右上のスタンプ「照る照る様」とは何者なのでしょうか?
初めてお目にかかりました。
神社の祭神「天照大御神」に因むものなのかもしれません。
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▼牟礼神明社は三鷹市の住宅街に鎮座します。京王井の頭線「三鷹台」が最寄駅。
▼住宅街にある神社は表参道と言えどもその前の導入路は大概狭く細い道路です。
神社裏手には広い駐車場があったので、そこに車を駐め、表に回りました。
神社は少し高台にこんもりとした森を形成しています。
▼参道途中に彫刻が見事な石灯籠が建ちます。
▼幕末期にこの村の「巳待講」が吉祥寺の井の頭弁財天へ参詣への道しるべとして建てられたものだそうです。
富士講を知って日も浅いものにとって「巳待講」なんて聞いたこともなく、まったく知識ありません。
ちょっと調べてみました。
蚕を飼っている人が秋季、巳の日の晩に集り掛軸を拝み、直会をした。巳の日は福神である弁財天の縁日であり、弁財天信仰の盛んな地域は、近くの弁財天に参詣する。 (石川町・巳待塔)
この地域は昔、養蚕業が盛んだったのでしょう。養蚕農家の守護神とされた弁天様の信仰があつかったようです。
もちろん常夜灯としては今は役目を終えているのでしょう。
▼石段を登った鳥居のある参道は少し手入れが届かない感じがします。
▼厳しい表情の狛犬は「玉持ち」「子持ち」。
▼振り返った参道に、先ほど感じた「少し手入れが届かない」イメージは払拭されました。
▼手水社も手拭きが掛けられ「手入れ」が行き届いています。
▼権現造りの拝殿は少し「頭でっかち」なイメージです。でもドッシリとしています。
▼本殿は覆屋で守られています。
いただいた由緒書きによれば
神社の起源は1537年。
戦国時代、北条早雲の家臣がこの地に築いた砦の守護神として、芝大神宮の分霊を勧請して創建されたそうです。
その家臣の名は「北条綱種」というそうですが、んん〜〜んっ? 知識なし。
▼社殿裏手に回ってみます。
秩父の「三峰神社」と群馬の「榛名神社」からの分霊でしょうか?
▼金属製の灯篭がハイカラでミスマッチしています。
▼社殿前の足下に、かなり小さめの狛犬。
いたずら小僧のような表情で親近感が湧きます。
こういう表情の狛犬たちがいるので、近頃、狛犬にも少し興味を抱けるようになってるのです。
▼石碑に「御神木 旗かけの松の由来」とありますが・・・
▼見上げたこの木は? 樹木に疎くても松の木くらいは区別できます。楠でした。
神社の創建に関わる戦国時代の砦であったこの高台の松に「旗上げ」ならぬ「旗かけ」したのでしょう。
その松の木が根を残すのみとなったので、代替として「楠」が植えられたそうです。
現在は地域の鎮守として崇敬されている神社ですが、
創建にかかわる「北条綱種」なる人物を少し知ってからの訪問ですと、
より味わい深い参拝になるかもしれません。
さらに蛇足、半世紀以上前の「牟礼事件」に関わる神社でもあります。