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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

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七社神社の御朱印(東京・北区〜)〜サクラ、アジサイ、イチョウの時季の訪問がベスト

七社神社御朱印です。(

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御朱印を数多くいただくようになって、様々な朱印と対面することになりました。

 

チョー達筆な筆文字の御朱印、そうでもない筆書きの御朱印

最近ではキラキラ御朱印

さらにハッとする緊張感のある御朱印や、ホッとする御朱印などなど、

一つひとつはそれぞれの寺社の「カオ」とも言えます。

 

七社神社」はなぜか、眺めていてホッとする御朱印です。

 

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七社神社本郷通り沿いにあり、本郷通りは江戸時代には将軍が日光東照宮に参詣するための街道「日光御成道」とも呼ばれていました。

また岩槻藩の参勤交代の道でもあったので岩槻街道とも呼ばれていました。

 

▼街道ですので一里塚が残っています。23区内では珍しいことです。f:id:wave0131:20200326195608j:plain日本橋から2つ目の一里塚です。当時の榎の木は枯れてしまい新しく植えられましたが、当時の位置のまま保存されている一里塚は、ここ西ヶ原と板橋・志村の2ヶ所だけだそうです。

 

▼一里塚の近くの本郷通り沿いに七社神社の一の鳥居が境内に誘っています。f:id:wave0131:20200326195617j:plain

▼二の鳥居になるのでしょうか。f:id:wave0131:20200326195628j:plain

七社神社の南、旧古河庭園のそばに「江戸六阿弥陀」第三番の「無量寺」があります。

▼当時の江戸名所図会にも「無量寺」と、神社が「七の社」として描かれています。

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図絵は神社でいただいた由緒書きにも掲載されていますが、神仏分離以前は別当寺の無量寺旧古河庭園内の神社は当然隣接していたようです。

七社神社の創建は1793年の火災により記録を失い不詳のようです。f:id:wave0131:20200326195623j:plain

七社神社と名乗っていますので伊邪那岐命はじめ七つの神様が祀られています。f:id:wave0131:20200326195635j:plain

七社神社は同名の神社が全国にありますが、四社、五社という神社もあり、五所、六所神社や、五柱神社というのもお目にかかります。

ほとんど同じような意味でしょうね?

いくつかの神を合祀、またはいくつかの社を一つにして二、三、四・・・という名称になったのでしょう。f:id:wave0131:20200326195713j:plain

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▼いくつかの境内社があります。菅原神社三峯神社f:id:wave0131:20200326195644j:plain稲荷社です。f:id:wave0131:20200326195647j:plain

▼現在の七社神社の境内は元々はこの「一本杉神明宮」の社地だったそうです。f:id:wave0131:20200326195655j:plain

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▼こちらは熊野神社f:id:wave0131:20200326195659j:plain

願掛け公孫樹の周りには、たくさんの絵馬が掛けられていました。f:id:wave0131:20200326195703j:plain

イチョウと言うとイチョウ並木がイメージにあって、その木はスラッーと細長いものですが、寺社に立つイチョウは大概巨木でオドロキます。

訪問時は5月でしたので境内は新緑に染まっていましたが、秋には黄金色に染まることでしょう。また春には、社殿前の八重桜が紅白に彩るそうです。

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桜の有名スポットは神社の西隣りに飛鳥山公園があります。

その公園と神社の裏は北に向かう新幹線、東北線湘南新宿ラインなどいくつもの鉄道が走っています。

 

▼その鉄路と飛鳥山公園の間に細い道があり「飛鳥の小径」と名付けられています。f:id:wave0131:20200326195723j:plain

▼何の事はない飛鳥山の崖下の道です.f:id:wave0131:20200326195728j:plain

▼しかしこの小径、時期になると驚くとこになります。f:id:wave0131:20200327190255j:plain<a href="https://www.photo-ac.com/profile/1677491">かきつばた</a>さんによる<a href="https://www.photo-ac.com/">写真AC</a>からの写真

▼5月のこの時期は花を咲かせようと、ジリジリとスタンバイしています。
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▼せっかちにもフライングした花も見受けられました。f:id:wave0131:20200326195733j:plain

ぜひ、紫陽花が満開時に訪問して記事にしてみたいものです。

鶴峯八幡宮の御朱印(茨城・古河市)〜江戸川堤防沿い イエローに包まれる菜の花道を北上

鶴峰八幡宮御朱印です。(茨城県古河市中田)f:id:wave0131:20200325153150j:plain

授与所には境内社二社の御朱印を含め、何種類もの御朱印サンプルが並んでいました。

スタンダードな神社印と令和の御朱印をいただきました。見開き扱いでした。

神社印は鶴が羽ばたいているデザインでしょうか? 「令和」の筆書きとともに見事な筆さばきです。

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▼神社は茨城県の最西端にあります。日光街道東北新幹線の西になりますので何となく茨城県という感じがしません。ほとんど群馬か栃木というイメージです。

