御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

星の数ほどある御朱印ブログとは異なるナナメで、ドクっぽくて、全く役に立たないブログをどこまで続けられることやら!

べったら市を覗いてきた、未経験者は来年のこの日を忘れるな:御朱印:宝田恵比寿神社・椙森神社

毎年10月19日と20日に日本橋大伝馬町一帯でべったら市が開かれる。

この2日間の日にちは曜日に左右されず固定されている。

「べったら市」で記憶しており、何回も出かけてはいるのだが、実は「えびす講」だと言うことを知ったのはそんな遠いことではない。

以前は、えびす講と言えば関西の商売繁盛の祭りだと勘違いしていた。

なにしろ東京では「えびす講」では通用しない。

「べったら市」で知られていて、一般の人は誰も「えびす講」とは言わない。

 

PR用のチラシも「べったら市」だ。

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えびす講が行われる神社は、関東だと東京と栃木・群馬・神奈川のそれぞれ数社だけ。

関東より北の地でえびす講が行われる神社はなさそうだ。

やはり西日本に多く、京都・大阪・兵庫には集中している。商売はやはり上方なのだ。

 

東京ではここの日本橋大伝馬町のほか、渋谷区の山手線駅名にもなっている恵比寿神社が有名らしいが行ったことがない。

いずれにしても「べったら市」と呼ぶのは東京だけらしい。

 

この日本橋の「べったら市」には宝田恵比寿神社椙森神社の2つの小さな社があり、それぞれえびす講が行われる。

 

余計なことだが、この2社は日本橋七福神で、それぞれ恵比寿神を祀っているから、日本橋七福神は8社を巡ることになる。

べったら市の近くに江戸三十三観音の5番大安楽寺小伝馬町交差点脇にあり、目と鼻の先だ。人形町の3番大観音も歩いてもすぐだ。

 

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それにしても、幹線道路に挟まれたこの一画は露店だらけになる。

もちろん、大根1本1,200円のべったら漬けを売る店は何軒もあり、日本橋周辺の老舗も出店して、ひっくるめて500軒ほどになるそうだ。

神社の境内ではなく街中にこれほど多くの露店が出るのは、このべったら市だけしか知らない。

なにしろ東京中の露天商が勢揃いして、露天商の展覧会のような有様になる。

 

それにしても大根1本1,200円。べったら市を初めて知った時から倍になってしまった。

高級食品と表現するしかない!

べったら漬けに限らず、御新香・漬物の類はすべて庶民的な価格から離れようとしているように思えてならない。

高ければ買わなきゃ良い。しかし、炊きたての温かく美味しいご飯ならば、お新香と味噌汁があれば他はなくとも良い、と思うくらい漬物は庶民の必需品なのだ。

漬物にも裏切られそうだ。

 

そんな露店を左右にして雑踏を進むと宝田恵比寿神社の「参道入口」の案内が掲げられている。

参道と言ってもそんなものはない。やや広い一通がそのまま参道とされている。

f:id:wave0131:20171020142215j:plainなにしろ、この2日間と正月などの他は無人の社だ。それも普段ならばほとんど気づかずに通り過ぎてしまいそうな境内も無い小さな建物の神社だ。道路ギリギリに立つ石造りの鳥居があるから、やっと神社と理解できる。

だから普段は参道がない。

 

べったら市の2日間は、この大きな提灯が神社の目印。この下に社が鎮座する。

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f:id:wave0131:20171020142217j:plain昼、1時頃の様子。御朱印をいただく人が列をなしている。

見えないが、写真の左には神社をお参りする人も並んでいた。

こんなに並んでいるとパスするしかない。

 

椙森神社に移動してみる。歩いて5分もかからない。

f:id:wave0131:20171020142218j:plainこちらも小さい神社ながらも玉垣で囲まれた境内がちゃんとある。手水社、神楽殿など整っている。

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富塚。江戸時代この神社は富くじの前身的な富興業が行われていたとか。

「水をかけるな」と3ヶ国語で記された注意書きがあった。「富を水に流さないで!」だそうだ。富には縁がないから流れようもない。

ここでも御朱印の列があったが、先ほどの神社ほどではなかったからいただいてきた。

御朱印帳を持っていなかったから、情けないほど薄い紙に書かれたものをいただいてきた。3種類あったうちの一つ、500円。

その場で御朱印帳に揮毫いただく場合は500円で良い。しかし書き置きは300円にしてほしい。いつも思うのだが、500円ならば、もう少し用紙に気を使うとか・・・。

透けて見える、scanすると裏写りが避けられないほど薄い。

神社側の思惑も透けて見える。昨今、やむをえないでしょうが・・・。

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もう一度、宝田恵比寿神社に戻ってみる。

あらら、列が長くなってしまっている。

手前がお参りする人の列、奥が御朱印待ちの列。これは諦めるしかないわね。
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来年10月の19、20日は金・土になる。

未経験の方、ぜひともこの狂騒をご堪能ください。

御朱印の他に、必ずや記憶に残るものになりますよ!

