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御朱印迷宮

関東を中心とした寺社の御朱印記録です。参拝・収集目的に少しでも役立てば幸いです。

摩利支尊天堂の御朱印(京都) 〜マリシテンとイノシシのシアワセな関係?

さらに京都が続きます。

建仁寺塔頭 禅居庵 摩利支天堂御朱印です。

臨済宗建仁寺派京都市東山区 四条下るf:id:wave0131:20190402211449j:plain

中央の墨書き、摩利支天尊のすぐ上の2行の文字は「開運勝利」でしょうか?

 

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建仁寺境内にありgooglemapでは「亥堂」と表示されています。

 

▼ワタシにとって京都の有名で大きな寺は「勝手にしてチョーダイ!」と、突き放したい気持ちが どこかでいつも感じますが、建仁寺はそれがありません。

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いつものように上ッツラだけしか見ず、ツッコミが足らないせいかもしれません。

 

どうであれ、今回記事は建仁寺が対象ではありません。

当たり前に建仁寺も「売り」となる主要な部分は有料です。

しかし境内の無料範囲は広く、付近に住まう方々の生活通路、道路の一部にもなっている境内です。

建仁寺と言わず、どの寺も歴史が1000年以上もある中で、メジャーな寺が拝観料を採るようになったのは、タカダカ100年にも満たない。

寺が存続でき、発展したのは、人々が頼れ、利用でき、心の拠りどころにでき、生活環境の一部にできたからでしょう。

だから境内の一部が通路となるのは当たり前なのでしょう。

 

ですので、建仁寺の総門から境内をズズズズ〜〜〜っと、伽藍を通り抜けるように南に歩を進めて、首を左右にフリフリ探すと今回記事の寺が見つかります。

 

▼「摩利支天堂」です。

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ところで、アキアキとするくらいのランク付けですが、何でもありで

日本三大摩利支天」と言うのもあるようです。

日本国中、全ての事象に三大、五大、十大とつけたがります、ワガ国民は・・・。

 

そしてイノシシ君ですが、

▼この日の手水舎のイノシシ君は「ヨダレ」の如く水をタラ、タラしています。

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狛犬ならぬ「コマイノ」でした。おみくじもイノシシで、摩利支天との繋がりは何?

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▼何も知らないワタシに、女神 摩利支天はカンタンに答えを教えてくれない。

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しかしイノシシたちを従え、その背に乗り、君臨する摩利支天?

Wiki によると、楠木正成は兜の中に摩利支天の小像を篭めていたという。猪突猛進?

有名な上杉謙信毘沙門天など、戦国武将たちは神仏を固く信じていた。

 

イノシシは神の使いでもあるようね!

もう少し勉強しなきゃ!

 

▼前述した「日本三大摩利支天」の筆頭は、上野の日蓮宗徳大寺」のようです。

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さすが、イサマシー!

 

今年は亥年でもあるし、他の寺の摩利支天巡りでもしてみますか?

 

 

▼上野・徳大寺 摩利支天記事です。

wave2017.hatenablog.com

六道珍皇寺の御朱印(京都・東山区) 〜早春の特別寺宝展、冥界へ続く井戸を覗き見る

京都を続けます。(いちいち、ウルサイ!?)

▼大椿山 六道珍皇寺の本尊「薬師如来」の御朱印です。

臨済宗建仁寺派京都市東山区大和大路通四条下ル)f:id:wave0131:20190401171242j:plain

▼同じく薬師さんだから「醫王殿」でしょうか?f:id:wave0131:20190401171241j:plain

左上の印「洛陽二十一大寺随一」は、どう言う意味なんでしょうか?

