▼清慶山 本立寺の御首題です。(日蓮宗・東京都豊島区南池袋二丁目)
▼御首題はこちらの庫裏でいただきました。
▼庫裏内部に掲げられていました。
他の寺社でもいろいろな言葉が掲げられている場面に度々出会います。
教訓のような当たり前の出来そうで、出来ていない時もある心得です。
ギスギスした世の中でも、心に余裕を持って「五心」に近づきたいものです。。
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▼本立寺は「池袋駅」から4、500mの駅前と言っても良い場所にあります。
同じブロックに「池袋大仏」の仙行寺があり、その裏手に位置します。
googlemap の航空写真で見ると寺域は半分以上が墓地で占められています。
寺の北に隣接する「南池袋公園」もかつては寺の土地だったことを想像させられます。
東京の山手線主要駅の近くにここまで広大な寺域を持つのは、そんなに多くはありません。もちろん池袋駅周辺では唯一でしょう。
でも少し離れると法明寺の墓域や、雑司ケ谷霊園はもっと広い面積を有しています。
墓地が広い=暮石の数も多い=檀家の数も多いことになります。
ということで、この寺は半端じゃないのでしょう。
▼1857年の江戸名所切絵図「雑司ヶ谷音羽絵図」では本立寺は田畑に囲まれています。
1618年創建の本立寺の位置は150年前と変化ありません。
しかし寺の周りの田畑はすべてビルやタワマンに置き換わっています。
▼寺境内から見える高層ビルは豊島区役所とマンションが同居するタワービルです。
▼本立寺がよくもビルにならなかったものだと感心します。
池袋大仏の並びには仙行寺を含め3つの寺が並んでいます。
それらは全て各所から移転してきたものでコンクリート造りの近代建築ですが、
ここ本立寺は瓦屋根の本堂が建ち、寺らしい雰囲気を持っています。
庫裡も瓦屋根の建物でしたが、池袋の繁華街から近いところでは、もうこんな風景はほかに見られないでしょう。
▼いつものようにイマイチ意味がつかめない十三重の石塔です。
仏舎利が納められているという意味でしょうが、なぜ13なのかが分かりません。
▼屋根獅子が池袋の空を睨みつけています。
▼しかし周囲は高層ビルで見通しが効かない、睨みが効かないのか?
▼ぶら下がっているグリーンは「虫コナーズ」?
蚊がいるということは、緑があって水があるということです。
寺と墓地と隣接する南池袋公園が蚊たちのパラダイスなのでしょう。
▼墓地には、興味深い言い伝えの残る吉原の遊女六代目高尾太夫の墓があるはずですが、見つかりませんでした。
というより、単なる御首題目的の訪問者が、案内もない墓域をウロウロするのは訝しがられますので、長々と探すのは諦めました。
▼墓参時の供花は菊などとのアレンジが殆どですが、この寺は別の花がアピールしています。賑やかな花とともに墓参できるのはステキなことで、寺の姿勢が見えてきます。
▼「神木隊戊辰戦死之碑」と彫られています。
彰義隊の供養石碑は見ていますが、戊辰戦争の碑は初めて目にしたように思います。
「神木隊」は、高田藩の江戸詰藩士らが同志を募り、脱藩した高田藩士によって江戸で結成され、彰義隊に合流し上野戦争において新政府軍との戦いに敗れたそうです。
今回見つけられなかった墓、遊女六代目高尾太夫も高田藩と関連があります。
本立寺は高田藩と繋がりの深い寺かもしれません。
そんな話を聞ければ、機会を作って再訪したい寺です。