 

数年前に「べったら市」の時にいただいた御朱印を掲載しておく。

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宝田恵比寿神社

東京から埼玉へ 武蔵野三十三観音❷:御朱印:8番 円乗院〜14番 妙善院

8番を除いて、14番までは埼玉県に入って、すべて所沢市内。

東京の喧騒を離れて、比較的にやや静かな地域になる。

所沢市は隣接する東京市部と比べると、その面積は抜群に広大だ。

かつては東京のベッドタウン的役割も担っていたかもしれないが、今やそんな気配は感じられない。

所沢に限らず「ベッドタウン」なんて言葉は死語になってしまったのかしら?

一昔前、団塊の世代がマイホームを東京郊外に求めた。

現在になって、その世代の息子、娘たちは、親の住まいを歓迎せず、自分たちの住まいを都心に求める。

東京中央区、湾岸部の江東区などのタワーマンションなどは出来上がる前から全て完売御礼のカンバンが掲げられる。

もちろん住むことが目的で購入するばかりではなく、投資目的の購入者も多いはずだ。

そんな数値を割り引いても、人の都心部一極集中はあきらかだ。

新築マンション着工件数の違いもさることながら、同じような条件、間取りでも所沢と東京中心部との価格差はある程度予想できる。

東京中心部から所沢まで西武線利用で乗車時間は1時間ほど。取り立てて長くはない。

しかし、今東京に職を持つ人が新たに住まい購入を考える場合、所沢をその選択範囲に入れる人の割合はかなり低いだろう。

 

比較的新しい武蔵野三十三札所も、23年後の2040年には開創100年になる。

その頃の所沢、東京の姿はどのように変化してるか想像を絶する。

街や人の暮らしは無常、常に移り変わるが、武蔵野三十三の札所とそこを巡る人たちの心は周囲の大きな変化にも惑わされず、年月を重ねる度にますます堂々とするだろう。

この部分だけは、きっと間違いないだろう。

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8番 愛宕山 圓乘院・真言宗智山派・東京都東大和市狭山

 

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9番 野老山 實蔵院・真言宗豊山派・埼玉県所沢市元町

 

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10番 遊石山 新光寺・真言宗豊山派・埼玉県所沢市宮本町

 

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11番 上洗山 普門院・真言宗豊山派・埼玉県所沢市上新井

 

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12番 梅林山 全徳寺・曹洞宗・埼玉県所沢市北野

 

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13番 吾庵山 金乗院(山口観音)・真言宗豊山派・埼玉県所沢市上山口

 

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14番 光輪山 妙善院・曹洞宗・埼玉県所沢市三ヶ島

 

米問題(続き)もうじき今年の新米が届く:御朱印:新潟県五穀神社・新潟白山神社・新潟大神宮

美味しかた米話題は、最後尾。

 

先に御朱印を掲載!

新潟県の魚沼や上越は別にして、新潟市内では御朱印がいただける有名寺院は見つけられなかった。もっとも、ネットでサラっとした事前知識だけなので当てにできない。

結局、新潟市内では前回掲載の「湊稲荷神社」と、以下の3社を訪れただけだった。

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白山神社護国神社も結婚式か、賓客があるのかわからないが、両社とも真っ赤な毛氈が敷かれていた。

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新潟白山神社新潟市新潟市中央区一番堀通町

 

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新潟県護国神社新潟市中央区西船見町

 

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f:id:wave0131:20171013184208j:plain坂口安吾生誕の地だ。

「私のふるさとの家は 空と海と砂と松林であった そして吹く風であり 風の音であった」

安吾の本は「堕落論」のほか2、3冊しか読んでない。すべて忘れている。

しかし、この碑文は自分の安吾イメージを覆す、詩的な言葉が並んでいた。

なにはともあれ、新潟市内で一番印象的なヤシロだった。

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新潟大神宮・新潟市中央区西大畑町

 

古町を歩いてみたかったが時間がない。車で流しただけだった。

集印者は何処を訪れても時間がなく、初めての町でも一般的な観光場所に時間の多くは割けない。

新潟市内を訪れるのは初めてではないものの、全く知らないに等しい。

「白壁通り」なんていう一画があった。

古い町並みはダイスキだ。ちょっと時間を取って歩いてみた。

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f:id:wave0131:20171013184203j:plain感激することの少ない人間にとっては、どうってことなかった。

「白壁通り」という案内柱も遠慮がちだったしねっ。

 

坂口安吾生誕の地でもある新潟大神宮の近くに「風の館」がある。

この作家の文学館的施設で遺品・所蔵資料などが展示されている。ガイドさんもいる。

しかし、坂口安吾! 興味ある人は少ないわよねぇ。

GWなのに訪問者は他一組だけだった。

館内を30分ほど見て回った。あと30分ほど時間が欲しかったわね。

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何処へ行っても、こんな調子だ。上っ面だけスッスーという感じ。

寺社そのものが観光地となっている京都などだったら、それで良い。集印も同時にできる。

しかし、他のほとんどの地は集印だけに終わり、街並み・主な観光場所とは無縁になる。

「集印なんぞ忘れて一日街をゆっくり歩きまわってみたい」と思う。

現在進行形の集印者の方々には絶対ムリでしょうね。御朱印寺社訪問優先になる。

それでいいでしょう! ねぇ!!!

