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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

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温泉神社の御朱印(いわき市)〜佐波波(サハハ)と佐波古(サハコ)のナゾ?〜 R6を北上❺

温泉神社御朱印です。(福島県いわき市f:id:wave0131:20190823181912j:plain

この温泉神社は由緒ある式内社で、朱印の打出の小槌内に祭神が記されています。

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前回記事の「佐波波地祇神社」の北茨城市から北上して「勿来関」を越えて、福島県いわき市に入りました。

いわゆる福島県浜通り」という地域でもあります。

いわき市はダダッ広く、東北でも仙台に次ぐ人口を持つ大きな市となっています。

しかしながらワタシは詳しくは何も知りません。

常磐ハワイアンセンター」がある街、というくらいの知識。

しかも訪れたこともない「センター」は、とっくにその名称が変更されていて「スパリゾートハワイアンズ」になっています。

 

▼そんな「いわき湯本温泉」にある神社です。f:id:wave0131:20190823180243j:plain写真では確認しづらいですが「延喜式内 縣社温泉神社」の社標の奥、左右に2つの新し目の石柱には「修理固成」「光華明彩」と刻まれています。

なんとなく雰囲気は理解できますが、これまで耳目にしたことのない言葉です。寺社は一般人には難しい漢字に溢れています。

 

▼鳥居は上部が金属のタガで補強されています。f:id:wave0131:20190823180239j:plain修理固成」の石柱や、このタガは大震災後に施されたものなのでしょう。

この地は「スパリゾート」も長い休業を余儀なくされた「3.11」と、その後の「4.11」の地震にみまわれています。

 

▼しかし大地の怒りの大きな動きは、湧きいずる温泉を停めはしなかったようです。f:id:wave0131:20190823182048j:plain石碑の上から熱い温泉をほとばしらせています。白い部分は温泉の硫黄成分が付着したものでしょう。

そしてこの石碑に「佐波古神社」と刻まれています。この神社の古い名称だそうです。

しかし、この神社を訪れる直前は「佐波波地祇神社」を参拝しています。

サハハ」に「サハコ」です。2つの神社は20、30km離れた場所に鎮座してますが、偶然同一の「佐波」ではないでしょう?

ナゾです。

 

▼あいにく拝殿は改修中でした。f:id:wave0131:20190823180235j:plain古い歴史を持つこの神社は、元々は近くの湯ノ岳(佐波古峰、三箱山)に鎮座していたそうです。やはり山がご神体だったのでしょう。現在の鎮座地は「f:id:wave0131:20190823180150j:plainそして wiki には「古代から佐波古氏さはこうじ)が代々世襲神主として連綿と継承されている」と記載されているので、もう「さは」まみれでチンプンカンプン!f:id:wave0131:20190823180214j:plainさらに、あの西行も「陸奥さはこの御湯に 仮寝して 明日は勿来の 関を越えてん」と歌を残しているそうです。 f:id:wave0131:20190823180201j:plain2社連続の「サハ」「サハ」神社を参拝した事になるのですが、「さは」の謎は深まるばかりで、気持ちは一向に「サバサバ」しません。

▼ややこしいことは考えず、気持ちの良い境内を巡ります。f:id:wave0131:20190823180154j:plain

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▼また、石碑に難しい文字が刻まれています。f:id:wave0131:20190823180144j:plain刻まれている文字は「神霊に逢える社 神籬の湯」だそうです。

▼「神籬の湯」は「ひもろぎのゆ」と読むそうですが、誰が読めるのでしょうかねぇ?f:id:wave0131:20190823180140j:plain手を漬けてみれば、郷ひろみアッチッチッチッ! でした。

さは」の謎に疲れた頭は、足湯ならぬ、頭湯にしてみたくなりました。

 

佐波波地祇神社の御朱印(北茨城市)〜テンシン、ザワワ、サワワ、ホヤホヤ〜 R6を北上❹

佐波波地祇神社御朱印です。(茨城県北茨城市大津町f:id:wave0131:20190822200147j:plain

「さわわちぎじんじゃ」と読みます。不可解な名称です。

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拝殿造営の費用に充てるため「500円以上のご協力をお願いいたします」とありました。地方の小さな神社は新たに社殿造営となると、その費用の工面に大変なんでしょうねぇ。直書きならば1000円とも思いましたが、500円ですみません!