車でないと訪問しづらい神社で、鉄道ですと東北本線の「栗橋駅」からタクシーかバスになりそうですが、バスは1日3便しかないそうです。

 

下道で自宅から北に向かう場合、google map は国道4号線日光街道を使わせません。

▼小岩近辺から野田を抜けるまで、ひたすら江戸川堤防下の道を走るように誘導されます。もう何度も使わせられた道ですが、今回の光景は初めて!
f:id:wave0131:20200325153204j:plain江戸川堤防は菜の花が満開でした。それも延々と続きます。気が遠くなるような菜の花の数でしょう。f:id:wave0131:20200325161753j:plainしかし堤防沿いの道路は延々と狭いのです。信号はほとんどありません。

空いている道なので他の車も結構なスピードで走ります。

菜の花の道を行くようでとても気持ちが良いドライブのですが、対向車とすれ違うのにもほとんどギリギリに近い道幅は気を抜けません。f:id:wave0131:20200325153208j:plainそんな道路なので一般的な車についているカーナビは誘導しない道です。

たまにスリルある道に誘導させる google map のコワイところでもあります。

 

▼そんな道を含め、1時間40分ほど費やして10時頃神社に到着です。f:id:wave0131:20200325153212j:plain何かと特徴ある御朱印で目を引く神社ですので、参拝者も多いのかなと思いきや、他に訪問者は見当たりません。f:id:wave0131:20200325153216j:plain朝10時というと神社参拝には決して早い時間ではないのですが人はいません。

▼でも八部咲きのサクラはキチンと参拝者を迎えてくれます。f:id:wave0131:20200325153220j:plain一の鳥居も二の鳥居も幟が立てられています。神社が息をしている合図です。f:id:wave0131:20200325153225j:plain

▼手水社には珍しいミニ手押しポンプです。ちゃんとポンプの上下で水が出ました。f:id:wave0131:20200325153235j:plain

▼手水社の裏にはこちらもミニの傘が満開。どうやらおみくじのようです。f:id:wave0131:20200325153336j:plain寒くなく、暑くもなく、桜の花の下の境内は気持ち良い春を独り占めでもったいない気がします。f:id:wave0131:20200325153354j:plain鶴峯八幡宮」は「つるがみね」と呼ぶそうです。

しかし神社でいただいたハサミ紙のHPアドレス案内には「tsurumine.jp」となっていて「」がありません。どちらでもよい事ですが・・。f:id:wave0131:20200325153359j:plainところで「」の文字が使用されている神社は数多くあります。なかでも「鶴」は多くあって「鶴」「鶴」だったりしますが。読みは少しづつ違うかもしれません。f:id:wave0131:20200325153244j:plain千葉県には「鶴峰」と呼ばれる神社が三社もあるとか。

そのうちの市原市にある「鶴峯八幡宮」は未訪問ですが、やはり御朱印が人気で「関東三鶴」とも呼ばれているそうです。f:id:wave0131:20200325153248j:plain関東三鶴」とは鎌倉市鶴岡八幡宮館山市の「鶴ヶ谷八幡宮」の三社だそうです。f:id:wave0131:20200325153251j:plainこの神社はそんな「関東三鶴」とは関係のない古河の「鶴峯八幡宮」ですが、一の鳥居の幟には「源頼朝創建 鶴岡八幡宮 分祀」と書かれていましたので「関東三鶴」と全く無関係とは言えません。f:id:wave0131:20200325153256j:plain

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▼流造りが美しい本殿です。f:id:wave0131:20200325153329j:plain

▼社殿裏にある御神木は3本連なっていました。「樫」の木だそうです。f:id:wave0131:20200325153319j:plain

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▼こちらは日光街道旅の神」。江戸時代から日光街道を行き交う人々が旅の安全と足腰の健康を祈願したのでしょう。f:id:wave0131:20200325153259j:plain祈願法は左・右・左の足踏みを3回繰り返すそうです。それにしても日本にはいろんな神がいるものです!f:id:wave0131:20200325153303j:plain

境内社の「丸山稲荷神社」は御朱印をいただけます。f:id:wave0131:20200325153307j:plain

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▼いくつもの神社が集められています。f:id:wave0131:20200325153314j:plain