 

さて、前回の「米話題」の続き。

魚沼道の駅「雪あかり」で衝動買いした南魚沼産コシヒカリ「天地米」。

翌日友人からのプレゼントを予想できずに買った米だ。

そして友人がつくった岩船産コシヒカリ「農家自慢のお米」のイタダキ物。

この二つの味覚の違いは明確だった。

通常、もらいもの、タダに軍配が上がるが、評価を50%にしても「岩船産」が圧倒的な力を見せつけられた、味わわされた。

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それまで「岩船産」など知らなかった。

調べてみた。

ブランド米だった。そこそこのお値段だ。ウマイはずだ! と勝手に理解した。

古い友人はこんな米を創っていたのか?  友を、さらに見直した!

友人夫婦に感激を伝えた。

ダンナは米作りと岩船のウンチクを少しだけ披露した。自慢したい気持ちと、岩船がメジャーにならないジレンマが理解できた。

「毎年、新米ができたら、わけてもらえる?」あたりまえに二つ返事でOK ! をもらえた。

そしてこの年、2015年から毎年「岩船産 コシヒカリ 玄米 30kg」が届くようになった。

 

しかし、ちょっとクセモノだった。

今年も来週にはクセモノかもしれない米が届くことになっている。

ニセモノではない、クセモノだ。

 

米が届いたら、もう1回、米話題にしよう、では・・。

 

 

 

 

 














 

新潟の友人がつくった米を貰った! 同じ米だ、何故こんなに美味い?:御朱印:新潟 湊稲荷神社

この日、車で東京を朝早くに出た。

首都高、上武道路、関越道と乗り分ける。

湯沢で関越を降りて魚沼までに点在する寺社を巡ったのだが、この周辺の寺社の話は別の機会にする。

下道の湯沢から石打を過ぎ、魚沼に向かう途中に道の駅「南魚沼 雪あかり」があった。

道の駅ダイスキ人間は当然寄り道する。

南西方向の山は、まだシッカリ残雪が見える。

苗場山白根山? 山は嫌いではないが 詳しくはないから名称は定かでない。

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しかし、少し蒸し暑かったように感じた東京とは違い、どうだ!このキリッとした空気は!

爽やかさいっぱいだ!

胸いっぱいに深呼吸する。

人は見当たらないこの景色を眺め、しばしノンビリしよう!と思った。

 

だが、ここ魚沼の道の駅は そんな細やかな贅沢も許してくれないようだ。

後方で気になるアナウンスが耳に入る。

「皆さん、おはようございます! 今日はこれから南魚沼産コシヒカリを大盛り大サービスいたします。でもたくさんの量を用意できませんでした。ここにある限りです。ご希望の方は順序良くお並びください」

正確ではないが上記のような内容のアナウンスが終わると、このテント内のお父さんの前に長蛇の列ができた。

いつものことで並ぶのは、年配女性がほとんど!

オバンたちはいつ、どこから湧いてきたのだ? まだ朝10時前だ。

確かに道の駅駐車場に観光バスは止まっているが、神出としか思えないように彼女らは現れて群がる。

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そして、このお父さん、タライに入れた米を枡に山盛りにし、それをビニール袋に移し、列を作っていたオバン一人一人に手渡していた。

1升枡だったか?山盛りにしたそのお値段は覚えてない。

お父さんの足元を見た。

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南魚沼産「天地米」しおざわコシヒカリの30kg袋。この袋を開けて、盥(タライ)の中にブチ撒けている。

これはもうホンマモンだ。

オバさんたちに負けずに並んで買うしかない! 

なぜだ?

東京なら「コシヒカリ」だろうが、「コシクダケ」だろうがスーパーやデパートでいつでも手に入る。

現地だからといって「安い、美味い」とは限らない。時にして現地だからと期待した分だけガッカリ?失敗することもある。

なのに並ぶ!

この時のセールストークに負けたのか?! 雰囲気が勝ったのか?

2袋買ってしまった!  もう一回言う、お値段は覚えてない。

 

なにが言いたいのか? メンドーーだ.

結局、後日帰宅後、食してこの時買った「コシヒカリ」に不満はない。

案の定、現地だからといって飛び抜けていたわけでなく、それなりの価格と、それなりの美味しさだった。

 

魚沼周辺の寺社を巡って夕方新潟市内に入る。いつものように安いホテルにチェックイン。

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前々から連絡してあった新潟市内に住む古くからの友人に久しく会う。

夫婦で現れた友は別のホテルのレストランに招いてくれた。

夫婦ともに東京に数年住んでいた。2人は結婚とともに男の実家がある新潟へ戻った。

何年も会ってなかったが、彼らは少しも変わってなくカワイイ夫婦になていた。

積もる話に場所を変えても、時間はアッと言う間に流れる。

深夜に戻ったホテル。7時頃から飲んでいたから即就寝。

 

翌朝、ホテル受付に預けられていた。

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ダンナが届けておいてくれたらしい。

新潟は岩船産の米10kg。

彼は越後下関の農家出身。今も田畑はあるが人に貸し、自分では少しだけ農業らしき真似事をしてるようだ。

田の賃料は現物で貰うこともあるらしい。そんな米の一部なのか詳細は不明。

 

東京に戻ってこの米を炊いていただいた。

新潟米と言えども、所詮米は米だ。

だが貰い物、タダほど美味しいものはないはずだ、と高をくくって口に入れた。

美味い!!!!

その程度の美味しさではなかった。

美味しさは飛び抜けていた。美味いぞー!