 

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神社に行く前に、関東の松島とも呼ばれる景勝地五浦(いうら)」に寄ってみる。

岡倉天心のアトリエ「六角堂」があるのです。震災の津波で建物自体は波にさらわれてしまったそうですが、残った土台の上に復元されているとか。

▼しかし、13日はここの入り口が閉まっていた。月曜が定休で、祝日の場合は翌日が休みとか。f:id:wave0131:20190822200645j:plain旧盆期間中くらいはOPENしてても良さそうなものをカタイ!

何組もの観光客らしき人たちがあきらめて引き返して行く姿を見ました。

そもそも入場料を取るとは思いの外でした。仙台の松島は入場料は取らないわよ!

入り口の建物の周りをいくらグルグル回ってみても崖下に降りる道は見つかりません。

建物や林に遮られ「関東の松島」の海はまったく見えません。

 

▼ザワワと波音だけが聴こえ、やっとこさ木の間から海が少しだけ見えるました。f:id:wave0131:20190822200158j:plain

▼天心の墓に転進します。綺麗な花が供えられていました。f:id:wave0131:20190822200202j:plain横浜生まれの天心の墓は駒込の染井墓地に墓があるそうですが、ここ五浦をすこぶる気に入っていた岡倉は分骨するように遺言したそうです。

▼墓の脇に椿。天心を敬愛していた彫刻家だそうですが、まったく知識ありません。f:id:wave0131:20190822201255j:plain

しかし、「不老  六十七十ははなたれこぞう・・・」という言葉は、彼がたびたび揮毫していた書だそうです。

 

www.ibarakiguide.jp

▼さらに転進していよいよサワワ神社訪問です。f:id:wave0131:20190822200310j:plain

▼こちらが表参道でしょうか。炎天下の階段は上から眺めるだけにします。f:id:wave0131:20190822200305j:plain

▼拝殿は新品です。今年2019年に竣工の出来立てホヤホヤです。f:id:wave0131:20190822200301j:plain佐波波と言う名の由来はいろいろ考えられるそうですが、何しろ創建は1200年前以上と伝わる神社、正確には分からないようです。f:id:wave0131:20190822200243j:plain

▼小さいながらも良い姿をしています。f:id:wave0131:20190822200252j:plain

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▼こちらは本殿。1727年の建立だそうです。f:id:wave0131:20190822200234j:plain

▼「かね牛」? なんでしょう? 撫でたらお金に困らなくなる?f:id:wave0131:20190822200238j:plain

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▼奉納額の中に「初老記念」と書かれた額がふたつあります。f:id:wave0131:20190822200225j:plain世の中知らないことばかりです。「初老」とは「40歳」の異称だそうです。

なんと40歳で初老です。

「人間五十年」の時代の頃の言葉のようですが、前述した平櫛田中の言葉「六十七十ははなたれこぞう」と対比するとおもしろい。

 

▼神社境内から少し下がった場所にありました。f:id:wave0131:20190822200211j:plain神社内の招魂社のようです。f:id:wave0131:20190822200207j:plain

▼唐帰山(からかいさん)という山の上にある神社から眺められる太平洋は、一見、凪いでいるように見えました。f:id:wave0131:20190822200216j:plain五浦海岸が見られず、大いにザワついた心も、少し落ち着いてくるサワやかな眺めでした。