▼「春日稲荷天神社」は「握り参拝」と言って、願いを込めて鈴の緒の先に付けられた「」を握るそうです。f:id:wave0131:20200325153345j:plain本社の拝殿で柏手を打ち、旅の神社で足踏みし、天神社でニギニギする、と何かと楽しく忙しい神社です。f:id:wave0131:20200325153230j:plain

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▼「鶴岡八幡宮の御榊」は鎌倉からこの神社にいらしたものなのでしょうか?f:id:wave0131:20200325153349j:plain

▼最後に地元古河出身の自由民権運動従事者「小久保城南」に挨拶して帰ります。f:id:wave0131:20200325153340j:plain明治期の自由民権運動さえもよく知らないので、本当は全く知識ない人ですが、

ハイ!お辞儀!!

 

帰る頃には他の参拝者の車が2台、3台と現れました。

やはり地方ナンバーでした。

弘福寺の御朱印(東京・墨田区)〜遊書というか オドロキのデザイン墨文字の御朱印

▼牛頭山 弘福寺御朱印です。(黄檗宗東京都墨田区向島五丁目

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これは読めます! というか、どこかで目にしています。横浜中華街だったかしら?

招財進宝と書かれています。正確な意味はわかりませんが、何となく文字だけで「財を招き宝が進んでくる」というふうに理解できます。

4文字で「宝船」の形を表しているそうです。

 

▼同じく弘福寺「満徳」御朱印。多くの徳の行いという意味でしょうか?

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興福寺隅田七福神 布袋尊」2013年の御朱印f:id:wave0131:20200324182917j:plain

それにしても見事なデザイン文字です。

「招財進宝」のデザインは華僑の間で古くからあるものですが、布袋尊弘福寺のオリジナルデザインでしょう。

いきなり見せられたら読み取れませんが「遊」んでいる素晴らしいデザイン文字です。

 

▼おとし玉をいただきました。中に御朱印と同じ文字の「招財進宝」のコインが入っていました。財布に入れておくと財を招くかも?f:id:wave0131:20200324182931j:plain

御朱印スカイツリーを背にした授与所でいただきます。f:id:wave0131:20200324183136j:plain

御朱印は4種類。それぞれ番号付きで何が書かれているか案内されています。七福神の「布袋尊」は正月七草までの授与のようです。f:id:wave0131:20200324182938j:plain

▼こんなふうに見開きで連続していただけるようです。f:id:wave0131:20200324182941j:plain

 

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弘福寺の隣は隅田七福神長命寺があり、近くには三囲神社牛嶋神社もあります。

江戸時代に大光普照国師 隠元が開いた禅宗のひとつ、黄檗宗の本山は京都の萬福寺です。

 

▼東京では黄檗宗の寺はそれほど多くありませんが、どの寺も中国的な雰囲気を感じさせられる建物が目につきます。f:id:wave0131:20200324183010j:plain

▼山門の扁額は草書で読み取れませんので、住職にお聞きしました。f:id:wave0131:20200324183127j:plain住職「山門ねぇ? 何と書いてあったかなぁ

「ええっ!!?」どういうこと?

撮影した上の写真を見せました。

住職「あぁ、牛頭山!ごずさん です

 

牛頭天王」は、近くの牛嶋神社地主神として古くから祀られていたことに由来するそうです。かつては牛嶋神社弘福寺は隣接していたようです。

 

▼本堂もやっぱりどこか中国っぽいです。屋根の反り具合や装飾がそのように思わせる気がします。f:id:wave0131:20200324183132j:plain

▼左右の丸窓は黄檗宗の特徴です。f:id:wave0131:20200324183018j:plain訪問したことはありませんが、京都の萬福寺にとても似ている作りの弘福寺の本堂だそうです。

 

▼本山 萬福寺と同じ「大雄寶殿」です。f:id:wave0131:20200324183058j:plain

▼「弘福寺f:id:wave0131:20200324183140j:plain

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▼山門の屋根にもありましたが、本堂の鴟尾はマカラと言って「ワニ」だそうです。f:id:wave0131:20200324183102j:plain

隅田川七福神 布袋尊の石碑ですが、布袋さまは本堂内にいらっしゃいました。f:id:wave0131:20200324183124j:plain

福徳円満の布袋は弥勒菩薩の化身とも言われています。f:id:wave0131:20200324183030j:plain

▼本堂から振り返る境内です。f:id:wave0131:20200324183034j:plain

▼梵鐘は1688年鋳造の古いものです。ここでも「ワニ」が威厳を強調しています。f:id:wave0131:20200324183023j:plain

▼こちらは「咳の爺婆尊」。f:id:wave0131:20200324183015j:plain弘福寺のHPからの引用です。

人呼んで「咳の爺婆尊(せきのじじばばそん)」と称し、口内にやむものは爺に、咳をやむものは婆に祈願し、全快の祈り、煎り豆に番茶を添え供養する習わしが伝わっています。

