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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

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東勝寺「宗吾霊堂」の御朱印(千葉・成田市) 〜「ベロ出しチョンマ」と佐倉惣五郎

▼鳴鐘山 東勝寺宗吾霊堂」の御朱印

真言宗豊山派・千葉県成田市宗吾一丁目)f:id:wave0131:20200910191906j:plain

東勝寺宗吾霊堂」の御朱印(2015年)。f:id:wave0131:20200910191915j:plain

東勝寺宗吾霊堂」の御朱印(2012年)。f:id:wave0131:20200910191910j:plain

宗吾霊堂に特に大きな思い入れがあるわけではありませんが、

3度参拝して、それぞれ御朱印をいただいています。

3体を比較すると墨書きと朱印がそれぞれ微妙に異なっています。

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宗吾霊堂へは京成本線宗吾参道駅」が最寄駅になります。

▼「宗吾参道駅」から続く石灯籠や山門をくぐり、ゆるい坂道を1kmほど歩くと寺の入口です。

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にぎやかな看板が正面に見えてきます。

 

▼境内に続く参道に入ると土産物屋が数件並んでいます。

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▼しかしオープンしている店は1軒だけ。あとはシャッターが降りています。

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寺の本尊 宗吾霊尊佐倉惣五郎の命日である毎月3日の縁日には全ての店がオープンするかもしれませんが、静かで寂れたような感じの参道は嫌いではありません。

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佐倉惣五郎の墓は土産物屋を過ぎて仁王門の手前にあります。

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宗吾霊堂と呼ばれるようになった宗吾父子5人がここに眠っています。合掌です。

寺の奥の墓域にあるより、気軽に手を合わせられるよう寺の入口近くに建てられたものでしょう。

佐倉惣五郎、通称、義民 宗吾の話は後ほど。

 

▼その隣に身代わり地蔵尊

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安産子育てを願い、水子を供養する地蔵でもありますが、

▼小さな文字で「開運 お願い地蔵!」と書かれたシールが貼ってある地蔵も・・。

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東勝寺の創建は不明ですが、

房総を平定した坂上田村麻呂戦没者供養のため建立したと伝わります。

ということは1200年も昔の話になり、近くの成田山新勝寺より古い歴史を持つことになります。

成田山は「東勝寺」に対して新しい寺として「新勝寺」と名付けられたとの説もありますので、東勝寺の方が古い事に納得できますが、

新勝寺」は「新たに勝つ」という意味から名付けられたとも言われていますので、話あやふやになってきます。

いずれにしてもどちらの寺も平安時代の創建であることは間違いないでしょう。

 

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仁王門です。昭和の建築。

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仁王門は「大山門」と案内されていました。

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▼仁王像は金箔仕上げだそうですが、ちょっと分かりにくい!?

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▼仁王門をくぐると左に慈眼閣。檀信徒さん用の建物?

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▼右側の池の向こうに鐘楼堂f:id:wave0131:20200910192126j:plain

宗吾霊堂のベスト訪問は7000株の紫陽花が花開く頃と、桜と紅葉の季節のようです。

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▼薬師堂は改修中。元は本堂としての役目を担ってきたそうです。

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大きな本堂を持つ寺の多くは、現本堂を建立の以前は概ねもっと小さい、もしくは驚くほど小さい本堂だったのがほとんどでしょう。

一般的に寺の本堂は再建のたびにその建物が大きくなっていくように思いますが、

奈良の大仏殿のように当初より縮小されて再建されている堂もあります。

自然災害や火災などによる再建で本堂が大きくなるか、小さくなるかは一概には言えないかもしれません。

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▼本尊 宗吾霊尊を祀る本堂は大正期の銅葺き欅造り。

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▼2015年の訪問時は、いきなりの大雨。本堂扁額しか撮影できませんでした。f:id:wave0131:20200910191922j:plain

▼常高炉の文字は「筒先」。消防関連組織の奉納のようです。

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▼石畳が伸びている先は「大本坊」。こちらも檀信徒の用途とされているそうです。

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▼新しくチタン製の屋根に葺き替えられたそうです。

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▼各地の寺で見られる鬼瓦の展示。f:id:wave0131:20200910192158j:plain

展示の目的は大きさとか装飾の造りを見てもらうためでしょうか?

いつもそんな疑問を感じさせられる鬼瓦です。

 

宗吾霊宝殿宗吾御一代記館との共通有料施設。

f:id:wave0131:20200910192215j:plain展示内容はかなり想像できるものの、寺に3度も訪問していながら一度も入館していません。

▼「奥之院」はまだ新しく平成に入ってからの建立。

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宗吾殿も造られたばかりのような新しい建物。

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宗吾顕彰碑は、宗吾の生き様を絶賛した福沢諭吉の発意により建てられたそうです。f:id:wave0131:20200910192228j:plain

▼裏側も堂々とした佇まいの本堂。

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▼本堂裏手に「石心苑」と、仁王門横に「宗秀苑」の日本庭園があります。f:id:wave0131:20200910192303j:plain

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さて本尊の宗吾霊尊、佐倉惣五郎は本名を木内惣五郎、江戸時代前期のこの地域の名主でした。

当時の佐倉藩領主の重税に苦しみ、餓死者も出た村民を救うため、何度も幕府に農民の窮状を訴えました。

しかしその都度訴状は門前払い。将軍側用人への駕籠訴も却下。

最後の手段として上野寛永寺に参拝する将軍家綱に直訴を決行。

当時の直訴はほとんどが処刑対象とされていたので、短らの命を賭しての訴えでした。

 

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訴えは取り上げられ、藩主の暴政は治まり佐倉領民は酷税の苦しみから救われることになりました。

しかし、佐倉藩は宗吾を直訴の罪で磔、宗吾の息子4人も打ち首に処せられています。

 

 

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今に伝わる惣五郎の義民伝説としての一代記は、

江戸時代後期に形成されたそうで、歌舞伎や浪花節で広く知られるようになり、昭和には白黒の映画にもなっています。

 

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さらに惣五郎を題材にして、誰もが知っている童話、民話の「ベロ出しチョンマ」は小学生の教科書にも取り上げられています。

自分の良心に基づき命をかけるほどに義を重んじた彼の生涯は、誰しも共感できるものでしょう。

 

▼そんな義民 宗吾の生涯を等身大の人形により再現されているのが「宗吾一代記館」。

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歴史的には表舞台に出ない地味な扱いとなる「義民伝説」ですが、

佐倉惣五郎を知る上では、宗吾霊堂の2つの記念館は分かりやすい内容となっていると思います。

 

▼池の周りにさまざまな金額が刻まれている大きな石碑が林立しています。

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記念事業などが行われるたび毎の奉納でしょう。

▼なかには「美味求心」と書かれたSB食品建立の「カレーの碑」もあります。

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▼本堂改修のための「六千萬圓」は、目を疑い釘付けになるオソロシー金額が刻まれています。

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成田山参拝の際にはセットで、また「ベロ出しチョンマ」を思い出しながら、

宗吾霊堂を訪問してみましょう!