受付で2、3人控えていた書き手さんに聞けば良いものを・・・。

 

▼同日にいただいた「小野篁」の書置き御朱印f:id:wave0131:20190401171243j:plain
偶然「寺宝展」を開催中でした。せっかくだから600円と引き換えに拝観。

受付に、色紙金泥文字の書置きがズラリと展示されていたが、大きな興味はないので1体だけいただいてきました。

興味ないと言うか、ネット上で見飽きた紺紙・金泥文字。

まぁ、1体くらい持っていてもイイかな・・、と言う事でした。


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▼左の石柱に「小野篁卿舊跡」。知識がなければ一般人は、ほとんど読めない。

f:id:wave0131:20190401160559j:plain当然ワタシも読めなかった。読めるようになったのはここ数年。

もとより小野篁という人物の知識があれば別ですが、「」を「たかむら」なんて、どうやって読めと言うの?

さらに「舊跡」、「旧跡」だったら誰でも読めたのに。

去年この字を使っていた寺に出会った。

 

wave2017.hatenablog.com

 

 

▼前回記事同様、ここも「六道の辻」。だが西福寺とは、石碑の「出来」が違う。格差です。f:id:wave0131:20190401160600j:plain前回記事の「六道の辻」の石柱は道路の角に建てられていたから、行政側の県・市・区などのいずれかが建てたものかと勝手に判断してた。

勘違いだった。西福寺角の石柱も上の写真、珍皇寺の「六道の辻」もそれぞれ自寺の名称が刻まれています。

それぞれの寺が設置したものです。だから私的なモノです。

平安時代からのことですから「辻」は「ここら辺」としか特定できないでしょうから、どちらも間違いではないのでしょう。

だから西福寺から珍皇寺まで直線で200mも離れていない。

 

▼精霊を迎えるために撞く「迎鐘(むかえがね)」だそうです。

 

f:id:wave0131:20190401160555j:plain緑の格子窓の下についている「ヘソ」のような結び綱を引っ張ると、内部は見えませんが、くぐもったその鐘の音が「十萬億土」の冥土にまで届く言われています。

十萬億土」が何光年なのか分かりませんが、鐘の音に乗っていければ冥土を訪れられるかもしれません。

 

▼ここに閻魔さん、タカムラさん、空海さんがいますが、撮影禁止となっています。

f:id:wave0131:20190401160557j:plain▼普段はどこもかしこも閉まっているようですが、この日は「薬師堂」もOPEN。

f:id:wave0131:20190401160558j:plainでも、建物は新しいから収蔵庫にもなっているのかしら。

▼地蔵たちは、さして広くない境内に大きなスペースを得て、一番ノンビリしてます。f:id:wave0131:20190401160553j:plain

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▼3月21日、祝日なのに夕方近くは群がる「ゴシュラー」は見当たりません。f:id:wave0131:20190401160552j:plain時間的なせい? それとも数年前から授与されてる限定御朱印に飽きた? 前述したようにワタシは、いただいてもいないのに、いささか飽きています。

 

▼「三界万霊十方至聖」?

キラキラ御朱印だけに興味のある人は、こんなのはドーデモ良いですよね!f:id:wave0131:20190401160554j:plain

料金を支払い、御朱印の注文をして、本堂内に展開されてる寺宝展」に進みます。

が、当然ここもすべて撮禁

▼内容はコンナンでした。

www.rokudou.jp前回記事、西福寺さんの「絵解き」イベントがイメージできるコワイ曼荼羅たちの絵巻物が紐解かれていました。

撮禁なのに、なぜかSDカードに記録されてた凛々しくすばらしい「毘沙門天立像」。f:id:wave0131:20190401160602j:plain

北の方角を守る彼は、きっと北から強力な磁力を操り、ワタシのカメラのシャッターを押した。そうです、そうとしか考えられない?! 撮禁なのだから!!