御岩神社の御朱印(日立市)〜神社というより聖地、神宿る山の霊気の漲り〜 R6を北上❸

御岩神社御朱印です。(茨城県日立市入四間町)f:id:wave0131:20190821181404j:plain

読みは「おいわじんじゃ」です。

御岩神社からさらに山に入り、賀毗禮神宮(かびれ)まで登れば、そちらの御朱印もいただけます。

今回は「登拝はしません」と伝えると、「では、御岩神社の御朱印のみご用意します」という事で、賀毗禮神宮まで登ったかどうかは確認のしようがないので、不心得者は登拝しないで御朱印だけいただいてくるかもしれません。

 

▼同神社の御朱印帳。f:id:wave0131:20190821181358j:plain鳥居をくぐるとすぐ左手の社務所には、朱印帳も3、4種類揃えられていました。

この朱印帳は大判サイズでした。手触りの良い布のような紙に文字は金箔押しとなっていました。

図柄は山内の「斎神社 回向殿」の天井画となっている雲龍が使用されているようです。

「龍」は御朱印収集者にツキモノで、心強い味方です。

水をコントロールして、恵みの雨を降らせ、神々と仏たちの教えを説き、火災の難を遮ってくれるのです。

 

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前回記事にした村松虚空蔵堂、大神宮では複雑な気持ちにさせられましたが、気を取り直して国道6号を北上します。

途中から左折して内陸部、山路を進み、トンネルを抜けると大きな案内看板が見えてきました。

f:id:wave0131:20190821181807j:plain常陸最古の霊山」と案内されています。

前回記事の村松虚空蔵堂、大神宮同様、明治までは神社とは呼ばれていなかったのでしょう。

かつては「賀毗禮(かびれ)山」と呼ばれた、御岩山そのものが御神体で古代から信仰の聖地であり、霊山であったのでしょう。

 

▼境内図には御岩山が、まるで「マークスの山」のようにそびえ立っています。f:id:wave0131:20190821181413j:plain現在は山一帯に188柱の祭神が御坐すようです。f:id:wave0131:20190821181654j:plainかつてはそれらの祭神に加え、大日如来阿弥陀仏はじめ多くの仏たちも一緒に人々に信仰されていた霊場です。f:id:wave0131:20190821181803j:plainまったく好きな言葉ではありませんが、近頃では「最強クラスのパワースポット」として注目されているそうです。

f:id:wave0131:20190821181759j:plain全国に数知れずある霊場、霊山ですが、パワスポ的感覚はともかく、確かに霊気を感じさせられた事は確かで、その感覚はワタシ的には福井の白山神社以来でした。

滅多にパワスポ感を容認しない人間にとっても、ここなら人々が「パワースポット」と呼ぶのも許容できるように思いました。f:id:wave0131:20190821181749j:plain

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▼御岩神社社殿から先への登拝には自販機もトイレも無いようです。f:id:wave0131:20190821181754j:plain御岩山山頂までは2時間あれば充分往復できる初心者級の登山だそうですが、こんな注意書きを設置しなければならないのも情けない事でもあります。

▼さて、山は登らなくとも御岩神社本殿までの参道にも次々と境内社が現れます。f:id:wave0131:20190821181741j:plain一の鳥居の脇にある祓戸神社はじめ、ここは愛宕神社f:id:wave0131:20190821181736j:plain

▼神木の「三本杉」は600歳。高さは50mもあるそうです。f:id:wave0131:20190821181728j:plain

▼いろいろな「100」があるものです。f:id:wave0131:20190821181733j:plain

▼見上げれば頭がクラクラするほど木々の全てが背高。全て30〜50mはありそうです。f:id:wave0131:20190821181417j:plain

▼楼門(大仁王門)は真夏でも新緑のようなグリーンに包まれています。f:id:wave0131:20190821181723j:plain大きな杉の木に陽の光が遮れ、深緑にはなりきれず新緑のママのようです。

▼楼門の扁額は比較的新しく平成3年の日付。「徳川斎正」の文字が読みとれます。f:id:wave0131:20190821181718j:plain徳川斎正(なりまさ)さんは、現在様々な分野で活躍されている水戸徳川家の15代目当主だそうです。徳川家は連綿とその歴史を紡いでいるようです。

