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御朱印迷宮 /Goshuin Labyrinth

御朱印収集目的には殆ど役立たずなブログ!かも

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村松 大神宮の御朱印(東海村)〜ガンバレ! 茨城一の宮? 茨城のお伊勢様〜奥の細道、R6を北上❷

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▼同じく境内社晴嵐神社御朱印f:id:wave0131:20190820164141j:plain

呼吸器守護」の神様には初にお目にかかりました。

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▼大神宮一の鳥居です。新しそうな様々な看板が目立ちます。

すぐ左隣は前回記事の虚空蔵堂。その石の大きな寺標の手前にデカデカと「大神宮」の社標。f:id:wave0131:20190819203129j:plain赤い菊花紋章は初めて目にします。

▼虚空蔵尊の寺標。f:id:wave0131:20190817165233j:plain

▼さらにこんな看板も。お寺と神社「別です」。f:id:wave0131:20190820163725j:plain寺への参拝者はこの先「進入ご遠慮下さい」とあります。

まさにライバル関係を表しています。解釈によってはいささか露骨に感じなくもありません。いつものように穿ち過ぎでしょうか?

でも、御朱印と一緒にいただいた由緒書きには「参考 虚空蔵堂は、西暦807年に建てられた神宮寺」と虚空蔵堂について触れています。

一の鳥居の看板をはじめ、神社側が寺を意識しているのが伺えます。f:id:wave0131:20190819203121j:plain神社は虚空蔵堂より100年早い、708年創建と伝わります。f:id:wave0131:20190819203117j:plain807年に虚空蔵堂が神宮寺となって、その後、明治まで一千年ほどの間は、お寺と神社「別です」の看板は不要だったのです。f:id:wave0131:20190819203021j:plain当時は寺と神社の境界などはなく同じ境内だったはずで、参拝者も何の疑問も持たずに神社と寺に、神と仏にそれぞれ手を合わせていたことでしょう。f:id:wave0131:20190819203050j:plainそんなことを顧みると明治政府の政策は何とも残酷な、まったくもって罪なもののようです。

例えは良くないですが民族分裂、現在の南北朝鮮のような状況にしてしまったとも言えなくもありません。f:id:wave0131:20190819203010j:plain明治政府は、同じような厄除け、ご利益を「売り」とする寺と神社が隣り合わせる結果を作ってしまったと言えます。f:id:wave0131:20190819203015j:plain隣り合わせていても、時には仲の良さそうな寺と神社を見る場合もあります。

具体的にすぐに、その寺社名が思い出されませんが、そんな時は何故かホッとします。f:id:wave0131:20190819203040j:plainこの神社が意味不明な「茨城一の宮」と称するのも、また「茨城のお伊勢様」と謳うのも十分理解できることです。

天照皇大神も神明造りの本殿から身を乗り出しPRしそうな勢いです。

 

知名度としては圧倒的に高い「盆休み」にしている虚空蔵堂は、もしかしたら「テング」になっているかもしれません。f:id:wave0131:20190819203100j:plain露骨な表現と感じた部分も神社側の熱意、バイタリティーと解釈すると、頑張っている神社が健気に感じなくもありません。f:id:wave0131:20190819203054j:plain

どちらにしても今回は御朱印をいただけた「盆休み」なしの神社にミコシではなく、グンバイを上げることとしましょう。

▼さて、数多い境内社の写真を羅列してみます。f:id:wave0131:20190819203112j:plain

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▼鳥居の先の山奥に三峰神社があるのでしょうか?f:id:wave0131:20190819203044j:plain

御朱印をいただいた「呼吸器守護」の神様を祀る晴嵐神社です。f:id:wave0131:20190819203036j:plain東日本大震災で大きな揺れや、津波に襲われながらも、この神社に大きな被害の痕跡は見当たらなく、何よりと思いました。f:id:wave0131:20190819203029j:plain神社の所在地「東海村」は「原子力」の村でもあります。村といっても地方の小さな市より多くの人口を抱えている「村」です。f:id:wave0131:20190819203025j:plain今回は足を延ばしませんでしたが、神社拝殿の手前にあった案内看板「茨城百景 村松海岸砂丘 海まで1km」へ出れば、原子力発電所や火力発電所が見えるはずです。

この神社も紙一重で、福島のような原発事故から難を逃れています。

東日本大震災後「がんばれ! ニッポン」というスローガンを何回も、多く目にして耳にしましたが、当事者以外には今や忘れられつつあります。

しかし、ままならぬ復興にジレンマを抱く地域や人々も多くあるように理解します。

 

がんばれ! ニッポン」は続いています。

そして、「がんばれ! 大神宮

 

必ずや、この隣り合わせたライバルを再訪します!

 

 

wave2017.hatenablog.com