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御朱印迷宮

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高館 義経堂の御朱印(岩手・平泉町)〜義経最期の地、高台で在りし日の英雄を彷彿〜 R6を北上⓫

▼高館 義経御朱印です。(岩手県西磐井郡平泉町大沢)f:id:wave0131:20190828194734j:plain

右上の印は「義経大明神」。

「高館 義経堂」の読みは、てっきり「よしつねどう」かと思いきや

たかだち ぎけいどう」です。

もっとも寺の呼び名は音読みが多いから納得。

そしてここは「毛越寺」の飛び地境内だそうです。

 

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義経堂は中尊寺参道入り口から600mほどの高台にあります。

 

中尊寺通りから小高い森に続く道を登ると受付が見えてきます。

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▼さらに階段を登ると視界がひらけ、眼下は「北上川」が静かに流れていました。

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要害地だった丘陵の高館の森は判官館(はんがんだて)とも呼ばれているそうです。

写真では見えませんが、北上川の少し上流で衣川が合流しています。

弁慶が義経を守るため仁王立ちで最期をむかえた「衣川の戦い」の名になっています。

当時は「衣川館」とも呼ばれていたそうです。

 

▼階段の上を左手に進みます。

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▼左に小さな資料館が見えてきますが、後回しにしてさらに階段を登ります。

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義経堂は小さなお堂です。悲劇のヒーローに相応しいかもしれません。

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▼扁額は「白幡大明神」。源氏の「白旗」でしょうか?

f:id:wave0131:20190828194821j:plain英雄を偲んで仙台藩主が建立したと伝わり、その英雄を創建と同時に木造にしています。

 

▼かれこれ300年以上も彼は ここ高館の高台に座り続けているのです。

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▼供養塔は昭和に建てられたのもの。

f:id:wave0131:20190828194758j:plain勝ち戦を続けた戦術家ではあっても、兄頼朝の知略智謀には敵わず31歳の短い命は、様々な伝説や逸話を生んで、とりわけ東北から北海道には、われもわれもと言わんばかりに義経に因む場所が満開状態です。

まさに日本人のDNAたる「判官贔屓」なのでしょう。

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客観的な視点などは学者に任せておけば良いのでしょう。

はんがんびいきほうがんびいきくろうほうがん、の方が物語になるのです。

 

▼相変わらず慌ただしい時間が迫っている中で資料館に入ってます。

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資料館と言うより「お勉強館」が正しいような展示内容でした。

静御前義経弁慶たちがパネルで解説されているので、彼らを改めてお勉強できます。

 

▼しかし衝撃度 No.1はこのお二人。ユニークでチンプな仁王像は、秩父のお寺で見た像を思い起こさせられました。

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▼戻って、受付から階段を登ってきた反対側は東屋とベンチが設けられ、あまりに有名の句が刻まれてます。

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芭蕉も老いた身をこの高台まで運んできたのでしょう。

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そして涙して詠んだ「夏草」だけは当時から変わらず、その命を繋げているのでしょう。

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理想の栄華を夢見、実現した者、時代のうねりに翻弄された者、覇権を手にした者たちの、今は静かな息遣いです。

 

中尊寺毛越寺に比べたら地味ですが、ここ義経堂も絶対に外せません。

車でないとアクセスは少し不便ですが、

それだけに観光客も少なく「兵ども」を彷彿するにイチバンの「義経堂」なのです。

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