雨模様の中、平河天満宮に行ってみた。
今回いただいた御朱印。
初めての時にいただいた御朱印。
今回、天満宮前で、同時にいただいた黄色いお札。
約10年ぶりにいただいた。高額なお札で、やがて15,000円の請求書が届く。
ほかに何も言うことなし!!!!
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ほかの明王を本尊としている寺院もあるが、不動明王のその数は抜きん出ている。
昔から「お不動さん」といって庶民にも親しまれている。
如来、観音、地蔵さんと仏様は普通 優しい穏やかな表情をしていらっしゃるが、
密教のこの明王、特に不動明王は、大概は憤怒の形相、相当怒ってらっしゃる。
空海が初めて伝えた時の日本人の驚愕は半端じゃなかったでしょうね。
寺や本尊を守る天部の神たちも不機嫌な方がいる。
総門、山門で待ち構える仁王さんも怒りの形相。
そういえば吉野の蔵王権現さまも青くなって怒りを爆発しているようだが、お会いしてない。ぜひとも面会をお願いしたく、コンタクトをとってみよう。
お不動さんは、大日如来さんの化身、わしらに対して怒りを表しているのではないが、ご対面の度に、我が身の心の中まで見透かされているように感じる。
満タンな煩悩を不動明王に焼き尽くしていただき、覗かれても恥じる事のない、澄んだ心になりたいわね。
比較的に新しく造られた像は、愛嬌のあるお顔の場合もある。
深川不動の本堂正面で出迎えてくれる木造の「お願い不動」。
造られてまだ新しく、木の香が伝わってくるようだ。
こちらも思わず笑みが湧いてくるような相当ユニークなお顔だ。左目はウインクしているようにも見える。「その図々しい願いは、ちと難しいかもよ?」
顔は恐くはないものの、やはり見透かされている。
お願いする内容も、何でもかんでも、という訳にはいかないね。
20番から26番までは、すべて東京23区の東部や北部にある。27番からは埼玉県に移る。
現在、巡礼中の方は、ここのところ連日の高温注意報が、おとなしくなる秋口から埼玉を回るようにした方がオリコーさん、かもね?
20番 成田山 深川不動堂(深川不動)・真言宗智山派・東京都江東区富岡
21番 川崎大師東京別院(薬研堀不動)・真言宗智山派・東京都中央区東日本橋
22番 阿遮山 寿不動院(浅草寿不動)・真言宗智山派・東京都台東区寿
23番 砂尾山 不動院(羽柴不動)・ 天台宗・東京都台東区橋場
25番 皿沼山 永昌院(皿沼不動)・天台宗・東京都足立区皿沼
ここに至るまでの地域の人たちと国の努力に敬意を表し、その喜びは、へそ曲りのわしにも理解できる。
単純に両手を挙げて、共に喜べれば、と思うのだが・・。
日本はUNESCOに、分担金と拠出金を40億円以上支払っている。タワーマンション最上階の億ション40戸分だ。「ええっ、そんなに!」なのか、「それっぽっち?」なのか?その数値の評価は人それぞれで、ハテナだわね。
しかし、その負担額は、実質世界1位の座にある。本来は日本より多い分担金を課せられているものの、ここ数年「未払い」状態にしているのは、わがままだが、力もある米国。
日本も「南京大虐殺」が記憶遺産になり、従軍慰安婦問題も申請されたことから、分担金の支払いを一時留保していた。「一時」である。ユネスコに対する「オドシ」だったのか? 現在は一時が解消され、完済のようだ。
世界遺産の登録決定が政治的に、また、金銭の動きで左右されているのは誰の目にも明確。どうやらUNESCOも、その組織は全くの公務員で、国際的組織だけに日本の官僚よりはるかに御し難い存在のようだ。
そんなUNESCOだから、米国に続いて日本も未払い状態が長引くと、自分たちの存在が怪しく危険に陥る。日本が示した、遺産決定に至るプロセスの改善案に取り組まざるをえない。
そして、今回の「沖ノ島」登録決定。
そこにUNESCO、ICOMOSの日本に対する「忖度」はなかったのか? 全く公正で、忖度無くて当たり前? もしくは、忖度していて当たり前?
胡散臭い、キナ臭い見本のような姿だ。
権威付け、ランク付け、格付け、章・賞付け、地位付け、肩書き付け、どれもが人を、その真実の姿から間違って理解させられる方向に導く可能性がある。
日本には21の世界遺産がある事になる。神社も数多く登録されている。
だが、もしかしたら、そんな胡散臭い泥沼のような中での選択もあったかもしれないと、へそ曲がりな眼で見つめなおすと、もうそんな「肩書き」は無くてもいいじゃないの?と思えてくる。観光客だけが増えて、その環境は限りなく世界遺産から遠のいていくように感じる。
勿論、遺産として人びとに意識させ、未来に引き継いでいくことは大切なことだ。
人の干渉をうけず、引っ掛き回されず、ひっそりとあるのが真の遺産かもしれないが、どうしても「世界遺産」の定義と矛盾してしまう。
わしとっては、そんな権威付けから一番遠い位置にあっても、少なくとも世界遺産より頻繁に、毎日、毎週、毎月人びとが参拝に訪れ、時間的にも、経済的にも地域の人たちに連面と支えられ、守られ続けている神社、歴史も浅い神社から、千年におよぶ神社まで、これらの地理的に恵まれなく、境内も狭く、地域の七福神にも名を連ねていない、チッチャな神社のほうが、よほど親しみを持て、憩える聖地なのだ。そして紛れも無い地域の遺産であり、日本の遺産でもある。
きっと、わしも宗像大社より、春日大社よりも数多く参拝に訪れる事になるだろう以下に掲載した東京23区内の神社名・所在地は、あえて記さない。
言うまでもなく、これらの神社の選択に恣意はなく、いただいた御朱印をパラパラと見て選んだだけ。勘違いして不名誉と怒れる神社がありましたら、ゴメンナサイ!
