▼「東寺 」八幡山 教王護国寺(真言宗・京都市南区九条町)本尊「薬師如来」の御朱印です。
御朱印が「何種類?」「いくついただける?」というブログタイトルにすると、ゴシュラーが群がってくるかもしれない。
ザンネンですが、ブログタイトルで訪問いただいたゴシュラーの方々には全く役に立ちません。
スミマセン!
2016年にいただいた東寺の御朱印は上に掲載の2つだけ。
東寺、いや当時でさえ御朱印は4、5種類あった。しかし、このブログで度々書いてきたようにワタシは直書きの場合は2体までしかいただかない。
書置きの場合は別勘定です。
でも、その理由は説得力もなく、単にガンコな流儀。
ゴシュラーの方々に受け入れらるとは考えにくく、せっかくなのに「もったいない!」と思う人がほとんどかもしれない。
現在、東寺では朱印の種類が増えて9種類ほどがいただけるようで、それを1回で全部収集してきたようなHPもあります。
そんなHPは、ゴシュラーにとっては、とても役立つということでしょう。
しかし、ワタシはたとえ9ヶ所で、九つの仏像に全てに手を合わせてきたとしても、やはり、1回の訪問で9種類の御朱印を全ていただいて、いや集めてくる事はしない。
ウスッぺらな自分が、さらにウスく思えてくるから。
1回の訪問で9種類を全部いただいてくる人は、ブログ、インスタ、ツイッターのイイネなど、何かを得るためだけの、数多い事だけが目的の収集なのでしょう。
「だけでどこが悪い?」と言われるかもしれません。
悪くありません。エゲツなく、浅ましいく思えるだけです。
しかしエゲツない事は、いろんな場面で勝利をもたらす事が多いようです。
ワタシも、一人のゴシュラーに違いないので、ムキになる事ではないのでしょうね!
はい、今回もまた時流に乗れない、乗りたくない、空気に溶け込めない、溶け込みたくない、ヘソマガリの嫌われそうな「吠え言、戯言」です。
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▼東寺へは近鉄「東寺駅」からならばすぐですが、京都駅からも歩ける距離です。
▼南大門から境内に入るとフェンスが目に入りますが、そのフェンス内に入らなければ、すべて「フリー」です。
▼こちらは東にある「慶賀門」。
▼全ての御朱印が1ヶ所でいただける「食堂」もフリーですが、そこから先は有料のフェンスがあります。
▼食堂には無残にも焼けただれ炭化した四天王像があります。昭和初期に食堂が焼失された時のもののようです。
▼有料ゾーンの「講堂」です。1491年に再建されたそうです。
もちろん内部は撮影禁止ですが、この建物の中に今回上野にやってくる、空海が描いた「立体曼荼羅」の仏像たちがひしめいています。
内部は少し薄暗いのですが、仏像に大きな関心がない人でも、その国宝の存在感に圧倒されます。
怒りの仏像たちを目の当たりにすると、改めて空海の凄さを知ることになります。
まさに空海ワールドを堪能できます。
空海が密教を抱えて現れる前までは、仏像は穏やかで、人を包み込むような表情をしたものがほとんどだったはずです。
そこへ憤怒の形相をした明王部の仏像をもたらした。当時の人々はさぞや仰天したことでしょう。
とは言っても、当時はまだ仏教そのものが、空海や行基によって、やっと一般庶民のものになりつつある時代だったから、驚いたのはごく一部の人々だけだったに違いない。
上野では東寺よりもう少し間近で、そんな憤怒の形相群に会えるかもしれません。
という事で京都に行っても、東寺の講堂は春の間は「カラッポ」になるはずですので、お気をつけて!
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▼「金堂」では、台座からだと10mある巨大な本尊の薬師三尊にお目にかかれます。
こちらは1603年の再建。
そして京都のシンボル、黒々とした「わが塔はそこにたつ」です。
いや違う! 「わが塔は・・」はここではない。真如堂には行ってないし・・。
▼しかし、黒々と傾いた写真を見ていると「わが塔は・・」を思い出す。
寺に生まれた野間の文学は読み通すことがつらく、内容もチンプンカンプン、途中でくじけ投げ出している。読み続けることにくじけた本は悔しいのかタイトルだけはよく覚えている。
彼の塔に対する歪んだ思いで見える塔は、決して垂直に建っていなく、いつも黒く、傾き、彼に覆いかぶさってくるかのようであったのでしょうか。
東寺の塔は、へそ曲がりのワタシの目にも真っ直ぐに見え、安心します。
ベンチに腰掛け、販売店のおネェさんにいただいたお茶を飲みながら、しばし、高さ55mの塔と向き合い、800年前の平安京を思い描いてみます。
▼12月でしたが、紅葉が名残り惜しそうに秋を引きずっていました。
800年前は京の入口で羅城門を中央に、シンメトリーな位置にあった東寺と西寺が、それぞれの五重の塔を誇って、競っていた事でしょう。
こんな記事を書いていると、上野はともかく、 京都に行きたくなりました。
そうだ 京都 行こう!