器」なのです。f:id:wave0131:20191011152222j:plain

▼とにかく熱田神宮は広大で、この神域だけはダサくありません。f:id:wave0131:20191011152213j:plain境内には別宮をはじめ、摂社、末社が数え切れません。

ところが写真は僅かしかありません。

2013年の訪問は、まだBLOGを始める前だったので撮影という意識が薄かったようです。

 

▼「別宮 八劔宮」は、信長や家康たちが修理・建替などに関わっているそうです。f:id:wave0131:20191011152237j:plainどんな英雄もいつかは死に至ります。

熱田神宮は日本が、地球が滅びない限り、その死はありません。

for ever and ever !

 

「しばられ地蔵尊」南蔵院の御朱印(東京・葛飾区)〜シバられても「M」ではありません!「 プリプリ」でもありません!

▼業平山 南蔵院しばられ地蔵尊」の御朱印です。

天台宗・東京都葛飾東水元f:id:wave0131:20191007130212j:plain

▼同じく、2013年の御朱印f:id:wave0131:20191007130207j:plain

いずれも書置きです。

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南蔵院」という名称の寺は全国に多数あります。

▼東京にもいくつかありますが、今回訪問の南蔵院は東京・葛飾区です。

▼2013年撮影の山門。f:id:wave0131:20191007130327j:plain

▼2019年の山門。f:id:wave0131:20191007130547j:plain

▼山門脇に「史跡 しばられ地蔵尊」の案内があります。f:id:wave0131:20191007130349j:plain

山号が示す通り、元々は寺は墨田区業平にありました。東京スカイツリーの袂です。f:id:wave0131:20191007130544j:plain創建は平安時代のプレイボーイ、歌人 在原業平の話まで遡ります。

関東大震災以後、ここ水元に移転してきたそうです。f:id:wave0131:20191007130539j:plain境内は明るく広々として、気持ちよくきれいに整えられています。f:id:wave0131:20191007130534j:plain

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▼「鐘楼」と手前の金属製の灯篭も見ごたえあります。f:id:wave0131:20191007130518j:plain

南蔵院の本山、比叡山 延暦寺にある鐘「開運の鐘(世界平和の鐘)」からその名称をいただいたそうです。f:id:wave0131:20191007130522j:plain

▼「開運の鐘」はお一人さま「一打」にしてください、との案内がありました。f:id:wave0131:20191007130526j:plainムヤミに数多く打つと「運」がどかに飛んでいってしまうのでしょう。

 

▼真打登場です。「地蔵堂」に「しばられ地蔵尊f:id:wave0131:20191007130513j:plain

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▼グルグル巻きで太ってしまった地蔵。あまりの縄数に地蔵がどんな形状なのか全くわかりません。f:id:wave0131:20191007130454j:plain

▼目隠しもされています。人々が1本100円の「願かけ縄」を地蔵に巻きつけ、盗難除け、厄除け、縁結びなどの願いを託すそうです。f:id:wave0131:20191007130500j:plain地蔵さんに限らず、観音、不動などが洗われたり、水をかけられたり、赤いお札や金箔を貼られたりして、人々の願いを聞きとめます。

しかしここでは「縛る」のです。縛る形は他では知りません。この寺だけではないでしょうか?

それにしても、なぜ「縛る」?

自分の痛いところと同じ箇所にいろんなものを貼る発想は分かります。

しかし「縛る」発想は普通では出てきません。

まさか地蔵さんは「M」ではないし・・・。「M」と言うとプリプリ奥田? 今は岸谷?

全く関係ない、バチアタリな話になりそうです。やめます!

f:id:wave0131:20191007130503j:plain願いが叶った時点で地蔵さんの縄は解かれるそうです。

なぜ「しばり」なのか?

大岡政談の故事に発し、南蔵院のHPに詳しい。

shibararejizo.or.jp

大岡越前守の裁きによって生まれた「しばられ地蔵」ですから、寺の創建は平安時代でも「しばられ地蔵」は江戸時代からのもの。

まったくもってよくできた話ですので、現在まで人々の参拝と願いが絶えないのでしょう。

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▼こちらは本堂f:id:wave0131:20191007130411j:plain▼2013年の訪問時には提灯が飾られていました。f:id:wave0131:20191007130331j:plain

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太子堂f:id:wave0131:20191007130323j:plain最澄聖徳太子を慕い、崇めたそうです。他の宗派でも聖徳太子像は見られますが、特に天台宗の寺に多く見られるのは、最澄聖徳太子観によるものかしら?