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▼神社や寺院境内で度々見かけますが、大きさを実感させるためか、装飾や造りを確かめさせるためなのかよくわかりません。
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▼出ました! 亀の姿の台座は「亀趺(きふ)」です。呼び名は覚えましたが、イマイチ理解できていません。f:id:wave0131:20200324183109j:plain

▼こちらも「亀趺(きふ)」の上に墓石が建っています。文学者でもあった因幡国若桜藩の藩主 池田冠山の墓だそうです。f:id:wave0131:20200324183113j:plain

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▼本堂左手に広くはないのですが、きれいな庭が広がっています。f:id:wave0131:20200324183054j:plain23区内ですと神社に庭があることは少ないのですが、寺には落ち着いた庭が多く見られます。f:id:wave0131:20200324183041j:plain基本的には神社は神が住まう建物で人の住居ではなく、寺は修行や神社の管理人が住む場所ということから庭の有無に繋がっていくのでしょうか?f:id:wave0131:20200324183050j:plainみかんの木の実も禅の言葉「百花春至 爲誰開」に通じるかもしれません。

▼「ありがとうございました」観音様にも挨拶して帰ります!f:id:wave0131:20200324183045j:plain

wave2017.hatenablog.com

 

密蔵院の御朱印 2(埼玉・川口市)〜前回訪問はPINK全開、2回目訪問はGREEN全開の境内

▼海壽山 密蔵院 武州川口七福神御朱印です。

真言宗智山派・埼玉県川口市安行原)f:id:wave0131:20200324184423j:plain

密蔵院 本尊 延命地蔵 2015年の御朱印

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密蔵院 不動明王 2015年の御朱印f:id:wave0131:20200324184427j:plain

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▼「密蔵院」隣の「九重神社」参拝の帰りに寄り、2度目の訪問となりしました。

▼前にも記事にしてますが、安行は園芸農業の町です。街には園芸の看板が連なっています。f:id:wave0131:20200324184623j:plain

▼ですから、当たり前に緑多い町ですが、園芸業の並びにはこんなドームも・・・。f:id:wave0131:20200324185923j:plain何かの店ですか? 元は電車なのか? 何なのか分からない不思議な形容をしています。

 

▼密蔵院を最初に訪れたのは3月の彼岸時。その時は「安行桜」が寺の周辺を濃いピンクに染め上げていました。f:id:wave0131:20200324184438j:plain 今回訪問は7月。寺周辺と境内はサクラの木を始め様々な草木が濃いグリーンに覆われていました。f:id:wave0131:20200324184447j:plainいつものことですが前回訪問時は慌ただしい時間の中、さらにたくさんの桜見物の人々の中で、そそくさと寺を後にしています。

 

山門はもと島津藩江戸屋敷からの移築だそうです。f:id:wave0131:20200324184451j:plain「九重神社」参拝の帰りで、“ついで” と言っては寺に失礼ですが、少しゆっくり境内を見て回ることにします。f:id:wave0131:20200324184442j:plain▼参道を進めば自動的に「四国八十八ヶ所のお砂踏み」となるようです。f:id:wave0131:20200324184456j:plain「お砂踏み」は各地の寺で数多く見られます。それだけ有難く、人々が巡礼を望めども四国は、なお遠い地であることをものがっているのでしょうか?f:id:wave0131:20200324184505j:plain

▼本堂のこの扁額、読めません! 最初は梵字? 一番下の文字は「殿」?f:id:wave0131:20200324184509j:plainそれにしてもこの寺は一点の乱れもない境内と建物で、この時期グリーンが綺麗です。f:id:wave0131:20200324184501j:plain境内は「広大」とは言えなくとも、そこそこの広さを持っていて、キレイメな堂宇が点在しています。f:id:wave0131:20200324184524j:plain

▼「不動堂」内の明王にも挨拶して、お姿もハイシャクです。f:id:wave0131:20200324184528j:plain

▼「松雲閣」と呼ぶようですが用途不明?f:id:wave0131:20200324184615j:plain

▼鐘楼は特に年代を重ねているとか、特徴的なものの説明はありませんでしたが絵になっています。この寺の中で唯一朱色をアピールする柱のせいでしょうか?f:id:wave0131:20200324184532j:plain

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▼寺は真言宗ですので空海さんかと思いましたが、別の「お大師」さん「興教大師」でした。覚鑁上人 ( かくばんしょうにん )です。f:id:wave0131:20200324184514j:plain寺、宗派、人物などの難しい話は、聞き覚えのアヤシーもの!