5月の事だから「新米」とも言えないのに、大袈裟だが、生まれてこんなに美味しい米を経験したことは無い。

全く大袈裟だ! しかしホントに美味しかったのだ。

普段、どれだけ安い米を喰ってるのか!? と疑われる。

いや普段も米だけは比較的高い米を仕入れている。

そしてこのブログでは基本「高価な美味い物」は紹介しない。

そんなものは、この東京では金さえ出せば、何処でもありつける。

だが、この米については、書かずにいられない。

米袋に記されている通り「農家 自慢のお米」だった。

 

この米問題はまだ先がある。

次回にします。

 

米を手にしてルンルン気分で訪れた新潟市最初の神社。

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東京から来た事を伝えると若い宮司さんがビックリしてた! おそらく呆れかえっていたのだろう。

「東京からこんな小さな神社までやってくるのか?」

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「願掛狛犬」?有名らしい。
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湊稲荷神社・新潟市中央区稲荷町

 

サッサと日光行きの準備をしろ! ノンビリしていると紅葉が終わる:御朱印:二荒山神社・中宮祠

東京を基点に日光への足を思うと、車より東武線を使う方がベストかも。

日光山内に着いたら、ほとんどの時間をそこで費やす事になり、車で移動する時間などないはず。

輪王寺東照宮二荒山神社、大猷院を巡って御朱印をいただいていたら、いろは坂を登り中禅寺湖まで行っている余裕は絶対ないわね。

それぞれの寺社でいくつもの御朱印をいただけるから全部欲しくなる。

そこへもってブームだから御朱印を求める人が並ぶこと必至。

さらに今年は東照宮の国宝、陽明門が化粧直しされ公開されているから、かなりヤバイ!

世界中の人が集まっているような思いにさせられるはず。

 

それでも行ってみましょう! Nikko !  Go !  Go !!

 

思い立ったら、東京は東武浅草駅へ。

浅草駅はアジア系などの観光客が溢れかえっている。

 

諸外国の観光客から何か尋ねられたら、日本人は「おもてなし」人間ばかりではないよ! と、かわしてホームへの階段を駆け上がればいい。

ワシだって、不親切ではない。「おもてなし」以上の行動に出る場合もある。

 

でも四六時中、相手にしてられない。自分優先でイイのだ。

いや、ホントーに困窮してそうだと判断した時は「めいあいへるぷゆー」と日本語で声をかけるときもある。

 

そんな事はどーでも良い。

ホームへの階段を駆け上がったら、発車の電光掲示板を見て、どれでも良いから一番早く発車する日光行きの電車に乗ってしまう。

乗車してからゆっくり考えれば良い。

乗ってるのは普通車?特急? どうにかなる! 途中で乗り換えればいいのだ。

f:id:wave0131:20171011204328j:plainきっと、間違いなくこの駅に着く。

駅を出て遠方に目をやれば日光連山の一部か、山並みが確認できて、日光まで来たんだという実感がわく。

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駅を降りて大混雑のバス利用も良いが、日光山内入り口「神橋」まで約1.5kmだ。

歩け!

歩道は、ソコソコ広い! スタスタ歩くにストレスは無い!

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迷う事は無い1本道だ。やがて神橋にたどり着く。f:id:wave0131:20171011204330j:plain神橋周辺は賑わっている。

車の人はこちら。

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天海僧正が迎えてくれる。

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山内に入れば紅葉が目立つ。
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東照宮ほどではないが、二荒山神社拝殿前はきっと列をなしている。f:id:wave0131:20171011204342j:plain

 

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日光二荒山神社・栃木県日光市山内

 

中宮祠は別時期、夏の写真。

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二荒山神社 中宮祠・栃木県日光市中宮

 

幸の湖?

 

奥日光湯元にある温泉神社無人御朱印中宮祠でいただける。

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温泉神社・栃木県日光市湯元

 

日光はどこにも逃げはしない。

だが、この時期の日光は「この時期」だけなのだ。

それ行けーーーーーーーー!!ニッコー!

八幡大神社❌ 禅林寺⭕️ 武蔵国分寺❌:御朱印:禅林寺

前回、武蔵野のイメージで太宰治の名を出した。

で、彼の墓を訪れてみたくなった。

 

東京の東端から三鷹まで下道をテクテク車を走らせようと思ったが、祝日の20号線はノンビリ走っていられなかった。みんなトバす。こちらもツラれて飛ばす。

前方とバックミラーを交互に見る。

これまで、何度スピード違反で白バイさんにお世話になったことか!

これ以上、白バイ屋さんの手を煩わせるわけにはいかない。

落とせ! スピード!!

ど田舎で軽に乗った気持ちで左車線を走れば良い。

 

しかし、地方に行くと必ず出会う軽は、法定速度5kmオーバー程でトロトロ「歩む」のだ。

ガマンしてお尻を追う。フラストが蓄積される。体に悪い。が、そのうちトロトロ軽は右左折して視覚から消えて前方が空く。ヤレヤレ!