▼仁王が改めて、ここは「修験霊場 御岩山」だと告げています。f:id:wave0131:20190821181713j:plain

▼楼門を振り返りますが、すぐ木々に隠れてしまいます。f:id:wave0131:20190821181428j:plain

f:id:wave0131:20190821181423j:plainほかに霊気を感じた白山神社を前述しましたが、御岩神社境内を歩いていて、もう一つの神社を思い出しました。長野の「戸隠神社」です。f:id:wave0131:20190821181707j:plainたくさんの霊山、霊場を訪問してる訳ではないので、まったく経験内の感覚ですが。f:id:wave0131:20190821181701j:plain

賀毗禮神宮への鳥居です。f:id:wave0131:20190821181657j:plain

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▼大きな手のひらオブジェには「洗心」。f:id:wave0131:20190821181649j:plain濁り切った心は洗剤を付けてジャブジャブ洗っても、その色は多少薄まるだけで、浮世の煩悩に色濃く染まったままです。f:id:wave0131:20190821181641j:plain

▼常々「願い事」などおこがましく、ごく稀に困った時のみの神頼み。f:id:wave0131:20190821181636j:plain八丁堀からここまでやって来れたのですから、さしあたっての重大困り事などありません。「後生車」だそうですが「マニ車」のように上に下にグルグル回しました。

 

神仏習合の名残でしょう。山内で唯一寺の姿をしてる建物でしょうか。f:id:wave0131:20190821181632j:plain

▼建物内には阿弥陀さまがいらっしゃいます。f:id:wave0131:20190821181627j:plain

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▼扁額の位置にある奉納オブジェ。昭和の文字が確認できますが何を意味してる?f:id:wave0131:20190821181442j:plain

▼回向殿の天井画は朱印帳に使われています。f:id:wave0131:20190821181451j:plainそれにしてもどこの龍も、その眼はいつも憂いや、哀しみ、そしてお茶目なイメージを抱かさられるのはワタシだけでしょうか?f:id:wave0131:20190821181433j:plain

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▼やっと御岩神社社殿が近づいてきました。f:id:wave0131:20190821181610j:plainヒタヒタと真っ直ぐ歩めばここまで数分で済むでしょうが、左右の境内社に手を合わせ、左右にカメラを向けていると時間は容赦なく経過していきます。

▼改めて心身を清めて参拝です。f:id:wave0131:20190821181606j:plainこんな素敵な祈りの地を訪問できたことに感謝します。f:id:wave0131:20190821181602j:plain

▼左右の狛犬たちはグリーンのベレー帽です。f:id:wave0131:20190821181500j:plain

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▼拝殿の扁額は少しイメージ外。f:id:wave0131:20190821181551j:plain

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▼本殿の周囲の神々、仏たちに挨拶して周ります。f:id:wave0131:20190821181542j:plain

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▼杖を手に多くの老若男女、善男善女がこの山道を進んでいきました。f:id:wave0131:20190821181509j:plainいつかワタシもこの先の山頂を訪れられますように・・・。

 

wave2017.hatenablog.com

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村松 大神宮の御朱印(東海村)〜ガンバレ! 茨城一の宮? 茨城のお伊勢様〜R6を北上❷

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▼同じく境内社晴嵐神社御朱印f:id:wave0131:20190820164141j:plain

呼吸器守護」の神様には初にお目にかかりました。

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▼大神宮一の鳥居です。新しそうな様々な看板が目立ちます。

すぐ左隣は前回記事の虚空蔵堂。その石の大きな寺標の手前にデカデカと「大神宮」の社標。f:id:wave0131:20190819203129j:plain赤い菊花紋章は初めて目にします。

▼虚空蔵尊の寺標。f:id:wave0131:20190817165233j:plain

▼さらにこんな看板も。お寺と神社「別です」。f:id:wave0131:20190820163725j:plain寺への参拝者はこの先「進入ご遠慮下さい」とあります。

まさにライバル関係を表しています。解釈によってはいささか露骨に感じなくもありません。いつものように穿ち過ぎでしょうか?