 

▼「出世牛」? う〜〜〜ん、風雨にさらされたのか、触られ過ぎなのか、ネズミにようになってしまっている。

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地蔵堂の裏側に回ってみます。「水子地蔵」です。f:id:wave0131:20191007130439j:plain

▼そして「水琴窟」がありました。f:id:wave0131:20191007130436j:plain

▼「つくばい」の水が地中に埋めた甕に滴ります。その反響音を聴きます。f:id:wave0131:20191007130431j:plainこんな侘び寂びの極みのような仕組みは、日本にしかないものでしょう。f:id:wave0131:20191007130427j:plain

曼荼羅を模している配置のようです。f:id:wave0131:20191007130423j:plain

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▼寺は東京23区内ですが、ちょっと先は埼玉県三郷市。そんな地域ですので広い境内も庭もゆとりある造りにできるのでしょう。f:id:wave0131:20191007130416j:plain

▼山門の脇はお休み処。f:id:wave0131:20191007130353j:plainこちらで御朱印をいただけますが、書置きのみの扱いのようです。f:id:wave0131:20191007130401j:plain

▼寺が元々の位置、現在の業平橋スカイツリーの下にあれば、ここが Cafe になっていた事、間違いないでしょう。f:id:wave0131:20191007130357j:plain寺までは、JR「金町駅」北口からバスも出ていますが、歩いても15分以内。

季節の良い時に、ぜひ訪問してみてください。

 

甚目寺・漆部神社の御朱印(愛知・あま市)〜古い記憶の「じもくじ」探し

鳳凰山 大徳院 甚目寺御朱印です。(真言宗智山派・愛知県あま市甚目寺東門前)f:id:wave0131:20191007145044j:plain

「大悲殿」のご朱印は「東海百観音」など複数の霊場御朱印となっています。

 

▼同「東海三十六不動」のご朱印f:id:wave0131:20191007145039j:plain

▼同「尾張霊場」のご朱印f:id:wave0131:20191007145048j:plain

漆部神社ご朱印f:id:wave0131:20191007145035j:plain

漆部神社(ぬりべじんじゃ)」は、かつては甚目寺の鎮守社で、寺に隣接して鎮座しています。

 

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甚目寺は創建が推古天皇の時代まで遡る古い、古い、歴史ある寺です。

f:id:wave0131:20191007145140j:plainその古さにはかなわないものの、この町には個人的な古い記憶があります。

御朱印に興味を持つ人に個人を語っても誰も読みません。以下写真だけご覧ください。f:id:wave0131:20191007145136j:plain

ごく幼い頃の自分の甚目寺は「じもくじ」でした。

寺の名前ではなく、祖母と何らかの関係にあった、祖母より少し年下の年配の女性が住んでいる町の名称でした。f:id:wave0131:20191007145131j:plain祖母が親しかった女性は祖母と何らかの血縁関係だったのか、別な関係だったのか詳細は未だ知らずにいます。しかしその女性は裕福だったことだけは確かでした。

おそらくその女性のご主人、もしくは家族が甚目寺のある企業で有力な地位についていたようです。その企業は現存し地元では誰もが知っている企業に成長しています。

f:id:wave0131:20191007145127j:plain当時その女性の生活環境と祖母のそれとは異なり、我が家は巷の平均的貧しさで決して裕福ではなく、タワマンとアパートくらいの違いがあったかもしれません。f:id:wave0131:20191007145122j:plainそれでも甚目寺の女性は、ワタシの祖母を頼りに、彼女の住まいに比べたら粗末で狭く、また日々の食事内容も劣る三河の我が家にタビタビ遊びに来て、楽しそうに数日滞在しては帰っていきました。f:id:wave0131:20191007145153j:plain母はその都度、姑とその客に気遣って、右往左往。彼女がやるべき仕事量が増えました。豪華でもない食事で、もてなす事は母にとっては屈辱的だったかもしれません。それでもその女性を嫌っていた訳ではないようでした。

親戚でもないので家同士の交流があったわけでなく、祖母とその女性2人だけの付き合いだったようで、田舎を離れたワタシは現在まで女性の名前さえ忘れていました。

f:id:wave0131:20191007145150j:plainある日、祖母は幼いワタシを連れて甚目寺のその女性宅へ連れて行ってくれました。

1泊か2泊の訪問でしたが、人見知りで引っ込み思案だった幼いワタシは一人退屈していました。女性の家や町がどのようであったかは全く記憶がありません。

f:id:wave0131:20191007145117j:plain全ては朧げな僅かな記憶しかありませんが、孤独な子供は甚目寺田圃の畦道にしゃがみ、一人カエルの鳴き声を聞いていた記憶だけは鮮明に残っています。

f:id:wave0131:20191007145113j:plain当事者二人がとっくに亡くなっている現在、家同士は全くの音信不通。

今回訪問したのは、僅かな記憶の風景を探すことを目的とした田んぼの「じもくじ」と、ご朱印目的の寺の「甚目寺」でした。

御朱印は目的がかなったものの、幼い目に映った風景を見つける事はできませんでした。分かっていたことではありますが・・。

 

寺の「甚目寺」は当然初訪問。あたりまえですが、記憶の中の「じもくじ」とのギャップは大き過ぎました。

 

▼寺の西に境内つながりで漆部神社があります。f:id:wave0131:20191007145203j:plain

文字通り「漆(うるし)」「漆器(しっき)」の神社です。f:id:wave0131:20191007145207j:plain

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▼「漆」や「漆器」を扱う人たちの神様が祀られているようです。f:id:wave0131:20191008173506j:plain
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f:id:wave0131:20191007145222j:plain広い境内に大きな寺と神社でしたが、参拝者の人影は見あたりません。

幼い頃の広い大きな田んぼにも人影はなかったように記憶しています。