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御朱印迷宮

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

本覚寺の御首題(神奈川・鎌倉市)〜「鎌倉江ノ島七福神」の「夷神」の御朱印も

▼妙厳山 本覚寺の御首題と御朱印です。(日蓮宗/神奈川県鎌倉市小町1-12-12)f:id:wave0131:20210913181858j:plain

▼2021年にいただいた本覚寺の御首題。f:id:wave0131:20210913181920j:plain

▼2013年にいただいた本覚寺の御首題。f:id:wave0131:20210913181905j:plain

21年の御首題は「東身延」の丸印がなくなっていました。

中央の大きな印の16文字中の数文字が読めません。

宗祖御分骨?幕府三?直?夷堂霊場

左下は「東身延本覚寺」です。

 

本覚寺鎌倉江の島七福神」の夷神御朱印f:id:wave0131:20210913181901j:plain

「鎌倉江の島七福神」の御朱印は通年いただけるので、七福神を目的として巡らなくても、訪問した寺社の時々でいただけてしまいます。

 

本覚寺では境内の山門近くに授与所があります。

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多くの人が七福神御朱印をいただく中で、

御首題をお願いすると「日蓮宗新聞」などと一緒に御首題帳を返されたりします。

 

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本覚寺鎌倉駅からほど近く、小町大路滑川を渡る夷堂橋でクランクする場所にあります。

 

本覚寺山門前の「夷堂橋」です。「鎌倉十橋(じっきょう)」に数えられています。

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鎌倉には「十井(じっせい)」もあり、現代で言うところの「ベストテン」でしょう。

ベストテン」は江戸時代、一般民衆の旅行がブームになった時、廃れていた鎌倉の街の観光スポット案内的役割を果たしていたそうです。

 

▼橋の下の流れは「滑川」です。

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街中でも深い渓流のような川の姿は、鎌倉の地理的な特徴を表しています。

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▼「滑川」が、かつては上流から下流にかけて胡桃川滑川座禅川夷堂川炭売川などと呼ばれ、河口付近では閻魔川と言われていたそうです。

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その川に架かる「夷堂橋」の名称は、頼朝の鎌倉開府の頃から近辺に「夷堂」と呼ばれる堂があったことにより名付けられたのでしょう。

 

▼その橋の前、小町大路沿いに本覚寺山門(仁王門)」が堂々と構えています。

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題目塔の台座にある「東身延」の文字は、日蓮の遺骨を身延山久遠寺より分骨しているので本覚寺の別称として「東身延」と呼ばれています。

 

山門は江戸時代の建立で、三浦半島の寺から移築されたと伝わっています。f:id:wave0131:20210913181956j:plain

▼山門内の仁王像も江戸時代の造りなのでしょう。

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▼仁王も蚊には敵わないのか「虫除け」の通行手形を手にしています。

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▼山門左手にある、もう一つの入口は「冠木門」になっています。

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手水舎の水盤は4人の「ガマンさん」が担いでいます。

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▼水はお休みでした。

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▼石小僧(がまんさん)は獅子頭を持っています。

f:id:wave0131:20210913182029j:plain石小僧がまんさんと書いていますが、正式名称は知りません。

 

▼山門正面の「本堂」です。本尊の釈迦三尊像が祀られています。

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江戸時代建立の山門以外は、ほとんどが近代の造営です。f:id:wave0131:20210913182101j:plain

▼この1枚は2013年の撮影です。

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▼「常祥閣」と書かれています。常に幸いとか喜び、というような意味でしょうか?

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▼鐘楼は別として梵鐘はかなり古く、応永17年(1410年)の銘があるそうです。

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▼そしてこちらが1981年に再建された「夷堂」。

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元々の夷堂は頼朝が開幕の折に建てたと伝わり、日蓮も夷堂に滞在し、辻説法などの拠点としていたそうです。

明治になって分離されたものを、再びこの地に再建したということのようです。

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1982年に開創の「鎌倉江の島七福神」の「えびす」=「夷尊神」を祀ります。

 

▼境内奥にある「人形塚」に「しあわせ地蔵」です。

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▼「日蓮上人分骨堂」です。

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身延中興の三師の一人「日朝」が、

総本山である身延山への参詣が困難な老人や女性のために、

身延山より日蓮の遺骨を分骨してここにに納めたそうです。室町時代のことです。

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現在、鎌倉から身延山 久遠寺まで鉄道利用でも4時間以上かかります。

東身延」ができて鎌倉や江戸の人々は、さぞや身近に感じたことでしょう。

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▼分骨堂は、かなり手強そうな鬼瓦が睨みをきかせていました。

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鎌倉駅からはこちらの入口の方が近くになる「裏門」はなかなか趣のある姿です。

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▼「一天四海皆帰妙法」。f:id:wave0131:20210913182125j:plain

全世界が妙法に皆帰る」というような意味でしょうか?

 

バチ当たりの身には宮崎の芋焼酎一天四海」の方が聴き慣れていますが・・。

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