地方の軽の殆どは遠くには行かない。地元だけで走っている。

東京でそんな軽との遭遇は、ごく稀だ。

 

東京の休日は、死語かもしれないが所謂「日曜ドライバー」的な操作の車が目立つ。

「オイオイ! なんなんだ!! その動きは?」「止まるんならウインカーくらい出せよって!」

昨今、車を走らせるのも「寛容」さが最も必要となる。

そんな事を思いながら車を進めれば三鷹に着いた。

 

太宰の墓は禅林寺。だが、そこの駐車場に入って、すぐ隣の八幡大神社に最初に寄る。

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「大神社」にしては参拝者は誰もいない。いや遭遇しなかった。

整えられた受付と社務所も閉まっている。

受付の右端のピンポンを押す。

3秒後「ハイ?」

「お忙しいところ恐縮ですが、御朱印を頂けますでしょうか?」

「んっ?あっ、 書き手が1日と15日しか居ないんですよ! ・・・ムニャムニャ・・」よく聞こえない。

何れにしても❌、頂けないな事は理解できた。

あえて聞きもしなかったが、書き置きの案内もなかった。

アキラメ!

この神社の御朱印をいただくのは困難だ。1日と15日!ならば戴けるとの事だが、書き置きもなければ、もうイイワ!

限定御朱印に近くなる、だから今後敢えて近寄らなくても良い事にする。

 

通常、御朱印は寺社側の好意だ。

好意が少なくとも文句は言えない。

 

で、第一目的の隣接する禅林寺に戻る。

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文学者の墓はあるが観光寺ではない。

この日も檀家らしき家の葬儀が行われているようで、その読経が聞こえた。

上の写真の左手奥に太宰、鴎外の墓の案内があった。

が、大して広くもない墓地内を右往左往しながら進んでやっと見つけられた。

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墓は太宰と鴎外が対面していた。

どちらも花と線香が耐えていないようだ。

隣の八幡大神社とは違って、2組の訪問者と出会った。

2組とも敬虔に墓に向かって長く両手を合わせていた。

そこそこ年配の2組は文学が友か、歴史が友か?

彼らは墓の写真を撮るのを遠慮していた。

バシャバシャ、カシャカシャ、iphoneとEOSのシャッター音を出しているワシは、もしかしたら間違っている? のかしら。変な気持ちになる。

彼らの眠りをジャマしたかしら?

墓から戻った寺務所では⭕️だった。

いただいた御朱印。珍しく黄檗宗だった。

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霊泉山 禅林寺黄檗宗・東京都三鷹市下連雀

 

御朱印八幡大神社ではペケで、禅林寺しかいただけない消化不良的気持ちをなだめるべく、少し足を伸ばして国分寺に向かう。

 

武蔵国分寺だ。もっとも名称を継承した寺というのが正解なのかしら?

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ここで本日2つ目の御朱印をいただこうとやってきました。

本堂から右手の庫裡らしき所に向かうと窓口に「本日は御朱印をいたしておりません」の下げ看板。アララ、ここも❌だ。

冷たいわねぇ。

せめて書置きくらい用意していただければ、と思ってしまった。

 

最近「本日は御朱印をいたしておりません・・・」という案内と度々遭遇する。

この「本日」というのは、どうやら集印者がある程度集中する日や曜日のように思えてならない。

度々だから様々に勘ぐってしまう。

要するに「メンドクサイ!」

いっそのこと「当寺、当社では御朱印をいたしておりません」の方が潔い、と思うのだが、ゲスのカングリだ!ろう。

 

何しろ、この周辺は歴史好き、寺好き、散歩、探索 など、その目的は様々だろうが人手が多い。

国分寺跡資料館、お鷹の道、真姿の池湧水群などが集中してるから当たり前か?

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池の周辺、遊歩道は人が絶えない。

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そして、武蔵野だ。

こんな明るい林が続くのが自分がイメージする武蔵野だが、残念ながら整備された一画。

23区内の公園でも見つけられるかもしれない風景だが、それでもこの奥深い雰囲気、匂いは23区内とは違っている。

 

数時間費やしても、いただけた御朱印は一つだけだったが、こんな時も多々ある。まるっきりカラブリではなく、お陰で別な側面に眼をやることができた。

マァ、いいかっ!って事にする。

 

武蔵野って? 武蔵野三十三観音❶:御朱印:1番 長命寺〜7番 徳蔵寺

「武蔵野」?

たびたび耳目に触れるから慣れた言葉だが、イメージだけが頭に浮かぶものの、その内容は人によって全く異なるように思う。

広葉樹の明るい雑木林、秋は黄葉、冬は枯木になる、今は失われた里山的風景がイメージされる。。

 

言葉通り「武蔵野市」と言うのがある。

武蔵野市は東京23区に住む人間には、吉祥寺と言った方が手っ取り早く伝わる。吉祥寺が若者たちにも人気の街のせいか、23区を除いた都下で人口密度が最も高いそうだ。1キロ平米に約13,000人とかだが、ピンとこない。100m四方に130人で、やっと何とか想像できる。

人口密度の高さは武蔵野のイメージとはかけ離れる。

 

玉川上水太宰治」リッパな武蔵野イメージだ。

三鷹に住んでいた太宰は、愛人と玉川上水で入水自殺している。この自殺は謎が多いようだ。増水していたとはいえ、現在の玉川上水からは考えにくい。

三鷹周辺も今や武蔵野のイメージとは遠い。

近くの井の頭公園や小金井公園なら、その面影をムリムリなら見つけられる?