 

▼水琴窟の音色も同意してくれると思いきや、黄泉の国のVIPになれそうに聞こえる響きは、冷たく静かで小さい。f:id:wave0131:20190401160546j:plain

▼庭は明るく綺麗に整えられている。しかし・・・
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▼ここから先はタカムラの「ヤミ」です。f:id:wave0131:20190401160551j:plain

ちょっと待って・・・・・・

 

なぜか、この記事を書くためキーを叩いていたら、急に気分が悪くなりました。

・・・・・・・

気分悪いと言うか「酔い」のようなキショクです。

飛んでるような、漂ってるような、酔ってるような、何とも言えない気分!

・・・・・・・

もう、キーも叩けなくなったワタシはどこにいるのでしょう

 

この後の写真詳細は、皆さんの想像におまかせ・・・。

 

▼「冥土通いの井戸f:id:wave0131:20190401160548j:plain

小野篁は夜は閻魔をサポートしに毎夜この井戸から冥土に出入りしていた?f:id:wave0131:20190401160549j:plain

▼この奥にさらにに進むと・・f:id:wave0131:20190401160550j:plain

▼「黄泉がえり之井」境内端の狭い所にあります。f:id:wave0131:20190401160603j:plain

▼井戸内部はライトで照らされていますが、黄泉の国は相当深く、水底が見えません。f:id:wave0131:20190401160604j:plain

小野篁関連だけにかかわらず見所の多い寺ですが、普段はヒッソリとしています。

 

▼特別展にもかかわらず、早くも4時13分に寺の門は閉ざされました。f:id:wave0131:20190401160601j:plainルール違反、撮禁犯しのワタシも、門の外に閉め出されます。おユルシを・・・。

 

wave2017.hatenablog.com

 

西福寺の御朱印(京都・東山区)〜六道の辻、さて どの道を辿るのか?

京都の寺が続きます。

が、観光客からみたらマイナー寺です。

▼桂光山 西福寺御朱印です。(浄土宗/京都市東山区大和大路東入ル西轆轤町

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中央の墨文字は「法王殿」。

「法王」と言うと、ローマ法王しか思い浮かびませんが、調べてみると「如来」の異称だそうです。

 

御朱印対応の丁寧さに関わらず、残念なプリントの書置きでした。

3つの朱印・スタンプだけは現物の印が押されているようです。

 

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▼前回記事の「六波羅蜜寺」から、この寺へは北へ100mほど離れています。

しかし、それぞれの寺を訪れた時間は850日ほど離れています。

 

▼「六波羅蜜寺」の前の道を北へ少し歩くと「松原通」に突きあたります。

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洛中から延びていて鴨川の松原橋を渡り清水寺へ至る「松原通」は、ジミだから好みな通りです。

清水寺」にとっつく「東大路通」を超えると様相は賑やかに一変します。

しかし平安時代から、この通りが目指す本来の目的地は清水寺の奥、鳥辺野でした。

葬送の地です。

しかし裕福でない人々は、そこまで行けず鴨川の畔に亡骸を打捨てた事もあったようです。

 

▼ともあれ、その「松原通り」に突き当たり角にあるのが「六道の辻」です。「陽炎の辻」ではありません。

f:id:wave0131:20190329143438j:plain冥界へと続く道の入口です。

「六道」とは、天道人間道修羅道畜生道餓鬼道地獄道の六つを表すそうです。

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ワタシは今、かろうじて「人間道」に存在させてもらっているようですが、いつ修羅道畜生道に陥ってもおかしくありません。ワタシには六道それぞれの尺度、ボーダーラインがよく分からない。

▼「六道の辻」の石碑の隣に西福寺はあります。

f:id:wave0131:20190329143447j:plain観光客にとってはマイナーな寺と書きましたが、京都人にはそうでもないかもしれません。

f:id:wave0131:20190329143446j:plain前回記事の六波羅蜜寺でも書きましたが、六波羅(六原)はここの地域名でもあります。現世と冥界の境界なのですが、この地域の住所表示は「轆轤(ろくろ)町」。

