上千葉 香取神社(堀切香取神社)の御朱印
「かみちば かとり じんじゃ」主祭神:経津主神(東京都葛飾区堀切8-20-255)
参拝時の当社は無人で、御朱印は「堀切天祖神社」でいただきました。
毎回の断りになりますが、正式名称は「香取神社」で
「上千葉」「堀切」などは同名神社との混同を避けるための便宜上の冠です。
▼当社へは「綾瀬駅」が最寄りになり、約900m、徒歩10分前後でしょう。
当社は「旧水戸街道」沿いに鎮座しますが、
▼表参道は街道沿いではなく、もう少し南の路地になります。
「上千葉」は旧町名、旧村名で現在は学校や公園などにその名を残すのみです。
「上千葉」と言っても千葉県や千葉氏とは関係ないようです。
もともとのこの地域の古くの地名は「木庭袋(きばぶくろ)」。
それがいつしか「千葉袋」とされ、さらに「千葉村」と移っていったそうです。
「池袋」などの地名も同じですが
「袋」とは、川が袋のように蛇行している地形のことだそうです。
「千葉村」は、その後「上千葉町」「下千葉町」とされ、
その「上」と「下」をまたがっている地域は「双葉」と呼ばれていて
やはり学校名や公園名などとして残っています。
地名の変遷は面白いと言うか、かなりイイカゲンな決まり方をしてしまうようです。
行政的な呼び名と、地域の人たち独自の呼び名が混沌として、やがて整理されてきたのでしょう。
当社の創建は室町時代以前と推測されている程度で詳細は不明。
上千葉村の鎮守とされ、近隣の「普賢寺」が別当だったそうです。
▼「二ノ鳥居」脇に建つ狛犬は相当ユニーク! 威厳という言葉とは程遠く好みです。
▼阿形は何かの花の上に足を置いています。この表情、インパクト大です。
当社は明治に入って一旦「千葉神社」と改称されていますが、昭和になって再び「香取神社」に戻されています。
▼一ノ鳥居から住宅に挟まれた参道を通り、ニノ鳥居を抜けると清々しい境内です。
▼境内左手に「手水舎」。
▼紙コップに正体不明の液体は? 龍口からの水はお休みでした。
▼社殿前にも新し目の大きな社号標が建ちます。
▼一見では「香取」とは読めません。
▼社殿前にも一対の狛犬。
こちらは子獅子が押さえつけられ、かなり小さくなっています。でも全体的には「普通」です。
▼さらに「狛鶏」が並んでいます。
正確には「諫鼓鳥(かんこどり)」を模したものだそうで、当社の例大祭や神幸祭などでも見られるそうです。
▼コンクリート製とは言え、美しい姿の社殿は平成の造営だそうです。
▼「神楽殿」の脇にも鳥居が連なっています。
▼境内社の「上千葉稲荷神社」でした。
本社も境内社なども比較的新しそうな造りなので近年に整備されたものなのでしょう。
▼こちらは「神輿庫」なのでしょう。
神輿庫の脇に「七福神」が祀られていますが、他の境内社「天満宮」とともに写真を撮り損ねました。
境内の西側は月極駐車場となっています。
▼その片隅にある「祓所」。
▼そして「祖霊社」です。
「堀切天祖神社」の境外社「祖霊社」でも見られた中国の文官っぽい姿の像は、ほかでも時々目にしますが、未だ意味を理解していません。
▼その隣は神仏習合時代の名残りでしょう。地蔵像に観音像でしょうか?
訪問時には他の参拝者には一人も出会わず、
地理的、地域的な環境を思うと止むを得ないことになるのでしょうが、
無人の境内にしておくには勿体ないような素晴らしい神社でした。