 

さらに、国木田独歩の短編「武蔵野」、これも言葉通り。

100年前の作品だ。昔読んだ。ほぼ内容は忘れた。短編とはいえ、武蔵野の自然だけをよくもこれだけ語れるものだ、と驚きだったが、退屈でもあった。しかし絵画か映像のように武蔵野のイメージを伝えてくれる。

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万葉集にもうたわれている。
「武蔵野は月の入るべき山もなし
草よりいでて草にこそ入れ」

平安時代から武蔵野の名称はあったようだが、当時は林もない原っぱ、草原の起伏が広がっていたのか? まさに「野」だったのか。

 

その頃からおおよそ千年後の1940年、昭和15年に開創された「武蔵野三十三観音霊場」。

歴史は浅い霊場だが、この年2015年は御朱印に「開創七十五周年」の印が付け加えられていた。

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1番 東高野山 長命寺真言宗豊山派・東京都練馬区高野台

 

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2番 豊嶋山 道場寺・曹洞宗・東京都練馬区石神井

 

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3番 亀頂山 三寶寺・真言宗智山派・東京都練馬区石神井

 

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4番 光明山 如意輪寺・真言宗智山派・東京都西東京市泉町

 

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5番 宝塔山 多聞寺・真言宗智山派・東京都東久留米市本町

 

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6番 安松山 全龍寺・曹洞宗・東京都清瀬市中清戸

 

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7番 福寿山 徳蔵寺・臨済宗大徳寺派・東京都東村山市諏訪町
















 

早くも紅葉便りがNEWSに! どこかに行かねば!! 昇仙峡の3つの神社:御朱印:夫婦木神社・金桜神社

いきなり涼しくなった東京。

当たり前だ。いつのまにか10月に入ってしまってる。

時間と季節は時速500kmで、いや音速で移動しているのか?!

春の桜の季節は、秋の紅葉より短いせいか、近場で良い、遠方に出かけなきゃとは思わない。

だが秋は、とにかく1回や2回、遠方に出かけなければ、と無闇に追い立てられ、急かされるような気持ちに襲われる。

その焦りに似た感覚は何年も前から現在まで変わりなく続いてる。

そんな気持ちが、4年前に選んだ地はここだった。

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山梨県甲府の北にある昇仙峡。

常緑樹も多いから、全山紅葉、真っ赤、というようなイメージを期待して訪れるとガッカリする。

それでも、さすが紅葉の名所、訪れた人たちの気持ちをソコソコは満足させてくれるはず。

もっとも紅葉状況と天気のタイミング次第で、どの訪問地もイメージは大きく異なる。

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この渓谷の入り口から渓流の上流に向かう道は、紅葉期には車止めされ、人びとは、その渓谷沿いの道を紅葉を探しながら歩く。

もしくは「トテ馬車」なるものに乗って「仙娥滝」方面を目指す。

馬1頭が引く馬車に人が10人前後乗っている。

とても乗る気持ちにも、写真さえ撮る気持ちにもなれない。

サラブレットとは違い、脚の太い馬にとっては受難の季節だ。

ニンジン10本くらいじゃ、とてもやってられない。

 

しかし馬は従順だ。ゆるい坂道を優しい眼差しでうつむきながら、ひたすら歩みを進める。

はるか南の島、沖縄竹富島の浅瀬の梅では牛が同じような「仕事」をしてるのかしら?

 

動植物のいろんな保護と、虐待を声高々に唱え、嘆く人も観光地に来たら馬車には乗る、牛車には乗る。

人間はかなり勝手で、残酷な動物であることをつくづく思い知らされるわね。

 

いや、もしかしたら牛馬たちの方が達観していて、愚かな人間たちに苦役奉仕することに喜びを見出しているかもしれない。

 

いつもながら寺社、御朱印関連以外の記述が多くなる。

 

「トテ馬車」を引く馬がヒィーヒィーの体でたどり着き、一休みできる終点に1つの神社、さらにその山奥に、観光客の姿はほとんど見当たらない2つの神社がある。

 

「トテ馬車」終点、「仙娥滝」に隣接するような地の利にあるこの社は参拝者も多い。神社のご利益のせいか、若いカップルも多数。

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夫婦木神社 姫の宮・

 

揮毫の上、宮司自らがニコニコと応対しながらモミジの葉を貼っていただいた。

おしゃれだわね。全体のバランスが素晴らしい。

 

さらに姫の宮から山を登る形で夫婦木神社 上社?を目指す。

名称は同じ「夫婦木神社」で、下宮(姫の宮)・上宮と表記されることもあるようだが、その関係、繋がりを全く感じることはできない。

訪れる人の数の差か、全く別物のような雰囲気を感じる。

 

2つの夫婦木神社は、ほかの神社同様、願い事は何でもOKだが、神社名に背かず、それぞれ夫婦和合、子授けを強調している。

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この神社内には有料の見処があるようだが、その様子は想像できるからパス!