「あついぞ、熊谷!」は埼玉県。
▼利根川を境にしてすぐ北の、ここ茂林寺は栃木県。ほとんど同地域で「アツイゾー」は負けていない栃木だ。
気温37℃ともなれば分福茶釜も、伝説の 汲めども尽きぬ茶湯をすぐに、ドンドン沸かすことができそうだ。
茂林寺の参道を進むと20人?ほどの狸たちが、頼んだわけでもないのに、この炎天下を出迎えてくれる。石川県の有名旅館・加賀屋を彷彿させる。
加賀屋で出迎えてくれるのは、ほぼ美しい女性。ここ茂林寺は全員ほぼトボけた男性で、しかも木陰で出迎え!
炎天下に焼かれた訳でなく、窯元で焼かれた信楽焼だそうだ。本場、滋賀県なのかどうかは不明だ。
焼かれた経験者、釜の熱いのは「こんなもんじゃ、なかった!」と涼しい顔。
焼かれるのも色々ある。酒瓶を常に手にしてる彼の顔は赤い、酒焼けか?
手足の生えた茶釜で綱渡りをする彼らは、たくさんの「焼かれる」を経験している。
この暑さ、たかだか37℃「人間さまは弱いねっ! わしを見習え!!」
失礼してUPで撮らせていただいた彼、おっしゃる通り熱中症、暑さ対策は万全のようねっ!
大きな「フクロ」を、こんなに広げて、ぶら下げて、木陰で冷やしている! いや、熱を発散してるのね!
男たちよ! 暑い夏は熱発散だ、大いに思いっきり広げてみよう!
そう、手足だけででイイ、広げるのは!!
アジアジッ! 今日もあついぞニッポン!
▼青竜山 茂林寺の御朱印です。(曹洞宗/群馬県館林市堀工町)
▼同じ暑い地域の善導寺は、タヌキさんたちの寺より、いくらか涼しげな佇まいだ。
終南山? 地球の南の果ては南極だ、涼しい、寒い、極寒だ。
そうじゃない、仏教の南はなんだったけ? 広目天?
知識が大いに足らない!
しかし氷に覆われていないけど、涼しげな池もある。
茂林寺はトボケ狸のおかげで男臭さが、緩和されていた。
ここ浄土宗寺院は、暑さ、寒さを超越した雰囲気が訪れる人を迎えてくれる。
書置きを2種いただいた。左はブルーの波間に「南無阿弥陀仏」涼しげだ。
千手観音? 阿弥陀如来?
後に続く2文字はわからない。梵字は凡人には難しい!!!
三十三ヵ所の寺はすべて御朱印で埋まり、
那古寺で「結願」の印も押していただけました。
しかし、ここで完結ではないのです!
御朱印帳には33番の那古寺の後にさらに2ページ、善光寺と北向観音の御朱印をいただけるように作られています。
番外ですが、他の霊場の番外とは扱いが少し異なります。
結願のお礼にこの二つの寺にお参りするのが、昔日より習わしとなっているとか。
▼ご丁寧に、その2ページの頭部分にも「結願御礼の寺」「善光寺対の寺」と印刷されています。
習わしだとしても、このシステムは全く上手くできています。
東京から、日本全国から長野、上田まで出かけねばならないのです。
結願して、この2ページ、2寺を無視、さらに「御礼」「対」の2文字を無視できる人は相当なドンカン、ツワモノです。
そんな人が恨めしくもなります。
この2ページの御朱印が埋まらないと気持ちが悪い。
何とも治りの悪い、落ち着かない思いにさせられます。
きっと、殆どの人が同じ思いになるに違いありません。
でもホントのところは、みんな多くの時間を費やして三十三ヵ所、全行程1300km以上を巡ってきた人たちだから、嬉々として長野まで出かける人が殆どでしょう。
逆に、坂東の御朱印帳を初めて手にして、まだ真新しい白い綴りが続くその最終ページの2寺を目にした時「ニヤっ」としたかもしれない。
「これで、善光寺にお参りできる」と。
「近いうちに必ずや・・」と心に誓っているはず。
勿論ワタシも、この2ページが、いつまでも埋まらなく気持ち悪い、落ち着かない期間が結願から14ヵ月続きました。
長野までの道のりは長いのでした。
▼結局、御朱印をいただきに長野まで出かけられたのは、結願の翌年秋でした。
▼訪問時はとんでもなく大勢の参拝者に出会いました。
▼結願御礼の寺 定額山 善光寺(無宗派・長野県長野市元善町491)
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▼そして上田の別所温泉です。
「北向観音」までやってきました。
▼善光寺対の寺 北向山 北向観音(天台宗・長野県上田市別所温泉1656)
メデタク最後の2ページを埋めることができました。
そして、この長野への御礼の旅へでかけたこの頃から、やっと那古寺の住職の言葉を自分のものにできるようになりつつあります。
「御朱印、御朱印!」と忙しくアチラコチラ回らないでも構わないような自分になっていました。
この話は、また後日!