▼群馬県護国神社の御朱印です。(群馬県高崎市乗附町2000)
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いくつかの護国神社に参拝しています。
東京近郊では千葉県や埼玉県の護国神社は境内の様子が少し異なりますが、ほかは全てだだっ広い境内と立派な社殿が同じ姿をしていて、まるでコピーしたかのようです。
ですから、これまで参拝した護国神社の個別の記憶が全くありません。
▼どの護国神社もこの姿しか記憶に浮かんできません。
写真にしたところで並べられたら全く区別もつかず、どこの護国神社か言い当てることが出来ないほどです。
もうひとつ、どの護国神社で共通の記憶があります。
御朱印の対応が全く親切丁寧なことです。
事務的でもなく、これまでに不快な思いをした記憶もありません。
たくさんの護国神社を訪問しているわけではないので偶然かもしれませんが・・。
もともとは「招魂社」だった護国神社は、その生い立ちから見て歴史は古くはありませんので、社殿も新しく、摂社・末社もあるわけでもなく、何となく興味あるものを見つけられません。
でも、戦死者、自衛官・警察官・消防士などの国のために亡くなった公務殉職者を祀る神社ですので、もう少し知識を得て興味を持てる部分を見つけるべきかもしれません。
そんなわけで、どこの護国神社を参拝しても写真はほとんど数枚しか撮っていません。
脚もカメラも護国神社とは別な場所に向かいがちです。
▼群馬県護国神社へは高崎観音参拝からの訪問でしたが、再び観音山の方へ戻り「清水寺」へ行ってみます。
この時は時間がなかったので残念ながら御朱印はいただけずに帰っていますが、森の中に佇む観音堂は寂び寂びとして、高崎観音とは違い訪問者数も見当たらず、とても静かな寺でした。
機会を見つけてぜひとも再訪してみたい寺でした。
話は護国神社に戻りますが、
「指定護国神社」は基本的に各都道府県に1社ですが、東京と神奈川にはありません。
東京は靖国神社が「東京招魂社」でしたが、地元出身者だけでなく朝鮮や台湾の出身者も祀られていますので、少し性格が異なるかもしれません。
神奈川県では護国神社を建設途中、戦時中の横浜大空襲によって焼失されたままになっているそうです。
さらに国が定めた「指定護国神社」以外にも府県名を付けられないたくさんの護国神社があります。
護国神社については一夜漬けのような知識しかありませんが、それは神社の参道や森のように奥深いようです。
▼「護国神社」の記事を少々。