 

から、さらに高度を上げるように山道を進めると、この神社。

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思わず、キンザクラと読でしまいそうになるが「かなざくら」だそうだ。

 

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金櫻神社・山梨県甲府市御岳町

地理的なせいで、この神社は高度の低い先ほどの神社より、さらに訪問者が少なそうだ。

少し道を脇にそれるとダム湖と対面できる。荒川ダム

ぼけっと、ムダな時間を過ごすには最適。人がいない。

近頃の人間にとって、最も必要なモノは、ムダなのだ。

ムダな対象に、どれだけ時間を費やしてきたかで、ムダが無駄でなくなる。

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ムダなダムは、そこそこにして、山梨に立ち寄ったら「ほうとう」ですよ。

東京は何でもありだが「ほうとう」専門店は新宿に1軒あったような? あとは知らない。蕎麦屋がメニューの端についでに載せている事もある。

昇仙峡では、土産物屋の軒先など何処でも食べられる。しかし満足感は怪しい。観光地ならではのマイナス面さらけ出しの所もある。

 

で、初心者に間違いない店はここ。

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俗っぽくて 地元の「ほうとう通」にはバカにされるかもしれないが、初心者には確実だ。

甲府市内に数軒店を構えるから、昇仙峡観光の前か、後に寄るのがベストだよ!

 

部分的だが、またガイド的なツマラナイ内容になってしまった。

 

この程度が限界かしら?

 

[続き]鶴岡八幡宮は広大、わたしの心は狭小:御朱印:鶴岡八幡宮・旗上弁財天社

前回、

一の鳥居から段葛を歩いて神域に入ったが、段葛は築造当時は神の道。

神さまがお通りになるほか、当時の将軍か貴人しか通行出来なかったようだ。

平安京朱雀大路を真似たという見方もあるようだから、道路幅は広い。

段葛の両側、左右にそれぞれ車道と広い歩道が設けられている。

鎌倉駅を出てすぐ左に折れるのが八幡宮への近道だが、道の両側に土産物屋、飲食店が並び、いつもまっすぐ歩けないほど混雑を極めている。

しかし、モッタイナイことに段葛はガラガラなのだ。鎌倉に来る観光客たちの姿と目的をよく表しているわ。

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さて、三の鳥居を抜けて神域の境内に入ると源平池にかかる太鼓橋がある。

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ご覧のように渡れない。あちらこちらの太鼓橋は人が渡れないことも多い。神仏のための橋なんでしょうね。ここでは人は左右にある味気ない別の橋を渡ることになる。

 

橋の右側が源氏池、左が平家池。源氏池には3つの島、平家池には4つの島があるのだが、何処から見ても蓮の葉に覆われて何が何だかわからない。

俗にその島の数は、源氏の3(産)、平家の4(死)を表しているとか。

島数の様子は google map が一番わかりやすいわね。

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太鼓橋の右手の橋を渡るとすぐに源氏池の3つの島のうちの一番大きな島にかかる橋がある。

池にかかる橋というより、蓮にかかる橋で水面は僅かしか見えない。

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橋を渡った先に旗上弁財天社が鎮座する。鎌倉七福神の弁財天でもある。

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源氏復興のため頼朝が旗上げしたことに因むんでしょうが、社殿はまだ新しい。

この社殿の右手の社務所御朱印がいただけるが、正月後の数日というより1月中は大混雑のはずだ。おーヤダ!

広い境内道に戻って、流鏑馬馬場を横切る。

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10月1日はちょうど流鏑馬神事が行われていた。開始時間は2時間後だったからパス!

毎度のことだがこの日も事前知識なしで来た。鎌倉まつりかしら?

 

馬場を抜けると左手が手水社、正面は舞殿(下拝殿)が行くてを塞ぐ。

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舞殿の正面は崇敬者の列で写真はとても撮れない。裏からの写真にした。

ここで頼朝に命じられ、義経のオメカケさん「静」が舞曲を演じたのかしら?

こんなに立派でなく、姿形は変容してきていて当たり前だけど、やはりロマンですわ。

 

以前に訪れた時の下拝殿(舞殿)の光景。

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昨今、神社で挙式が人気なのもわからないでもない。

この写真の新婦は「正妻」! 義経とは違って、妾ではないな! きっと!!

 

舞殿の左右のどちらかをグルリと回ると、いよいよ本宮(上宮)上がる石段が眼前に現れる。大きなイベントがなくとも、いつもこんな賑わいだ。

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階段を昇る前に、左にあるのは

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ほぼ800年前、頼朝の次男 実朝がこの銀杏の大木の陰に隠れ待っていた甥っ子の刃にかかり暗殺された。

シチュエーションはその後の作り話的な部分がほとんどだろうが、殺害事件は事実だ。

そんなこの町の歴史を一人見つめてきたイチョウの木。残念なことに数年前に倒れた大木の根元部分だけが残っている。先端に「ひこばえ」が見えるからいつの日か「隠れ銀杏」として復活するかも。

 

銀杏の木とは反対の階段下右にあるのが

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若宮(下宮)だ。

前回書いた由比若宮

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から遷座したのが、若宮(下宮)だが、由比若宮同様、ここに手をあわせる人の姿は見えない。

ぐじゃぐじゃ言わずにさっさとコアに触れる。

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広い階段の頂点にある楼門。

幾つかの寺社と同じく「八」の字は鳩をモチーフにしている。

楼門から拝殿まではスペースがない。即、拝殿になる。

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拝殿の左手奥は宝物殿。

なんども訪れている八幡宮だが、入ったことがない。

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いいのだ。こんな広い社域を持つ神社は何回も訪れて、ひとつひとつ新しい発見をして、また訪れば良いのだ。

まともに子細に見て回ってたら、1日じゃ足りないかもしれないのだ。

この八幡宮に限らず、広大な社域をもつ神社はどこも同じだね。

 

コンチクショー! 今回は意に反して寺社のガイド的な内容になってしまった。

まぁ、イイでしょう!?

