六孫王神社の御朱印
「ろくそんのうじんじゃ」主祭神:六孫王大神(京都市南区壬生通八条角)
祭神の六孫王大神は清和天皇(在位858〜876年)の孫にあたります。
清和天皇の第六皇子、貞純親王の六男「経基」として生まれた事から皇室で六孫王と呼ばれていたそうです。
すべて受け売りですので分かったようで、よく分かっていません。
清和天皇は平安時代の天皇といっても全く知識がなく、細かい他のこともすべて忘れそうです。
前回記事の東寺に引き続き、しばらくは京都の御朱印で続けてみます。
しかし、現地や写真で何回も目にしていると目が慣れてくる。もうすっかり京都のランドマークとして定着し、京都人にも受け入れれているのでしょう。
来年は東京オリンピックが開催されますが、京都タワーは前回の東京オリンピック、1964年に建てられたから、もう半世紀以上建ち続けていることになります。
京都人も生まれた時から目にしている人の方が多いことにもなります。
費用がかかりますがタワーにライトアップはツキモノです。もちろんそこには商魂も灯っていますが・・。
東京では「東京タワー」と「スカイツリー」が競っています。
もちろんワタシは古いモノが好きです。
▼さて、六孫王神社は京都タワーとは駅を挟んで反対側、八条にあります。
というよりは「東寺」の北側に位置しますと言った方がわかりやすいでしょう。
壬生通りから一の鳥居、ニの鳥居と続きます。
▼冬の参道は寒々しいのですが、もうすぐこんな華やかになります。
桜の写真はWEBからお借りしました。
朱色の灯篭は同じく朱色の鳥居同様、外国の方々に人気かもしれません。
▼神龍池に架かる橋を渡ります。
▼その先に見事な唐門が待っています。素っ気ない一の鳥居から一変して華麗さを感じます。
▼訪れたのは12月。本殿前も静かです。
かつては「六の宮権現」と呼ばれていて、芥川龍之介が「六の宮の姫君」として短編を書いていますが、昔読んだだけで内容はすっかり忘れているから話にならない。
「地獄も極楽も知らぬ腑甲斐ない女の魂が、朱雀門ですすり泣く声になっている」というような一節もある。もう一度読み直してみよう。
その芥川の短編を題材に北村薫も「六の宮の姫君」という本を出している。
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龍之介と北村を読めば、この神社のイメージが別なものになるかもしれない。
▼神社のすぐ北側にある「児水不動明」のお堂。
元々は境内にあったようですが、この神社自体が東海道線が出来た時、新幹線が出来た時などで境内敷地が削られたり、分断・移動させられたりしたようで、今は境外にポツンと独立した形になっています。
「児の水(ちごのみず)」という名水が湧き出ているようです。
「源氏三神社」の一つであるこの神社は、ゆっくり見て回れば、見るべき箇所や他にもいろんな発見がありそうです。
御朱印姫たちよ、この神社で地獄は見えなくても、極楽に出会えるかもです!?
▼お隣「東寺」の記事。