▼確実に興味ある「竹の小径」を進みましょう。f:id:wave0131:20200324184556j:plain京都には激混みの「竹林の道」があります。伊豆修善寺にも「竹林の小径」があります。どちらも海外からの観光客で埋まっています。

▼川口「竹の小径」は空いてます。小道の名称は各地でそれぞれ微妙に違います。f:id:wave0131:20200324184551j:plainそして密蔵院はそれほど大きくない寺ですが、緑深い、人のいない境内は観光寺に負けない魅力を備えています。f:id:wave0131:20200324184601j:plain

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隣接する「九重神社」は、特徴的な御朱印で一時?人気でもありました。


日本国中キですので、現在の九重神社の人気度は予想もつきませんが、ハデを売り物する御朱印は次々に、そのハデさを飽きさせないものにしないと人気を継続できないはずです。

 

御朱印収集者をターゲットにした競争でもあり、奪い合いでもある姿ですが、それだけでは寺社の人気は長続きしないでしょう。

 

そんな中で「見せられる」境内造りにも尽力している寺社は、ブームの御朱印とともに生き続けられるかもしれません。

 

伊勢神宮 内宮 外宮の御朱印 〜究極の簡潔!完全無欠な神々のサイン

神宮 内宮御朱印です。f:id:wave0131:20200324194835j:plain

神宮 外宮御朱印f:id:wave0131:20200324194831j:plain

伊勢神宮ほどシンプルな御朱印は、他ではなかなかお目にかかれません。

そのシンプルさは揺るぎない「神宮」の2000年の歴史、誇り、威厳、自信、唯一などを表し、完全無欠の御朱印なのでしょう。

 

伊勢神宮御朱印に「限定」とか「月替り」はあり得ず、無用です。

まさに「神のサイン」そのものと思います。

 

しかし「御朱印」という言葉がマスコミなどで流れ始めてからは、「どこの」より「どんな」が重要視されるようになっています。

神仏のサイン」も「どんな」に動く寺社と、山の如く動かない寺社とがあるようです。

 

本来、国内に「神宮」は一つです。

わざわざ「伊勢神宮」と地名を冠する必要はなかったのです。

しかし、日本書紀には「伊勢」「石上」「出雲」の三社のみが「神宮」と記されているそうです。

 

その後の延喜式には、伊勢の「大神宮」、関東の「鹿島」「香取」がそれぞれ「神宮」と表記されているそうです。

 

明治以降は、IQの低い身にとっては、その解説がとても理解できない状況や理由により、社号を「神宮」と改める神社が数多く現れています。

 

と言っても八幡社稲荷社諏訪熊野ほど多くはありません。

 

ということで、神宮と名乗る神社がいっぱい出来てしまった日本ですので、混乱を避けるため「伊勢神宮」と呼ぶのでしょう。

 

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日本で一番有名な「神社」ですので、記事内では「ごたく」は全く不要でしょう!

しかし、訪問したのは20年に一度の「式年遷宮」の年。

▼その年のGWに訪れていますので人出が気になりましたが案の定です。f:id:wave0131:20200324194846j:plain

五十鈴川に架かる宇治橋も人を避けて撮影できません。禊どころじゃありません。f:id:wave0131:20200324194901j:plain▼何が何だかわからず人の波に押し流されていきます。f:id:wave0131:20200324194856j:plain

▼通勤ラッシュの車内のような息苦しさの中、後ろから押されて悠長に柏手を3つ打っている間もありません。f:id:wave0131:20200324194851j:plain▼参拝もママならなかった境内を早々に離れて「おかげ横丁」に「憩い、救い」を探し求めましたが、「アマイ!」ここも人 人 人・・で渋滞気味。オマケに暑い!f:id:wave0131:20200324194905j:plainKO!された内宮参拝に懲りて、

▼翌朝の早くに外宮を訪れます。f:id:wave0131:20200324194909j:plain早起きは苦手ですが、やはり神社は早朝に限ります。f:id:wave0131:20200324194914j:plainこの時は朝6時頃だったと思います。さすが観光客は少数。f:id:wave0131:20200324194926j:plain前日日中の内宮とは対照的に、どの宮もゆっくり参拝することができました。f:id:wave0131:20200324194922j:plain

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神宮は1300年続いている20年に一度という「式年遷宮」が、求められる趣旨にそぐわぬということで世界遺産の仲間に入れませんが、熊野三社などとは別にやはり「日本人の心のふるさと」かもしれません。

 

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