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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

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称名寺の御朱印(横浜市)〜北条実時の浄土庭園と金沢文庫、そして墓所

▼金沢山 称名寺御朱印です。(真言律宗横浜市金沢区金沢町)f:id:wave0131:20191212190340j:plain

山号の「金沢山」は「きんたくさん」と読みますが、ちょっと滑稽な響きです。

墨書きの「慈尊(じそん)」は弥勒菩薩の敬称だそうで、称名寺の本尊です。

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▼最寄駅の京急線金沢文庫駅」からは徒歩12、3分で称名寺赤門」に着きます。

f:id:wave0131:20191212190347j:plain門前で腰を下ろしている人たちもいて、どこかノンビリした雰囲気です。f:id:wave0131:20191212190351j:plain

赤門からは石畳の参道が「仁王門」まで続きます。f:id:wave0131:20191212190355j:plain参道脇は桜の木と思われます。季節には見ごたえのありそうな並木です。

仁王門。境内は国の史跡に指定されています。

f:id:wave0131:20191212190359j:plain鎌倉時代北条実時による創建だそうですが、当然のことながら寺は盛衰を経て、主な建物も再建されたものがほとんどです。

▼仁王門をくぐると、いきなり庭園と池が目に飛び込んできます。f:id:wave0131:20191212190423j:plain

▼「阿字ヶ池」に架かる反橋に続いて平橋、その向こうに「金堂」が見えます。典型的な「浄土式庭園」です。f:id:wave0131:20191212190420j:plainこの庭園も当初は鎌倉時代に整備されたものを1987年に復元されたそうです。

浄土式庭園は宇治平等院毛越寺などが有名ですが、この庭園とそっくりなのは、いわき市白水阿弥陀堂です。

橋の反りは称名寺ほどではありませんが、白水阿弥陀堂も池の中に反橋平橋→お堂と続いています。f:id:wave0131:20191212190404j:plain順序は逆になりますが、いわき市白水阿弥陀堂を訪れた時は、真っ先にここの称名寺庭園が思い起こされました。

残念ながら御朱印はいただけなかった白水阿弥陀堂の記事です。

wave2017.hatenablog.com

 

浄土式庭園ですので寺の宗派は浄土宗かと思いきや、称名寺真言宗毛越寺天台宗白水阿弥陀堂真言宗、と宗派には関係ないようです。

f:id:wave0131:20191212190408j:plainどの宗派にしても、浄土思想による死後の世界の極楽浄土を再現したものに変わりありません。

 

橋の手前がこの世で、あの世に渡る橋は反っていて向こう側が見えず、何があるか分からない怖さがあります。反橋はそんな効果を狙って作られたのでしょうか?

苦労して反橋を渡り、平橋を通って行き着く先が極楽浄土という訳です。

 

当時の武将たちは戦や政争で多くの命を奪わなければ生きながえられません。

そこに殺生を戒め、地獄と極楽という思想を植えつけたのが仏教でしょうか?

何者をも恐れぬ強者の武将たちも、死後の地獄だけは恐れたたに違いありません。

反橋を渡った先が「極楽でありますように・・」と願ったはずです。f:id:wave0131:20191212190416j:plain浄土庭園造営も当初は故人のためのものでしたが、やがて自身の極楽浄土往生を願うように変化していったそうです。f:id:wave0131:20191213183027j:plain戦国時代が終わるまで、死人の山を築いた武将たちは皆、寺を造ったり寄進したりしています。東照大権現として神となった家康もしかりでしょう。f:id:wave0131:20191212190412j:plain▼しかし、この寺の創建者、北条実時はそんな人物の一人だったかどうか知りません。f:id:wave0131:20191216171553j:plain

▼学問好きで文化人でもあった北条実時は蔵書を集め、金沢文庫を創設しています。f:id:wave0131:20191212190427j:plain寺に隣接する文庫は、訪問時はあいにく休館でしたが、無知な頃、文庫と言ったら=文庫本しか頭に浮かびませんでした。地獄に落ちるほどの無知でした。

 

▼寺の創建と金沢文庫の創設者である北条実時の墓の案内があったので、境内裏の山に進んでみます。少々荒れている感じの細い道はまるで山道ですが登ります。f:id:wave0131:20191212190446j:plain

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墓所は花も線香もなく、やはり荒れ気味でした。f:id:wave0131:20191212190435j:plain

f:id:wave0131:20191212190431j:plain800年前、北条実時が渡った反橋の向こう側が極楽であったことを信じつつ、手を合わせて帰ります。