六波羅原は「轆轤原」「髑髏(ドクロ)」が転訛したとも考えられています。

f:id:wave0131:20190329143445j:plain盂蘭盆の直前には、この寺やすぐ近くの「六道珍皇寺」に多勢の人たちが「六道参り」にやってきます。

f:id:wave0131:20190329143439j:plain六道参りは関東では聞かれませんが、京都ではこの時期には陶器市も開催され、風物詩にもなっています。

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f:id:wave0131:20190329143442j:plainそして六道参りでは、ここ西福寺でも「熊野観心十界図・地獄絵絵解き」が行われ、恒例イベントとなっているようです。

また、この時には「壇林皇后九想図」という風葬により壇林皇后が朽ち果て、鳥に荒らされ、髑髏になり、やがて土に還るというリアルで生々しく恐ろしい様子が9つの絵で表されている図も公開されるとか。

f:id:wave0131:20190329143440j:plainこうして京都では、先祖を迎える8月7日の六道参り始まり、16日の五山の送り火で長い盂蘭盆の幕を閉じるようです。

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▼西福寺の前には「幽霊 子育飴」もあります。

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▼子供を育てるわけではないのですが、1つ買いました。

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全く混ざり物のないシンプルな飴です。

 

渋さを超えたような店舗に入ると、
やはりこの界隈はあの世との境のようでした。

 

wave2017.hatenablog.com

 

六波羅蜜寺の御朱印(京都)〜空也上人は「もなか」になって 銀座でもモテモテ!

京都を続けます。

 

▼補陀洛山 六波羅蜜寺真言宗智山派京都市東山区松原通大和大路東入)

 西国三十三観音霊場 第17番の御朱印です。f:id:wave0131:20190328212543j:plain

中央の文字は左下の寺印と同じ「六波羅堂」?

左下の筆2文字は読めない。なさけない!

 

▼同、御詠歌です。本堂でいただきました。

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六波羅蜜寺」、「ロクハラミツジ」何とも不思議な響きを持ち、何かあるんじゃないか?と期待を抱かせられる名です。

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六波羅」は、この寺がある一帯の地域名であり、「六原」と呼ばれることもあるそうです。

鎌倉時代六波羅探題も思い起こされますが、般若心経の名称である「仏説 摩訶般若波羅蜜多心経」にも寺名の文字が含まれています。

六波羅蜜」は6項目の修行を表しているようです。

パーリー語かサンスクリット語の音を漢字に置き換えたものなのでしょう。

 

この寺は「何かあるんじゃないか?」かどころではないです。

▼600円払って宝物館に入れば、誰しもが一度は写真などでお目にかかっている重文の「空也」や「清盛像」に会えます。f:id:wave0131:20190328212554j:plain

踊り念仏で唱えた念仏が阿弥陀仏になって口から飛び出していく有名な像。

空也はこの寺の開祖。平安時代、宗派とかにとらわれず、市民の中にいて念仏を広め全国を巡っていた、という程度しか知識はないですが・・。

 

▼同じ「空也」の名称をもつ名店が銀座並木通りにあります。f:id:wave0131:20190328214506j:plainもちろん「空也上人」からその名をとっています。

超有名和菓子の「空也もなか」。

最中なんて!とバカにして、小振りのひょうたん型最中を口に入れてみるとオドロク。

パクパク食べれれるおいしさに、予約なしでは買えない訳を理解できます。

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10個で1000円、手土産にちょうど良いが、店にちょっと寄って買う、という訳にはいかないところがザンネン。

東京では人々に「空也」と言えば、「僧」ではなく「もなか」と返事が返ってくるほど大人気の和菓子。

 

▼宝物館のもう一つの目玉「清盛像」。f:id:wave0131:20190328212557j:plain

源氏と比較され「悪者」扱いされることの多かった平家だが、このお経を手にしたこの「清盛像」は平清盛イメージを変えさせてくれます。

▼数年前の大河ドラマでも松山が清盛を演じ、脚本の良さのせいか やはり清盛イメージを変えさせられました。f:id:wave0131:20190328212556j:plain

宝物館を見て、「もなか」と「松山」の連想では脳が貧し過ぎる!