でも、御朱印と一緒にいただいた由緒書きには「参考 虚空蔵堂は、西暦807年に建てられた神宮寺」と虚空蔵堂について触れています。

一の鳥居の看板をはじめ、神社側が寺を意識しているのが伺えます。f:id:wave0131:20190819203121j:plain神社は虚空蔵堂より100年早い、708年創建と伝わります。f:id:wave0131:20190819203117j:plain807年に虚空蔵堂が神宮寺となって、その後、明治まで一千年ほどの間は、お寺と神社「別です」の看板は不要だったのです。f:id:wave0131:20190819203021j:plain当時は寺と神社の境界などはなく同じ境内だったはずで、参拝者も何の疑問も持たずに神社と寺に、神と仏にそれぞれ手を合わせていたことでしょう。f:id:wave0131:20190819203050j:plainそんなことを顧みると明治政府の政策は何とも残酷な、まったくもって罪なもののようです。

例えは良くないですが民族分裂、現在の南北朝鮮のような状況にしてしまったとも言えなくもありません。f:id:wave0131:20190819203010j:plain明治政府は、同じような厄除け、ご利益を「売り」とする寺と神社が隣り合わせる結果を作ってしまったと言えます。f:id:wave0131:20190819203015j:plain隣り合わせていても、時には仲の良さそうな寺と神社を見る場合もあります。

具体的にすぐに、その寺社名が思い出されませんが、そんな時は何故かホッとします。f:id:wave0131:20190819203040j:plainこの神社が意味不明な「茨城一の宮」と称するのも、また「茨城のお伊勢様」と謳うのも十分理解できることです。

天照皇大神も神明造りの本殿から身を乗り出しPRしそうな勢いです。

 

知名度としては圧倒的に高い「盆休み」にしている虚空蔵堂は、もしかしたら「テング」になっているかもしれません。f:id:wave0131:20190819203100j:plain露骨な表現と感じた部分も神社側の熱意、バイタリティーと解釈すると、頑張っている神社が健気に感じなくもありません。f:id:wave0131:20190819203054j:plain

どちらにしても今回は御朱印をいただけた「盆休み」なしの神社にミコシではなく、グンバイを上げることとしましょう。

▼さて、数多い境内社の写真を羅列してみます。f:id:wave0131:20190819203112j:plain

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▼鳥居の先の山奥に三峰神社があるのでしょうか?f:id:wave0131:20190819203044j:plain

御朱印をいただいた「呼吸器守護」の神様を祀る晴嵐神社です。f:id:wave0131:20190819203036j:plain東日本大震災で大きな揺れや、津波に襲われながらも、この神社に大きな被害の痕跡は見当たらなく、何よりと思いました。f:id:wave0131:20190819203029j:plain神社の所在地「東海村」は「原子力」の村でもあります。村といっても地方の小さな市より多くの人口を抱えている「村」です。f:id:wave0131:20190819203025j:plain今回は足を延ばしませんでしたが、神社拝殿の手前にあった案内看板「茨城百景 村松海岸砂丘 海まで1km」へ出れば、原子力発電所や火力発電所が見えるはずです。

この神社も紙一重で、福島のような原発事故から難を逃れています。

東日本大震災後「がんばれ! ニッポン」というスローガンを何回も、多く目にして耳にしましたが、当事者以外には今や忘れられつつあります。

しかし、ままならぬ復興にジレンマを抱く地域や人々も多くあるように理解します。

 

がんばれ! ニッポン」は続いています。

そして、「がんばれ! 大神宮

 

必ずや、この隣り合わせたライバルを再訪します!

