-----------------------------------------------------------------------------------------------------
高麗川に囲まれた土地の形が「巾着(キンチャク)」に似ているからそう呼ばれるみたい。
地図で見るとナットクします!
この場所は、9月も中旬になると、辺り一面が曼珠沙華の群生で燃えるような真っ赤に染まりますが、見頃はその年によっては10月にずれ込む場合もあるようです。
秋の彼岸近くに咲くから彼岸花です。
巾着田は春の桜や菜の花をはじめ、四季を通じていろんな花が咲きます。
しかし何と言っても、この彼岸花が圧巻です。
その数500万本で日本一と言われていますが、誰も正確には数えた事ないでしょうから、サバヨミ数値でしょうけど、話半分と理解してみてもスゴイ数。
曼珠沙華は、サンスクリット語で天界に咲く花という意味で、仏教の経典には、
おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天から降ってくる、と言われているそうです。
曼珠沙華、読みは「マンジュシャゲ」、その昔「マンジューシャカ」と読ませて、恋する女心の歌を売った歌手がいました。
山口百恵です。
彼岸花を「不吉な花」とする人もいますが、この歌のおかげでイメージは少し変わったかもしれない。
「彼岸花」という曲は数曲あるようですが、どれもヒットしてないようで、山口の曼珠沙華にはかなわない。
この時から不吉な花の彼岸花が大手を振れる「市民権」を得たように思うけど、違うかしら?
山口以前、何しろ不吉な花だった。
特におばぁちゃん、おじぃちゃん達には人気がなかったはずだ。
この花はその昔、墓場の周り、厠の周り、畦道などに多く植えられていました。縁起の良くない花とされていたのです。
どうやら彼岸花の球根が毒を持っているようで、暗にその毒に近寄るな、という現実的な、教訓的な教えが彼岸花を疎う形になったのかもしれません?
昔は死者が出た場合、土葬が当たり前でした。
土葬して間もない頃はその臭いからか、獣が墓を荒らします。毒性を持つ彼岸花を植えることにより、それを防ぐと同時に、彼岸に咲く花が墓標でもあったようです。
畦に植えられたのも理由があり、彼岸花の根の張りが強いそうです。だから畦の崩れを防ぐ役目を果たしてきたとか。
厠、トイレの周囲にも多く植えられてきたのは、同じような目的で、ドクをもってドクを制す的な毒消し的役割と、やはり獣を近づけさせない事だったかもしれない。
日陰者の花が、今や意味広く理解され、嫌われるどころか、たくさんの人のタメ息を誘ってます。
へそ曲がりとしては、真似できたらと、嫉妬させられるような、これ以上の快挙はないわね。
まぁ、話のタネとして「巾着田」は行ってみる価値はあるわよ!
さて、ここは御朱印ブログですが、いつものように全く何なのかワカラン! 迷宮。
で本題を少し。
高麗神社だけど、参道前にイキナリ現れるこのふざけたトーテムポール!?
おバカな頭をかなり悩ませてくれます。「地下女将軍」?
謂れは他のブログで探ってくださいな!
▼そういえば高麗神社のすぐ先にこんなところもありました。重要文化財の高麗家住宅。
日高市巾着田の周辺には、高麗神社をはじめ寺社が点在しています。特に武蔵野三十三観音の寺々が近い。
暑さも和らぐ9月後半から10月初旬は、1日を巾着田周辺だけにして、寺社と自然を相手にタップリ、ノンビリ、シッカリ巡るのが保証付でおすすめ!
絶対タイクツしないよ!
そう、もし訪れる事ができたら、御朱印は3つ、4つだけでいいの!です。
御朱印以外もしっかり見て、楽しんでみて! みれば?!