 

▼さて、寺の境内は狭い。本堂と弁天堂と宝物館が主な建物。f:id:wave0131:20190328212546j:plain

f:id:wave0131:20190328212545j:plain宝物館に入らなければ、細かいところに目が届かない人にはすぐ見終わってしまいます。f:id:wave0131:20190328212547j:plain

▼そしてこの時は、ここに2泊。初めての「ゲストハウス」。f:id:wave0131:20190328212553j:plain

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六波羅蜜寺や、六道珍皇寺からすぐのところにあります。

平安時代には平家一門の住まいが3000以上もあったと伝わる地域です。

部屋はさして広くないが、まだ新しく清潔でベッドは広い。風呂も大き目の家庭用のバスタブで広い。


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この時は同行者に任せきりで宿泊料金の正確な数値は忘れたが、とにかく安い。

冷蔵庫は当たり前に備えられており、洗濯機や食器類の用意もキレイに整えられているが、用はありません。f:id:wave0131:20190328212551j:plain

ゴハンは外に食べに出ます。f:id:wave0131:20190328212549j:plain

▼「六堂の辻」の脇に少しおしゃれなCafeに入ります。2016年のこの店は空いていた。f:id:wave0131:20190328214428j:plain

ハンバーグごはんを美味しくいただき、食べ終わる頃、んんっ??

口の中に硬い異物が・・・。

▼出してみます。珍しいものが出てきました。f:id:wave0131:20190328212550j:plainビニールの破片のようだが、煮詰まったのか硬い。長さは2cm以上。

破片をテーブルの上に並べて 、お金を払った後、店員さんにその事を告げて店を出ました。ゴネルつもりはありません。

 

空也は口から念仏の阿弥陀如来、ワタシは口からプラスチック! 修行が足らない!f:id:wave0131:20190328212554j:plain

 

安養寺の御朱印(京都)〜繁華な街に埋もれてる寺は「koé ドーナッツ」より空いている

京都を続けます。

▼八葉山 安養寺御朱印です。(浄土宗・京都市中京区東側町新京極通蛸薬師上る)

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右上の朱印は「東洛六阿弥陀 第五番」でしょうか?「京都六阿弥陀」です。

 

平成?年か 分からないほど、ニジミが横に走っていますが31年です。

書置きでした。

しかし、シッカリした用紙に墨書きと朱印です。

大マンゾクです。

いつも書いていますがワタシは書置きで、何ら構わないのです。

寺社は多忙なのですから・・・。そして朱印帳に直書きが絶対でもないので・・・。

しかし最近は印刷もしくはプリントの書置きの多さにガッカリしています。

プリント・印刷はNO!

そこはゼッタイに譲れません!

プリント・印刷の朱印を平気で授与する寺社は、その薄い用紙の中に朱印と、それを求める、集める人たちに対する「ココロガマエ」が透けて見えてしまいます。

もちろんアリガタく、黙っていただいてきますが・・・。

 

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河原町通りから東に、蛸薬師通りに入ると寺町通りに突きあたります。

そこの繁華な地域の周辺には小さな寺社が ひしめいています。

名前の通り、まさに「寺町」なのです。朱印収集者にはダイヤモンドのようにキラキラ輝いてる街です。

 

安養寺です。左手前のベージュ色の建物は京都らしく装っているトイレですが、その後方全体が寺の建物のようです。

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▼門はオープンなイメージ。しかし蛸薬師のように開けっぴろげではありません。

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京都の記事を続けるわけですが、ヘソマガリなので実にマイナーな寺の記事になります。

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小さい寺が好きなので仕方ないのです。

なぜ小さい寺が好き? 