 

 

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村松山 虚空蔵堂 〜日本三体虚空蔵尊の寺は盆休みで御朱印なしの奇怪 〜R6を北上❶

前回記事で触れたように虚空蔵堂は「お休み」。

御朱印はいただけなかったものの、雰囲気の良い寺でしたので写真だけ掲載しておきます。

村松山 虚空蔵堂(真言宗豊山派茨城県f:id:wave0131:20190817165030j:plain

過去には寺社の「盆休み」には遭遇した経験がありませんが、確かに盆期間中のお坊さんは檀家を回って経をあげるなどの多忙さは想像できます。

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しかし、それは比較的小さな檀家寺に限定されるはずで、お坊さんが何人もいそうな寺なら何とかなりそうにも思いますが、寺の事情は素人には分からない事かもしれません。

f:id:wave0131:20190817165226j:plainですが、多忙な盆期間だとしても、ある程度有名な寺社には、この期間中だからこそ他地域からの訪問者が多い事も寺側は予測できる事です。

f:id:wave0131:20190817165215j:plainましてや今の御朱印ブームも理解できてるはず。ならば、せめて書置きの用意くらいはしておいて、とリクエストしたい勝手な思い。

f:id:wave0131:20190817165210j:plain盆期間中だからこそ、寺がまるっきり留守になることはないはずですので、書置きを渡すだけで済むのですが、残念ながらそれも無しでした。

f:id:wave0131:20190817165221j:plain今回、そんな寺が茨城、福島、仙台で4寺も遭遇。

もちろん「ご縁」がなかったと言う事ですが、寺側にも積極的な「ご縁」づくりの気持ちが無いのかもしれません。

f:id:wave0131:20190817165206j:plainせっかくの素晴らしい寺も残念さに負けてしまいそうですが、御朱印を第一義に考えるからで、参拝できただけでも恵まれていると考えることにしましょう。

f:id:wave0131:20190817165156j:plainそれにしても同じ期間の昨年の長野は、たくさんの寺社を巡ったものの、全て御朱印をいただけました。あれは何だったのでしょうか?

f:id:wave0131:20190817165146j:plain木曽街道では盆の準備で忙しそうな12日に訪問したものの、そんな事さえ忘れていました。そのくらい普段のような丁寧な対応をしていただけた寺社ばかりでした。

f:id:wave0131:20190817165141j:plain自分の情報収集不足が原因だと分かっていてもグチっぽい口調になってしまいます。わが煩悩はまだまだ巨大なようです。

f:id:wave0131:20190817165151j:plain13日は朝早めに出発して、この寺には8時30分頃到着。もちろんボンビーは下道。

受付は9時からだろうと予想して到着後、境内をユルユル グルグル散策。

f:id:wave0131:20190817165137j:plain記事冒頭に掲載した「お休み」の案内貼紙には、愚かにも9時過ぎまで気付きませんでした。

f:id:wave0131:20190817165132j:plainチャッカリしたもので御朱印をいただけず、記事にならないと分かった場合は写真も多くは撮りませんが、この寺の場合は時間的に写真撮りが先になりました。

f:id:wave0131:20190817165122j:plainですから、勿体ないので今回記事に掲載です。何が勿体ないのか、分かりませんが。

f:id:wave0131:20190817165116j:plain本堂裏に当たる区域は三重塔とともにとっても気持ちの良い空間です。

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真言宗の寺ですので多宝塔も良い姿をしています。f:id:wave0131:20190817165059j:plain

神社で裏側から本殿や拝殿の屋根は見られませんが、寺では本堂の屋根を目に出来る事は多く、こんなアングルで良い姿をしている寺は大抵イイ寺だと勝手に解釈しています。

f:id:wave0131:20190817165054j:plain御朱印はいただけず旅の出鼻をくじかれたような結果でしたが、こうして改めて写真を見ていると「よしっ、いつか リベンジ!」そんな気持ちも湧いてきました。

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f:id:wave0131:20190817165042j:plain再訪できる時は、同じ轍を踏まないようしっかり情報を得ていかないと・・・。

 

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