 

で、鶴岡八幡宮御朱印です。

そう、ここも神社であり「寺」でもあったのだ。

頼朝が真剣に祈った! 自分のために。

この時代前から戦国時代までは、人のために祈ったためしがない。

利己的にすべての祈りが自分のため、戦勝や安産、男子誕生であった。現世利益だった。

今夜はここまで。

 

ワシ的には江戸は広く面白い、鎌倉は深くオモシロイのだ!

狭小なヘソ曲がり視点で、いつかまた続きを書くとするか!

 

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御朱印受付は女性一人を含む3人の方が担当されてた。

7、8人の列はストレスなくすぐに消化される。

今回、下宮脇の御朱印受付でいただいた印は平成25年の書き手と同じだったかも。

筆跡は同じように見えるし、

御朱印帳の表題部分が空欄の場合「書き入れましょうか? お名前も入れますよ」と声をかけていらした。

5年前、自分も同じ言葉をかけられ、「御朱印帳」と揮毫していただいた。

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それにしても、このブログ、2、3日留守してもPVは逆に増えてる。どういうこと?

 

 

:御朱印:ここは何処だ? 度々訪問する有名神社、今回は元々の社と一の鳥居から歩んでみたのだ

東京から近い或る駅、そこは観光で訪れる人が多い。

そして駅を降りる人の半数は駅舎を出たら左手に向かい、賑やかな通りを経て、誰もが知っている有名神社に向かう。

自分も何回か来ているなかで、電車利用の場合は同じ流れが多かった。

 

最終訪問地は他の多くの人たちと同じ有名寺社だが、今回はそんな多くの人の流れとは逆に駅を出て右手に進む。

歩く速度は人より早い方だから、向かった先の目的地は10分ほどで着く。

しかし10月1日は暑かった、汗かいた。

そこは、何の案内もなく、細い道をクネクネ曲がった先の住宅街の中に隠れるようにヒッソリと佇んでいる。

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ここは何処だ?

駅を降りて誰もが向かう神社ができる前の最初にできた。

ほぼ千年前に石清水八幡宮から勧請された元々の社の現在の姿。

 

これだけでは、ほとんどの人はどの駅の、どの神社かわからない。

地元の人と、この社を訪れた人、さらに御朱印に詳しい人は別かも。

 

書き置きの御朱印をいただいて、さらに南に進むと海に出る。

右に目を向けると

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左に目を向けると

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ここは何処だ?

 

関東在住の人ならば「あっ、〇〇だ!」とわかる人がさらに増える。

 

約800年前、この地の主人から招かれた貴人たちは、きっと船利用で海から社に向かったに違いない。

当時の海岸は現在とは違い、この地に行き来する船がたくさん見られたそうだ。

 

その海に背を向けて、いにしえの貴人たちと同じように目的地の有名神社へと進む。

現在はここから歩いて約2kmある有名神社を訪れるのにこのルートを取る人は少ない。

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ここは何処だ?

江戸時代、家綱が再建した一の鳥居。

関東大震災で崩れたようだが、その後うまくつなぎ合わせている姿が向かって右の柱に見て取れる。

そのつなぎ合わせた部分をアップすると有名神社の名前が記されていてわかってしまうから、あとでUP。

 

一の鳥居の近くにある宝印塔。

この地で繰り広げられた血に塗られた歴史の一部の証か?

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海岸を進んでやや上り坂だったが、一の鳥居からは少し下り坂になる。

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そして大きな交差点に出る。

いにしえの貴人たちも、ここで馬を降りる下馬だ。f:id:wave0131:20171002003605j:image

 ここは何処だ?

 

さらに進むと二の鳥居。

これでもう、ほとんどの人がこの地が何処かバレるからオープン!

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正解! 鎌倉、鶴岡八幡宮

 

先ほどの一の鳥居のアップ。

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名称と継ぎ目がハッキリわかる。

 

二の鳥居、ここから始まる「段葛」

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頼朝が政子のために、生まれてくる頼家のために築いた段葛は空いている。

遠方にかすかに見える目指す甍を目にしながら、いにしえの貴人たちが歩みを進めた思いを偲ぶのにはうってつけ。

両側の桜の木が満開になる春以外の人々は小町通りと、この若宮大路の土産物、飲食店に興味があるから、そちらはひしめき合っている。

 

物を食べ、物を買う人たちのほとんどは鎌倉の歴史は知らないかもしれない。

イイのだ、そういう大勢の人々で観光地・鎌倉は成り立っている。

そういう自分も大勢の一員であり、御朱印も同じ位置にあるかと思うと、そのブームが去ってくれることを望むのは矛盾してる?

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三の鳥居。

さてここから、いよいよ神域です。

ここから先を語ると長くなる。

でも疲れちゃったから、この先は次回!

 

鎌倉駅を降りて最初に向かった、鎌倉としてのすべての始まり、由比若宮の御朱印

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神奈川県鎌倉市材木座