その都度、500円以上の拝観料を採られる大きく、気取った寺がイヤなのですが、ボンビー故の理由です。

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ここは浄土宗の寺ですが「安養寺」という名称の寺は、京都周辺だけでも10寺以上あるから、全国的には一番多い名称ではないかと思われるくらいの数があります。

東京にもいくつかあり、ワタシも訪問しています。

安養」というのは「安養浄土」の略らしい。名称からして浄土宗専用の寺名かと思いきや、真宗曹洞宗真言宗臨済宗などなど、宗派に限定されずオールマイティに利用される名称のようだ。

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さかれんげ」とい呼ばれる通称を持つ、この寺の起こりは1018年で、1580年頃にこの地に移されたという英語表記の高札もあるけど、寺の門をくぐる人は少ない。

そうです! こんなに立地条件が良いのに・・・です。

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門をくぐっても、ここまで掲載した写真以上に見るべきものがないから、みんなチョッと入って、すぐ出て行きます。

 

 

▼朱印収集人は、そんなに簡単に帰るわけにはいきません。階段があるから上がって振り返ります。一般の観光客は絶対に上がらない?!

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▼上った先の2階部分のここが本堂でしょうが、通路は狭く、こんな写真しか撮れません。扉も開きませんが、浄土宗だから本尊は阿弥陀如来を脳裏に描きながら、とりあえず手を合わせます。

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安養寺は

本尊の阿弥陀如来の蓮華の台座がさかさまになっているところから、蓮華寺(さかれんげ)と呼ばれている」そうですが、扉は閉まっているので見られません。

 

塔婆、ローソク、朱印の「おネダン」とが記された貼紙があります。

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▼案内にあったの方向に行ってみます。階段を降りると、正面はほとんど民家です。

f:id:wave0131:20190327201225j:plainここには何の案内もなく静かです。

ゴシュラー初心者は、ここで引き返したくなります。

▼しかし勇気を持って扉をあけてください。何も失うものはありません。

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そして、運良く住職に朱印記帳していただけるかもしれません。

そうでなければ、気さくな おかぁさんが「書置きでよかったら・・・」という言葉と一緒に、由緒書きや他の印刷物もいただけます。

 

小さな寺は予備知識なしに訪れると、朱印をいただくだけ全く記憶に残らない寺になってしまう。

寺を理解する上では、少しだけでも事前知識を得て訪問した方が良いようです。

門前でスマホをググッてみるとか、でも構わない。

 

▼さてさて、繁華の街にありながら、訪問客の1組はヒヤカシ、もう一人はゴシュラーの2組しか出会わなかった空いた寺を出ると、ある店の前に地獄のような行列ができていました。

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上の写真から店舗を取り巻くように時計回りに気の遠くなるような行列ができていました。混んでいると言うコトバどころではありませんが、店内に入れる人数を制限してるようです。

koéでした。f:id:wave0131:20190326220600j:plain

昨年、東京渋谷に「Hotel koé」というワタシには摩訶不思議なホテルがOPENしました。

そのシンセキでしょうか?

koé donutsの1号店のようです。それも、この日、3月21日のOPEN ! でした。

御朱印同様 ほとんどが女性客です。

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建築家の隈研吾や、名のあるイラストレータなどが携わっているkoéです。

地獄のような列ができることに納得です! 京都人もエゲツない行列が好きなようです。

 

▼こんな店内とドーナツの写真を見せられたら、極楽を味わいたく、地獄の行列に参加しても買わずにいられません!

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御朱印は次の機会にして、ドーナツに並びます!」という女子がいても、やむを得ません!

 

南無阿弥陀仏! 南無阿弥怒

(ナムアミダブツ、ナムアミドナツ、と読んでね!)

 

どんなに人々が行列を作ってもkoéは、100年も存在しないかもしれません。

しかし、安養寺はおそらく100年後も存在しているでしょう。

空いている寺に極楽を探しに訪れるか、

極楽を得るため地獄の行列に参加する、しないか? 価値は人それぞれ! どちらも正解? でしょうね。

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