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御朱印迷宮

関東を中心とした寺社の御朱印記録です。参拝・収集目的に少しでも役立てば幸いです。

元善光寺の御朱印(長野・飯田市) 〜 善光寺の本家・本元・元祖です 〜 伊那街道を北上❹

▼定額山 元善光寺御朱印です。(天台宗/長野県飯田市座光寺2638)f:id:wave0131:20181004171345j:plain

山号は長野善光寺と同じ「定額山」。

 

元善光寺 御詠歌です。

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「御詠歌も・・」とお願いしたのですが、由緒やネットでよく見かける

月半ば毎に来まさん弥陀如来、誓いぞ残る麻績の古里」とは違います。

うづもれし なにわの池の(?) 弥陀如来 せなにおいます 本多善光

意味はわからないでもないですが、御詠歌というのはいくつもあるのかしら?

それともこれは御詠歌ではないの?

 

▼同じく御朱印帳。f:id:wave0131:20181004172434j:plain

300円+300円+1500円でした。

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▼同じ長野の「善光寺」でも飯田市にある「元善光寺」です。

 

善光寺」という名称の寺は全国に広がっています。東京にもいくつかの寺があります。

善光寺」という名称を持たなくても「全国善光寺」の会員となっている寺もあります。

 

▼この寺は当然「全国善光寺」の会員となっています。

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もちろん誰もが知っているのは、ここではなく長野市善光寺

f:id:wave0131:20181004171346j:plainそして、ここは長野市善光寺の「元祖」なのです。

創建の話は推古天皇の時代まで遡ってしまうそうだから、遠い昔とだけ覚えておこう。

f:id:wave0131:20181004171347j:plain由緒によれば推古天皇の時代、この飯田の地(信州麻績の里)に本多善光という人物が都に上った時、難波で阿弥陀如来に巡り合った。

その如来をこの地に持ち帰り祀ったのが起源だそうです。

f:id:wave0131:20181004171348j:plainその後、如来のお告げにより、本尊は長野市芋井の里)に遷すことになります。

その時、本多善光は山中で授かった霊木から本尊と同じ大きさの新たな尊像を彫り、現在の元善光寺の本尊としたそうです。

f:id:wave0131:20181004171349j:plain如来長野市に遷る時「毎月半ば15日間は必ずこの麻績の古里に帰り来て衆生を化益せん」と誓われたとか。

本ブログの訪問日は、古里に帰ってきていらっしゃるのか、長野市にいらっしゃるのか不明。

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ということで「善光寺」は本多善光公の名を以って付けられ、長野市善光寺の絶対秘仏本尊は、当初はここ「麻績の里」で祀られていたのでした。

ほんと、知らなかった!

 

長野市善光寺同様、この元善光寺も7年毎の開帳となり、秘仏のお前立にご挨拶できるそうです。

 

▼「平和の鐘」重さ1.3 t。鐘としては重いのか、軽いのか?

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▼堂内の写真が見当たらないから撮影禁止だったかも? 忘れました。

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古来「長野市善光寺と、こちら飯田の元善光寺と両方お詣りしなければ片詣り」と言われているそうです。

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片詣り」と言うと、長野市善光寺別所温泉北向観音もセットされており、どちらの参拝を欠かしても「片詣り」と言われています。

長野市善光寺だけしかお参りできない人は、別所にも飯田にも「片詣り」となり、

W片参り」で、そうとう肩身がせまく顔向けができない、と言うことになります。

 

御朱印収集の皆さん、長野の善光寺別所温泉北向観音、飯田の元善光寺の3ヶ所へぜひお参りください。遠〜〜〜〜〜いわよ!

f:id:wave0131:20181004171354j:plainでもどれか1つの寺でも、お参りできる人には祝福があるんでしょうね!?

ちなみに諏訪湖の近くに「諏訪善光寺」というのもある。そちらは本尊が飯田から長野市に遷るときの「お休み処」だったそうです。

 

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▼基本はタテに右から左に読む?

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長野市善光寺同様、ここにも本尊の真下に「戒壇巡り」が・・。

「無料」ならば入ってみるしかないです。

f:id:wave0131:20181004171352j:plainライトは禁止だからカメラフラッシュもダメ。でも「撮影禁止」とは書かれていません。

▼シャッターを押してみました。僅かに手すりのような物のほかは何も映らない。当たり前。ヘッピリ腰でソソと進んでみましたが「お錠前」に触れらたかどうかも定かでありません。

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私たちは、日頃、余計なものに眼を奪われて、ものの本質を見誤ったり、争ったり、嫉妬したり、むさぼったりして、結果は悩みに陥るのです」と言うことで、暗闇では錠前を探し当てることだけに専心でき「仏様の世界に入って行くこと」だそうです。

 

今回の旅の初日に訪問した手長神社で、鈴を振りながらの宮司の言葉を思い出しました。

「私たちはいつの間にか目に見えるものだけに心奪われ、目に見えないものの存在を忘れたかのような多忙な生活を送るようになってしまった。時には目を閉じ、鈴の音を耳にしながら、見えないものの存在に心を傾けてみましょう」

 

現代の膨大な視覚的情報は、ある側面からみれば不幸でもあるわけです。

電気もなく、スマホも通じない山間の宿で数日過ごしてみれば、今まで見えなかった事象が見えてくるかも?

多分1日でコーサンするでしょう!

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▼帰り際、団体の若者たちとすれ違う。チャイニーズらしき話し声だけど台湾かもしれません?

f:id:wave0131:20181004171400j:plain十数人のグループ。

それにしても長野の交通の便のよくない地にあり、日本人だって多くは知らない「元善光寺」にやってくる? 感心して、呆れて、驚くばかり。

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伊豆の修善寺が日本人より諸外国の観光客の数の方が多かったことを思い出しました。

今や日本の隅々まで海外からの観光客が押し寄せてくるのです。

そして外国人はおしなべて日本の寺社が「お好き」のようです。

我が国民の目に映る寺社と、彼らの目に映るそれは、いくらか、あるいは全く異なっているかもしれない?

 

もしかして、彼らは長野の善光寺もお参り済みかもしれない?

 

 

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